第4話 空間
六畳一間の部屋。
ダイニングキッチンが別にあるが、わずか二畳足らずだ。
合わせて八畳足らずの狭い空間が、活(かつ)の世界の全てだ。
よく、嫌にならないものだと思う。
善次郎の部屋は一階にあり、窓には網戸なんて付いていない。
今は、夏。
クーラーなんて付いていないし、買う余裕もないので、善次郎が留守のときは、活のために、扇風機をつけっぱなしにし、善次郎が居るときは、いつも窓を全開にしている。
窓を全開にしていても、活は外へ出ようとはしない。
この部屋が気に入っているのか、はたまた、野良の時に余程辛い思いをしたのか、決して、窓を飛び越えていくことはしなかった。
時には、狭い部屋を駆け回ることもあるが、大半はベッドの下で寝ている。
そこが、活のお気に入りの場所だ。
あとは、衣装ケースの上。
部屋には、ベッドと冷蔵庫と小さな食卓。それに、ホームセンターで買ってきた布製の衣装ケースが置いてあるだけだ。
テレビはない。金もないが、置く場所もない。
あまりテレビを見たいとも思わないので、不自由はなかった。
ラジオはあるので、気が向いた時に、たまにスイッチを入れる。
寂しいとは思わない。
善次郎には、活が居れば、それでよかった。
衣装ケースは、一・六メートルもの高さがあるのに、活は窓枠を利用して、器用に飛び乗る。
降りる時は、ダイレクトに床に飛び降りる。
いくらしなやかとはいえ、よく脚が折れないものだと感心する。
怖くはないのだろうか。
話が逸れたが、活は、狭い空間で毎日を生き生きと過ごしている。
いくら野良だった頃に、嫌というほど外で酷い目に遭ってきたとしても、こう毎日狭い部屋にいて飽きないのが、善次郎には不思議だった。
実に、辛抱強いと思う。
活は、辛抱しているなんて気はさらさらないのだろうが、自分だったら、三日も閉じこもっていれば気が狂うと、善次郎は思う。
犬も、そうだ。
たとえ、小型犬といえども、三日も散歩に連れていかなければ、苛々して気が荒くなる。
猫って、そんなものか。
善次郎は他の猫を知らないので、勝手にそう思っている。
それでも、時には退屈する時もあるようだ。
そんな時は、自分からちょっかいを出してくる。
背中に飛び乗ってきたり、お尻を顔に近づけて、撫でろと催促したりする。
善次郎が尻尾の付け根を撫でてやると、撫でている部分が固くなり、顔を床に擦り付けて、気持ち良さそうに背中を丸める。
だからといって、そのまま撫で続けていると、いきなり手を噛まれる時がある。
やめ時がわからない。
そんな活であるが、外を見るのは好きなようだ。
窓を開けていると、狭い桟の上に、器用に四肢を乗せて、外を眺めている。
窓外の景色は、決して良いとはいえない。
猫の額ほどの、庭ともいえない狭い空間の向こうはブロック塀で、その向こうには、隣接している家々の屋根が見えるだけだ。
後は、空。
桟に乗った活の目線と、ブロック塀の高さは同じくらいだ。
活は、よくブロック塀の少し上を見つめている。
もしかしたら、塀の向こうに見える、家々の屋根を歩いている自分を想像しているのかもしれない。
外の世界は怖いが、想像の中では安心だ。
猫でも、想像するのだろうか?
外を眺める活を見つめ、善次郎はそう考える時がある。
飽きもせず、一点を注視しているかと思うと、ふと下を向いて草を見たり、上を向いて、空を見上げたりもする。
そうやって外を眺めている時に、人の話し声やクラクションの音が聞こえたりすると、慌てて飛び降り、窓の下に身を潜めて警戒する素振りをみせる。
暫くして、大丈夫だと判断すれば、また桟に飛び乗り、外を見つめる。
雨の日などは、大変だ。
窓を開けていれば部屋に降り込んでくるので、当然のことながら窓は閉めている。
一日中窓を閉め切っていると、外を見せろといって、窓を開けるまでうるさく鳴き続ける。
そんな時は、善次郎も根負けして窓を開けてやる。
ご苦労なことに、雨が降り込まないようにと活が濡れないように傘を差しかけて、活が飽きるまで一緒に外を眺めている。
そんなに外に興味があるのなら、窓を飛び超えればいいのにと思う。
どうやら、これが活にとっての散歩なのだと、最近善次郎はわかってきた。
狭い庭とブロックと空。
善次郎にはわからないが、活の視線には、それらが果てしなく広く見えているのかもしれない。
何事も気の持ちようだ。
活を見ていると、そんな気になる。
そう思うと、この部屋も広く感じられた。
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