第15話 リーシャの笑顔
目を固く閉じ、強く唇を結んだリーシャの頭にそっとエリナが両手を添えた。
「リーシャちゃん、頭をこっちに向けて」
エリナの手に促されて、リーシャはあざのある顔の右側を上に向ける。濃い茶色のあざは顔の三分の一ほどを覆っていた。このあざを気にしながら生きるのは相当辛かったろう……。
「アーウィン、指先に集めたオドで皮膚の奥を感じ取って」
指先に集めたオドで皮膚の奥を感じ取る!? オドで感じるってどうやるんだ? 俺はイマイチよく分からないまま、オドを指先に集めてリーシャの頬に触れた。
柔らかくて温かいが……特に変わった感触は無い。
「指の少し先に意識を集中して」
エリナの言葉聞き、指より少し先に意識を集中しながら、頬を左右に撫でてみるがよく分からない。
指先をあざのある部分と無い部分へ交互に行き来させ、しばらくそれを繰り返していると、あざの境界で微妙にオドの感触が変わるのが分かってきた。
「少しオドの感触が変わるんだな」
「うん……もっと集中して。形が分かるところまで」
感触の変わる部分に意識を集中させていると、あざの部分が広がる膜のように感じられてきた。
「あざが薄い膜のように感じる」
「そう、その部分だけを一瞬で焼いて」
焼くという言葉に反応したのか、じっとしていたリーシャの体が少し震えた。
「リーシャちゃん大丈夫だよ。一瞬だけ痛いけど我慢してね」
エリナの言葉にリーシャは黙って頷いた。
一瞬であざの部分だけを焼く……緊張で心臓の鼓動が早くなってゆくのが分かる。とにかくイメージを固めて、あとはファラエを信じるしかない! 今だ!
「あうっ!」
リーシャの体が跳ね、小さな悲鳴を上げた。あざは治っていないどころかさっきより黒くなっている……失敗したのか……?
「うん、上手くいった。ここからは私がやるね」
エリナが黒くなったあざの上に手を添えて上下にさすると、白くて細かいものがポロポロと顔の横へ落ちてゆく。
「その細かいものは何?」
「これはね、皮膚。今サラエが皮膚の再生力をすごく高めてるの」
エリナがリーシャの顔をさすり始めて30分ほど経つと、こぼれる粒が茶色に変わり、5分ほどでまた白に戻った。
「もう、大丈夫だからね」
エリナがリーシャに微笑みかけ、顔に添えた手を離すと、黒いあざのあった部分は、僅かな痕跡さえ分からないほど綺麗になっている。
リーシャが横たわった体を起こすと、エリナが顔を近づけた。
「うん、かわいい」
リーシャはその一言で、堰を切ったように息を乱し大声で泣き始めた。濡れた顔を、エリナが胸元に抱き寄せると、リーシャは力いっぱい抱きつき、エリナの胸に顔を押し付けた。
「うああん、エリナ…様、エリナ様ぁ、うぅっ……」
「今まで辛かったね」
「うん……うんっ……」
それからしばらくリーシャはエリナに抱かれたまま泣き続け、やっと落ち着くと、泣き腫らした目で俺とエリナに微笑んだ。
リーシャのあざが消えた話はすぐ村中に広がるはずだ。でも、俺達の事が騒がれるのはまずい。ここはさっき会ったリーシャの親にもう一度会って、騒がれないように頼んでおいた方がいい。
「リーシャちゃん、一緒に家へ戻ろうか」
「はい!」
俺達は満面の笑みを浮かべたリーシャと一緒に家の前へ戻り、さっき勢いよく閉められた戸をノックすると、また不機嫌そうな父親が現れた。
「しつこいな! 何度来られても……」
リーシャの父親は文句を言いかけたところで、エリナの手を握っているリーシャに気が付き、驚きの表情のまま言葉を詰まらせた。
「お、おお……」
父親は体を曲げ、リーシャのあざがあった場所を何度も手でなぞりながら確認する。
「パパ、見て、エリナ様とアーウィン様が治してくれたの!」
「ああ、何と……何ということだ……こんな奇跡が…うう……」
嬉しそうなリーシャの前で父親は両膝をつき、両腕で強く抱きしめた。涙を流す父親はそのまましばらく嗚咽をもらしていたが、急に俺達の方を見て立ち上がった。
「さっきは本当にすまなかった。どうか、どうか許して欲しい」
「いいんです。俺達がしたくてしたことなんですから。ただ、俺達の事は秘密にしておいてもらえませんか?」
「分かった、約束する。後で妻にも説明しておく。でも、どうしてリーシャの所へ?」
「リーシャちゃんの家族だけはイーリアへ行かなかったと教会で聞きました。……だから来ました」
「あの時、村の者には馬鹿にされたが……まさかこんな事があるなんて……本当に、本当にありがとう。こんな恩を受けておきながら、俺には今、何も返せるものが無い……」
父親は悔しそうに顔をしかめた。
リーシャのあざは治ったけれど、この家族にはあと一つ問題が残っている。飢えに苦しむ前に黒胡麻虫がたかる畑を何とか出来ればいいのだが。
「俺達は何もいりません。それよりちょっと畑を見せてもらっていいですか?」
「畑を? そりゃいいけど……ほとんど何もかも枯れちまってるよ」
「はい、それは分かってます」
俺達はその場を離れ、家の裏手に回った。
一面に広がっている茶色くしなびた葉のひとつをめくってみると、細く短い足の付いた黒胡麻のような虫が10匹ほどゆっくりと動いている。
さらに、茶色の葉を両手でかき分け奥まで覗き込むと、地面に近い葉にはかろうじて緑色の希望が残されていた。
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