第68話 仲良しな三匹

 あれから木島さんは、毎週土曜日に大三郎を連れて、善次郎の部屋を訪れるようになった。

 木島さんも、大三郎と暮らすようになってから、引っ越ししていた。

 やはり、大三郎を、広い部屋で、少しでも伸び伸びと育てたかったようだ。

 今の木島さんの住まいは、善次郎のアパートから、ものの五分と離れていない。

「早く、みっちゃんと縒りを戻しちゃいなよ。みっちゃんが住んでいた部屋に、俺が越すからさ」

 時たま、美千代のいない時に、冗談とも本気ともつかぬことを、善次郎に言った。

 木島さんが、毎週、善次郎の部屋を訪れるのは、大三郎を、活と夏に会わせるためだ。

 大三郎も、夏同様、親に見捨てられたのか、人を見ても逃げる気力もなく、路上に蹲っていたのだという。

 拾った時は、直ぐにでも死んでしまうんじゃないかと思ったほど、どこを触っても骨ばかりで、ガリガリに痩せていたらしい。

 木島さんは、風三郎を可愛がってやれなかった分も、大三郎に愛情を注いだ。

 その甲斐あってか、今では、大三郎はふっくらとしている。

 ただ、生まれてからの栄養失調が祟ってか、身体は、それほど大きくなっていない。

 三匹は、凄く仲がよい。

 活も夏も、大三郎がどんなに傍若無人に振舞っても、怒ることなく、いつも温かく見守るように、好きにさせている。

 夏に対して、活がそうだった。

 活の優しが、夏にも伝わっている。

 だから、夏も、大三郎に対して、そんな態度を取れるのだろう。

 猫でも、優しは伝わるものなのだ。

「活と夏のお蔭で、大三郎は、家でも大人しいもんだ」

 木島さんは三匹がじゃれ合う姿を眩しそうに見つめながら、善次郎に朗らかな口調で言った。

「活が、優しいからさ」

 善次郎も、じゃれ合う三匹を、ほのぼとした気持ちで見つめながら答えた。

「そうだな。多頭飼いをしていれば、血を見ることも珍しくないらしいみたいだけど、先住猫が優しいと、そんなこともないんだな」

 舐め合っていた三匹が、急に追いかけっこを始めた。

 実に、楽しそうだ。

「でもな、それだけじゃないぜ」

 木島さんが、三匹から善次郎に目を転じた。

「活と夏がこれだけ優しいのは、善ちゃんが、愛情を注いでいるからだよ」

 木島さんに見つめられて、善次郎は照れてはにかんだ。

「そういってもらえるのはありがたいがね、俺は、こいつらのために、できることをやってきただけだよ」

「謙遜はよしなよ」

 木島さんの言葉に、美千代が言い添えた。

「そうよ。猫のために、将来を考えて転職し、一生懸命勉強して資格を取って独立するなんて、そんな危篤な人間は、滅多にいないわよ」

「違えねえ」

 木島さんが、声を出して笑った。

 釣られて、洋平も笑う。

「俺はな、自分が飼っている猫を自慢したり、さも可愛がってますってやつはいくらでも知っているが、善ちゃんみたいに、馬鹿が付くほど、猫と真剣に向き合っている奴には、滅多にお目にかかったことがねえ」

 木島さんの言葉に、美千代と洋平が力強くうなづいた。

「だから、俺は、善ちゃんに惚れてるんだよ」

「俺は、そっちの趣味はないよ」

 善次郎の言葉に、三人は大爆笑した。

 善次郎は、命を預かった以上、真剣に向き合うのは当たり前だと思っている。

 そんな飼い主は、世の中にいくらでもいる。

 そうも、思っている。

 しかし、ここでそんなことを言ってみても大人気ないので、何も言わずに、三匹の方に目を向けた。

 三匹の追いかけっこは、まだ続いている。

「いいなあ」

 木島さんが、目を細める。

 美千代と洋平も、目を細めて、三匹の追いかけっこを眺めている。

 善次郎は、幸せを胸いっぱいに感じながら、三匹の追いかけっこを眺める三人を眺めていた。

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