第34話 引っ越し
ついに、善次郎は決意した。
もう少し、広いところに引っ越そう。
決断すると、善次郎の行動は早かった。
早速、休みの日に不動産屋へ飛び込んだ。
今住んでいる近所で、適当な物件を探した。
別にどこでもよかったのだが、せっかく菊池さんと木島さんと仲良くなれたのだ。
行き来できる距離が望ましい。
それに、活と夏がいなくなると、木島さんが寂しがるだろう。
夏を拾ってからというもの、木島さんは前より頻繁に、善次郎の部屋に顔を出すようになっていた。
やんちゃな夏が、可愛くてたまらないみたいだ。
木島さんの気持ちを思うと、あまり遠くへは行けないと思った。
引っ越しを伝えた時の木島さんの、とても寂しげな表情が、善次郎には忘れられなかった。
善次郎は、木島さんに好感を抱いている。
出来れば、木島さんにも家族となる猫が現れるまでは、活と夏に合わせてやりたかった。
だからといって、今の家は狭すぎた。
いくら木島さんに好感を持っているとはいえ、善次郎にとって、活と夏の方が大切なのは言うまでもない。
活と夏には、もう少し広い部屋で伸び伸びと遊ばせてやりたかった。
しかし、いざ探してみると、中々いい物件が見つからない。
まず、ペット可能な賃貸マンションが少ない。
それに、あっても家賃が割高だ。
善次郎には、もう一つの問題があった。
保証人である。
善次郎には兄弟はいなし、両親も、すでに他界してしまっており、友達もいない。
だから、出来るだけ保証人がいらない物件を探していたのだが、残念ながら、そんな都合のよい物件は見つからなかった。
もっと簡単にに見つかると思っていたのだが、世の中そう甘くはなかった。
その日は諦めて、すごすごと戻ってきた。
善次郎が帰ってきたのを察知して、直ぐに木島さんが顔を出す。
どうだったと尋ねるのへ、善次郎が首を振る。
「そうか、残念だったな」
言った木島さんは、どこか嬉しそうだった。
善次郎は、焦らずに探すことにした。
ネットで検索し、いくつもの不動産屋にも足を運んだ。
そうやって、一ケ月があっという間に過ぎた。
もう駄目かと諦めかけた時、ついに希望通りの物件が見つかった。
それはマンションというよりは、どちからというとアパートだった。
今住んでいる場所からは少し離れているが、それ程遠くない。自転車で十分くらいの距離だ。
築年数が古いので、家賃も予算の範囲に収まっている。
大家さんが猫好きで、犬は駄目だが猫なら良いということだ。
保証人は必要だったが、有難いことに菊池さんがなってくれるという。
活と夏のためなら、そのくらいお安い御用だそうだ。
猫好きの人って、ほんと、猫のためなら、惜しみなく協力してくれる。
善次郎は、世の中すべての猫好きの人に感謝した。
猫好きバンザイ!
ただ、今行っている動物病院とは反対方向なので、善次郎にはそれだけが気掛かりだったが、それもなんとかなるだろう。
これ以上の物件は、もう見つかる見込みはない。
そう思って、そのアパートに決めた。
そして、ついに引っ越しの日がやってきた。
木島さんは、朝から赤い眼をして善次郎の部屋へやってきて、活と夏に別れを惜しんでいる。
どうやら、ゆうべは眠れなかったらしい。
二匹と嬉しそうに戯れる木島さんを見ていると、善次郎はなんだかとても悪いことをしている気分に襲われた。
それでも木島さんは、家が決まってよかったと言ってくれた。
活と夏も、思う存分とまではいかないだろうが、少なくとも、今より広い部屋で駆け回れると思うと、自分も嬉しいと、寂しさと喜びが複雑に混じった表情で何度もうなづいた。
それは、自分に言い聞かせているようでもあった。
自分が飼っているわけではないのに、これほどまでに活と夏を思ってくれている木島さんの言葉に、涙が出そうになった。
それにしても、猫好きって奴は!
善次郎にはあまり荷物がないので、費用を抑えるために業者には頼まなかった。
軽トラを借りて、自分で運転していくことにしていた。
その軽トラも、木島さんが昔の仲間を頼って、無料で借りてくれた。
部屋を整理していると、菊池さんも手伝いに来てくれた。
引っ越しが終わると、三人で酒を酌み交わした。
会社を経営していた頃は、友達と呼べる人数は多かったが、倒産と共にすべて善次郎から離れていった。
今は、たった二人ではあるが、お金もない善次郎に一生懸命協力してくれている。
あの時仲間が離れていったのは、自分がお金だけを信奉している人間だったからだ。
だから、そういった人間しか周りに集まらなかった。
猫繋がりとはいえ、今、二人が善次郎を手伝ってくれているのは、この三人の繋がりが、お金に代えがたいもので繋がっているからだ。
そして善次郎も、この二人とはそういう付き合いをしてきた。
お金だけがすべてではない。
またひとつ、貴重な教訓を得た善次郎だった。
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