第13話 許せない人達

 平坦な街道を進んでゆくと、小さな集落へ入った。コバル村だ。

 道を挟んでまばらに100軒ほどの家があり、少し高くなった丘に教会らしき塔のある建物が見える。とりあえずこの村の教会へと足を進める。


 後ろから数人の足音が近づいてきた。


「おい、早く行こうぜ無くなっちゃうぞ」


「ラニエさんのお菓子最高だもんな」


 俺たちの横を4人の男の子が元気に駆けていった。歳はエリナより2、3歳下か……村の畑は黒胡麻虫にやられていたのに村の雰囲気は和やかだ。すれ違う人の表情も明るい。

 戸の開け放たれた納屋を覗くと、作業をしている女性の横に様々な野菜が積まれている。


 畑に似合わない村の様子を眺めながら、俺達は教会へたどり着いた。塔に取り付けられた時計は午後4時を指している。


「すいません、どなたかいますか?」


 開いたままのドアから声を掛けると、奥から人が出てきた。服はセトラ神父と同じだが、歳は少し若そうだ。30歳位……丸顔で目が細く、おとなしそうな印象だ。


「巡礼の方ですか? よくいらしゃいました。私は、この教会を任されておりますイズルと申します。たいしたおもてなしは出来ませんが、奥の部屋でお泊り下さい」


「ありがとうございます。俺はアーウィン、彼女はエリナです。一晩ご厄介になります」


 礼拝堂の奥に巡礼者用の部屋があり、ベッドが10台並べられているが、俺達以外には誰もいない。


「また後で夕食をお持ちします」


「あの、ちょっといいですか……?」


 俺は村の様子が気になって、部屋を出いていこうとしたイズル神父を呼び止めた。


「ここへ来る途中、畑が黒胡麻虫にやられていたんですが、村の人たちに悲壮感を感じないし、食事にも困っていないようです。もしかしてイーリアと関係がありますか?」


 イズル神父は俺の目を見た後、少し困惑したような表情で目をそらした。


「あの……野菜はイーリアのものです。数日前までここの村人も食べる物が無く苦しんでいました。そこへイーリアへ向かう集団が通りがかったんです。私は必死に止めたんですが、多くの村人は集団に加わってしまいました。祈りでは飢餓から人を救う事が出来なかったんです」


「それで……イーリアの人たちは殺されて……この村の人は生きながらえたんですか?」


 涙を浮かべたエリナが声を震わせ、責めるように尋ねた。


「結果的には……そうです。食べる物が手に入らなければ、何人も餓死者が出ていたでしょう……あの、イーリアに知り合いの方がいたんですか?」


「はい……とても親しい人が……」


 神父に答える俺の横でエリナが震えている。拳を固く握り、目を大きく開いて……怒りを押し殺している。


「ゆ、許せない、絶対許せない!」


 大きな声で叫ぶと、いきなりドアの外へ飛び出していった。


「エリナ、待つんだ! おい」


 全力で走るエリナを追いかけ、やっとの事で捕まえると、俺の手を振りほどいたエリナが怒りの表情で振り返った。


「みんなの命を奪っておいて、自分達だけ平和に暮らすなんて許せない!」


 エリナの視線が先にある荷車に移ると、積んであったキャベツ4、5個が一瞬で破裂し消し飛んだ。さらに、荷車の下から渦巻く大量の水が噴き出す。

 屋根より高く巻き上げられ、勢い良く地面に叩きつけられた荷車は激しく壊れバラバラだ。


 俺は慌ててエリナの体を抱えると、近くの家の陰へ姿を隠した。


「何だ今のは! 竜巻か?」


 前の家から男が二人飛び出し、壊れた荷車をあ然と眺めている。エリナはオドを使いすぎ、立っているのがやっとだ。


「エリナ……そんな事をしても何にもならないから……」


 エリナにオドを渡していると、さっき見た4人の子供が歌いながら走っていった。ー

 

「おばーけーが出ーたっ おーばけーが出ーたっ 間抜けなおばけっ」


 ……おばけ? 何だろう。


 エリナが少し落ち着いた後、俺達は教会へ戻った。もう教会の時計は午後6時を過ぎており、部屋へ入るとすぐに神父が食事を持ってきてくれた。豆のスープとパンだ。


「イズル神父、さっきは失礼しました」


「いえ、イーリアでの事はお気の毒でした。お気持ちは分かります」


「そういえば、さっき子供達が間抜けなお化けが何とか歌っていたんですが、幽霊が出るんですか?」


「ああ……何度も注意しているんですが……おばけとはリーシャという女の子の事です。顔の半分に大きなあざがあって、いつも虐められているんですよ。それに……リーシャが親をイーリアへ行かないよう引き止めたので、あの子の家だけが生活苦にあえいだまま……行いは間違っていなかったというのに……」


 イズル神父は眉をひそめ、ため息をついた。正しい事をしたおかげで苦しみが続くなんて皮肉なもんだ。それに、その事で馬鹿にされるなんて……やるせない気持ちで胸が詰まる。


「では、また朝まいりますので」


 部屋から出てゆく神父を見送り、ベッドに腰掛けると、横に座ったエリナが俺の腕を強く掴み、思い詰めたような表情で顔を近づけた。


「アーウィン、私……この村の人は許せない。でも、リーシャちゃんのあざは治したい……」


「えっ、治すって薬草とか探すのか? 俺、全然詳しくないんだけど」


「あざなんて簡単に治せるの! 精霊の力があれば」


「精霊の力って、人の体も治せるのか!?」


「うん……人の体の治し方はママが詳しかったから私も教えてもらってたの。明日、アーウィンも手伝ってね!」


 明日……大丈夫かな。

 

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