第12話 風呂

 活を風呂に入れよう。

 善次郎は思い立った。

 猫を風呂に入れてよいかどうかはわからない。

 ネットで調べても、悪いとも書いていないし、風呂好きの猫の写真も載っていた。

 ただ、猫は体を舐めて綺麗にするので、別段風呂に入れる必要もないということはわかった。

 そういえば、活もよく体を舐めている。

 後脚を上げて、体を折り曲げて器用に股なんかも舐めている。

 それでも黒いので、結構ふけが目立つ。

 活を拾ってから半年あまり、善次郎は一度も風呂に入れたことがない。

 猫は、犬と違ってあまり匂いがしない。

 だから、これまで身体を洗ってやろうということを考えたことがなかった。

 しかし、彼女がここへ来るというので、活を洗う気になった。

 彼女がいくら猫好きだとはいえ、あまり薄汚いままでは失礼かなと思ったのだ。

 活は、よく浴槽の縁に前脚をかけて中を覗きこんでいる。

 もしかしたら、風呂が好きなのかも。

 そう決め込んで、善次郎は活を風呂に入れることにした。

 いよいよ、お風呂タイムがやってきた。

 善次郎が服を脱いで活に近寄ると、なにかを察したのか、活はベッドの下に潜り込んでしまった。

 そのまま、出てくる様子がない。

 この間のこともあり、再び胸に傷を作りたくなかった善次郎は、活が出てくるまで辛抱強く待つことにした。

 獲物を狙うハンターのようにとはいかないが、善次郎は、普段通りさりげなく振る舞い、活を安心させる作戦を採った。

 ただ、服は着ず、腰にバスタオルを巻いただけの恰好でいた。

 夏も終わりかけの季節なので、夕方にその恰好は少々肌寒く感じられたが、服を着ていると一瞬のチャンスを逃しそうだったのだ。

 待つこと一時間。何もないと安心したのか、活が出てきた。

 善次郎の動きは、活も顔負けするほど迅速だった。

 ベッドの前に回り込み、活の退路を断ってから素早く抱え上げ、そのまま風呂場へと直行する。

 活を抱いたまま風呂場へ入り、浴槽のドアを素早く閉じる。

 あまりの素早さに、活も暴れる暇がなかったようだ。

 風呂場に閉じ込めても、活は暴れることをしなかった。ただニャアニャアと、救いを求めるように鳴いている。

 普段、我儘で好き勝手に振舞っているくせに、こういった時は弱い。

 なんとも、情けない話である。

 温度に気を付けながら、シャワーで温い湯を掛けてやる。

 活が慌てて、善次郎の体に取り縋った。離れまいとするように爪を立てているので、善次郎の体に活の爪が突き刺さる。

 一気に引き剥がすのは危険だ。

 咄嗟にそう判断した善次郎は、怖くないからなと活を宥めながら、ゆっくりと活の脚を体から剥していった。

 善次郎の体のあちこちから、ぷつぷつと血が噴き出してくる。

 結構痛い。

 痛さに負けず、善次郎は活を洗った。

 この頃には、活は弱々しい声で鳴いているばかりになった。

「いい子だ。活は偉いな」

 そう声を掛けながら、活の体を洗ってゆく。

 背中はまだよかったが、お腹を洗うのが一苦労だった。

 裏返しにすれば、直ぐに起き上がる。

 仕方なく膝にのせ、押さえつけるように洗った。その時に、少しの抵抗に会い、またもや善次郎の腕に勲章が刻まれた。

 癒えたと思えば、また刻まれる。

 活を拾ってから、善次郎の腕に生傷が絶えることはなかった。

 ようやく活を洗い終え、押さえたままシャワーで石鹸を洗い流す。

 活の体が一回り小さくなったように見えた。

 活を離してやると、身体を振るわせて水分を弾き飛ばしにかかった。

 その仕草は、犬と違って面白い。

 犬は、身体全体をプルプルと震わせ水滴を豪快に弾き飛ばすが、活は、四肢を一本一本、小刻みに震わせている。

 そんな活の姿を見て、思わず善次郎が微笑んだ。

 ひとしきり、活が自分で水分を弾き飛ばし飛ばし終わった後、善次郎が身体を拭いてやった。

 あまり力を入れず、ごしごしと丁寧に全体を撫でるように拭く。

 活と善次郎にとっては初めての体験だったが、善次郎は満足していた。

 これからも、ちょくちょく風呂に入れよう。

 活には可哀想だが、あの片脚を細かく震わせて水を弾く姿が気に入った。

 あれを見れるなら、少しくらい勲章が増えても構わない。

 懲りもせず、善次郎はそう思った。

 今度は、服を着たまま入れよう。

 活に刻まれた爪跡に薬を塗りながら、しっかり教訓を活かすことも忘れなかった。

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