第10話 遊んで

 ついに、網戸を買った。

 これで、安穏な暮らしが送れる.

 そう思ったのも束の間、善次郎の思惑は、見事に裏切られた。

 部屋に虫がこなくなり、活は暇を持て余したのか、今まで見向きもしなかった猫じゃらしで遊ぶようになった。

 網戸を買って二日ほどは虫を探していた。

 三日目、部屋の隅に置いてあった猫じゃらしを、活が咥えてきた。

 それを善次郎の前に置き、ニャアと鳴いて、首を傾けてじっと善次郎を見つめてきた。

 やっと,出番が来たか.

 善次郎は、猫じゃらしを振った。活が、それに喰らいついてくる。

 善次郎はニヤリとした。これを買った時から、この瞬間を想像していたのだ。

 善次郎は喜んで、猫じゃらしを、右に左にと打ち振った。時には上下に振り、回転も加える。

 活のジャンプ力は凄い。

 自分の身長の五倍ほどは軽く飛び上がる。反復力も見事なものだ。

 身体測定をやれば、素晴らしい結果を残すことだろう。

 そんな活の動作が、善次郎には面白くてたまらなかった。

 調子に乗って、勢いよく猫じゃらしを上下左右に打ち振り、活を縦横に動き回らせた。

 しかし、五分もそうしていると、善次郎の腕は疲れてきた。肩も痛い。いい加減しんどくなって、猫じゃらしを置いた。

 活は、猫じゃらしを鼻で動かすと、善次郎の眼を見てニャアと鳴く。

 遊び足りないのか?

 仕方なく、左腕で相手をしてやる。左は、三分が限界だった。

 活は、全然物足りないようだ。もっと遊べとせがむ。

 両肩に痛みが走っている善次郎が、活の気を逸らそうと餌を補充してやったが、

活は見向きもしない。

 猫じゃらしを見た後、善次郎を見てニャアと鳴く。

 いつも、お前の言いなりになんてなっていられるか。

 そんな思いを目に込めて、善次郎が活を見返した。

 暫く、善次郎と活の睨めっこが続いた。

 根負けしたのは、善次郎だった。

 ふぅっとため息をつき、右肩を二、三度ぐるんと回すと、猫じゃらしを掴む。

 そうして、肩の限界がくるまで、善次郎は猫じゃらしを打ち振り続けた。

 善次郎があらん限りの気力を振り絞っている時、突然、活の動きが止まった。

 どうやら、飽きたようだ。

 興味を亡くしたようにプイと横を向いて、ベッドの下に潜り込んでしまった。

 そのまま眼を閉じて眠り込む。

 善次郎はほっとすると同時に、無性に腹が立った。

 なんて、勝手な奴なんだ。俺が、ここまでしんどい思いをして相手をしてやったのに、飽きたらさっさと眠っちまうなんて。

 いつものことながら、活の身勝手さには呆れる。

 だが、善次郎のそんな腹立ちも、活の寝顔を見ているとどこかへ飛んでしまう。

 幸せそうな寝顔だ。まるで警戒心がない。

 活も、善次郎には気を許しているのだろう。

 これだから、俺は、いつもこいつの言いなりになるんだ。

 活の寝顔を見ながら、善次郎が苦笑した。

 活は自分が退屈すると、善次郎の都合などお構いなしに、遊べとねだってきかない。

 最初は鳴いているだけだが、それでも善次郎が無視していると、彼に向かって攻撃してくる。

 牙は立てないが、爪を立てて、善次郎の腕の勲章を増やそうとする。

 そうなると手が付けられないので、善次郎は相手をする。

 どんなに暴れようが、なにもしないでいればそのうち諦めるだろうし、躾にもなるのだろうが、活に甘い善次郎は、最後には活の言うことを聞いてしまう。

 自分でもわかっているのだが、これが善次郎にとっての楽しみなのだから仕方がない。

 しかし、そうも言ってられなくなった。

 三日目に、善次郎の肩は限界に達した。腕を上げると激痛が走るようになった。

 なにも全力を出し切ることはないのだが、活可愛さの余り、善次郎は知らぬうちに、全力で猫じゃらしを打ち振っていたのだ。

 このままこんなことを続けていれば、俺の肩は使い物にならなくなってしまう。

 破滅を迎える前に何とかせねば。

 善次郎は考えた。

 悩んだ末、善次郎が出した答えは、網戸をはずすことだった。

 虫と戯れていた頃の活は、猫じゃらしなんかに見向きもしなかった。

 もう一度虫が入ってくるようにすれば、元に戻るに違いない。

 善次郎の考えは的中した。

 再び部屋に虫が入ってくるようになってから、活はもう猫じゃらしで遊べと催

促しなくなった。

 昼も夜も飽きることなく、猫じゃらしで遊ぶよりも楽しそうに、虫を追いかけ回している。

 そして今日も、善次郎の安眠は妨害されることになる。

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