第3話 謎
猫とは、不思議な生き物だ。
臆病なくせに、我儘だ。
活(かつ)を見ていて、そう思う。
善次郎は、幼いの頃に犬を飼っていたことはある。
だが、猫は初めてだった。
犬は可愛がると、飼い主によく懐くし、言うこともよく聞く。
躾け次第でどうにでもなる。
しかし、猫は躾が難しい。
たとえ躾けられたとしても、犬のようにはいかない。
猫は気まぐれで、我儘だ。
言い換えれば、自分というものをしっかりと持っている。
だけど、犬より楽な面もある。
飼ってみてわかったが、猫の楽なところは、散歩に行かなくていいことと、トイレの躾けだ。
猫は、トイレを躾ける必要がない。
躾けなくても。トイレが置いてある場所にきちんとする。
不思議なものだ。
犬は、トイレを躾けるのに、結構な時間を要する。
何回か出来ても、それで安心して油断すると、またどこででも排泄するようになる。
確実にトイレでするようになるまで、徹底的に躾けなければならない。
実に、根気のいる作業だ。
善次郎が飼っていた犬は、ミニチュアダックスだった。
人懐こいのか、寂しがり屋なのか、この犬種はいつも飼い主の傍から離れないで、飼い主の身体に密着してくる。
それに、下から見上げるような、なんともいえぬ愛らしい眼。
哀愁を誘うような瞳で、飼い主を見上げてくる。
そんな眼で見られると、子供心に胸がキュンとしたものだ。
だが、猫は違った。
個体にもよるのかもしれないが、活は抱かれるのを嫌がる。
拘束されるのが嫌いなのだ。
無理に抱くと、フーと唸り、牙を剥く。
なのに、善次郎の傍を離れようとしない。
時たま、身体を擦り付けてもくる。
初めは、そんな活の行動がわからなかったが、どうやら、自分の匂いを付けているようだ。
お前は、俺のものといったところか。
最初は扱いに戸惑っていた善次郎も、次第に慣れてきた。
種族による性格の違いと言ってしまえばそれまでだが、元々犬は人間のパートナーとして改良されてきた。
牧羊犬、水難救助犬、猟犬など、人間の仕事を手伝うようにだ。
最近は、麻薬犬や盲導犬などもいる。
猫は犬とは違い、ずっと愛玩用として存在している。
それと、犬より野生に近いのかもしれない。
なんといっても、虎やライオンと同じ仲間なのだ。
躾けができない原因も、その辺にあるのかもしれない。
まして、活は野良だったのだ。
ペットショップに売られている猫よりも、数段野性的であっても不思議ではない。
犬が人間を守るために戦ったという話はよく耳にするが、猫が人間を守ったなんて話は、あまり聞いたことがない。
猫でよくある話は、怪談話だ。
その中で、飼い主の仇を取ったという話もあるが、それよりも、呪いのような忌まわしい話が多い。
ここにも、犬と猫の違いが顕著に表れている。
本能的に危険を察知した時の行動パターンが、犬と猫ではまったく違うのだ。
犬は、知らない人が尋ねてきたりすると、警戒して吠える。
これは、飼い主を守ろうとする行動である。
まあ、中には尻尾を巻いて隠れたり、喜んで尻尾を振るような駄犬もいるが。
猫は、違う。
知らない人が来ようものなら、さっさとどこかに隠れてしまう。
飼い主を守ろうなんて気は、さらさらないようだ。
多分、犬は飼い主のことをご主人様と思っているが、猫は下僕としか思っていないのだろう。
そんな習性を、猫好きの人は可愛いと言うし、犬派の人は身勝手で可愛げがないと言って嫌う。
それでも活は、善次郎によく懐いていた。
自分を飼ってくれているご主人様と思っているのか、それとも、餌をくれる下僕と思っているのかはわからないが、いつも善次郎の傍にいた。
そして、時々身体を摺り寄せてくる。それなのに、抱き上げると怒った。
善次郎も、それくらいの方が丁度よかった。
鬱陶しくはないが、いつも傍にくっつかれると疲れる時がある。
犬を飼っていた時がそうだった。
時々は面白がって、活を抱き上げては唸らせた。
そんなことをされても、活が本気で反撃することはない。
歯を向いて唸るくせに、噛もうともしないし、爪を立てたりもしない。
これがお遊びだということは、活にもわかっているのだろう。
しかし、撫でろといってとすり寄ってくるくせに、撫でていると、ギャーと叫んで、本気で噛んでくることがある。
何が気に食わないのか、さっぱりわからない。
活にとっては、越えてはならない一線があるものと思われる。
そこの微妙なポイントが、善次郎にはまだ呑み込めないでいた。
今日も、善次郎の手に傷が刻まれた。
猫。善次郎にとって、まだまだ謎が多い生き物だ。
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