第10話 俺の決意


 俺達は強い日差しを浴びながら、心地よい海風の吹くグレナ街道を進み、活気のあるラトリーの町へ入った。

 オイローは店にいるだろうか……俺が風に飛ばされてから4日になる。空の彼方へ飛んで行った俺を心配しているだろうと思うと、徐々に心がはやってしまう。


 ラトリーはオトール村やイーリア村のような木造の家は無く、亜麻色や灰色の石を組み合わせた石造りの建物が立ち並ぶ大きな町だ。3つの街道が交わり立派な港があることから、いつも多くの商人や旅人が行き交い、様々な商売が行われている。


「わぁ……大きな建物……いろんな店がある……すごい……」


 エリナは落ち着かない様子でずっと視線を左右に動かしている。本人は気付いていないだろうが、ずっと口が半開きにままだ。人通りが多い道ではぐれてしまわないよう俺はエリナの手を掴んで歩き続ける。


 通りに並ぶ商店の一つに、鍬と鎌の吊り看板が目印の店がある。ここがオイローの農具屋だ。3階建ての1階が店、2、3階が住居になっている。周りの店もだいたい似たような造りだ。開け放たれた扉から中を覗くと、奥にいたオイローと目が合った。


「おお、アーウィン! よく生きとったな! ずっと心配しとったんだぞ」


 満面の笑みで勢いよく駆け出してきたオイローが、俺に抱きつき背中を何度も叩く。


「痛いってオイロー、心配かけてごめん。あと、話したい事があってさ……」


「うん? その子も一緒か?」


 後ろで感動の再会を見ていたエリナは伏し目がちに挨拶をした。


「初めまして。エリナ・ベネットです……」

 

「そうか、とりあえず二人とも中に入れ、今日は少し早いがもう店じまいだ」


 沢山の商品が並ぶ店の奥に招かれ、エリナと並んで椅子に座ると、テーブルを挟んだ向かいにオイローが腰を下ろした。


「お前、飛ばされていってから5日間どうしとったんだ?」


 興味深々の様子で身を乗り出すオイローに、エリナの母親の精霊に飛ばされた事、エリナを助けた事、イーリア村での出来事、母さんの最後を見た事、ラトリーまでの道のりを順を追って話す。


「オイローは母さんが精霊添いだって知ってたんだろ?」


「ああ……ミレーヌは……精霊添いだった。お前には一生秘密にしておこうと思ったんだが……。ミレーヌはな、他の村人に見つかないよう鍛冶小屋で幸せな結婚生活を送っとったんだが、月に一度イーリアへ帰っとった。マナというやつがイーリアの外は薄くて、オドというのが足りなくなるんだと。それで、ちょうど帰った日に……殺されてしまったんだ……」


「そうか……そういう事だったんだ……」

 

「しかし、お前にもやっぱり精霊添いの血が受け継がれとったんだな」


 もし、母さんが精霊添いだったと知らなければ、田舎の鍛冶屋としてのどかな生活を送っていたと思う。きっと何も言わなかったじいちゃんも、俺にそんな人生を送ってほしいと思っていたのかもしれない。


 その時、横のエリナの異変に気が付いた。ずっと静かにしていると思ったら、顔色が悪く、力が抜けたようにうなだれている。


「おい、エリナどうしたんだ!? 」


「うん……すごく頭が痛くて体が重いの……」


 ここに来るまで特に変わった様子は無かったのに、急に具合が悪くなるなんて、単に疲れた訳じゃないだろうし、何かの病気なのか?……どうすればいいんだ……。突然の事に動揺して頭が回らない。オイローは何かを考えているように黙ってエリナを見ていた。


「うーん、こりゃもしかして……。昔ミレーヌに聞いた話なんだが、精霊添いのオドが減っていくからマナの薄い地には長く留まれんらしい。あと、イーリアを出る時にはマナの薄い場所に体を慣らさんと駄目だと言っとったが、この症状は平地の人間がいきなり高地へ行った時に似とる。目の色が変わったのも何か関係しとるのかもな」


 2日前、真っ直ぐ村を出てきたけれど、本当なら薄いマナに体を慣らして村を出なきゃいけなかったのか……それにまだ大人になっていない体だ。成人より薄いマナに弱かったのかもしれない。


 眉をひそめみるみる苦しそうな表情に変わっていくエリナを、どうする事もできないまま、床に敷いた板へゆっくり寝かせた。


「今、体はどんな感じなんだ?」


「ハァ……ハァ……私のオドが……すごく減ってる……」


 オイローの言った通り、マナの薄い場所で体内のオドが急激に減り体調を崩したようだ。だけど、マナが原因だったらこのままラトリーにいる訳にはいかない。急いでイーリアへ戻らなきゃ……。さっきまで穏やかだった心の中が新しい不安で満たされる。


「オドが足りないんだったら、アーウィンが分けてやればいいんだろ?」


 思い悩んでいる俺に、オイローが当たり前のように言った。自分のオドを分けるなんて思いつかなかったけれど、それが出来るんだったらエリナの具合も良くなるかもしれない。


 俺は目を閉じたエリナの額に右手を乗せた。自分の中のオドに意識を集中し、それを少しずつ触れている部分へ移す。


 だんだん……指先からオドが出ていく感触がある……。そのまましばらく続けていると、オドが出る感触は消え、同時にエリナの顔色も戻っていた。


「ほれ見ろ、上手くいったじゃないか! ハハハ」


 オイローが得意げな顔で笑う。


 俺のオドはあまり減っていないので、当分これで大丈夫だと思う。でも、エリナの瞳の色は深い青のまま変わっていなかった。


「もう大丈夫。アーウィン……ありがとう」


 起き上がったエリナがにっこり笑う。体調はもう大丈夫そうだけれど、なぜかとても嬉しそうだ。


「本当にもう平気なのか?」


「うん! あのね、オドって気持ちも入ってるんだよ」


 つまり、さっきオドを渡したときに俺の心の中まで伝わったって事!? そういえば精霊にオドを渡す時も考えるだけで伝わるんだった……これは……恥ずかしいな……。でも、エリナが元気を取り戻したみたいで良かった。


 外の光が赤みを帯びてきた。今日ももうすぐ日が暮れそうだ。


「今日は泊っていくんだろ? 今、メシと毛布を持ってくるからな」


 オイローが出してくれたヤギの乳、パン、チーズを食べながら、ここ数日の続きを話す。それと、今まで秘密にされていた母さんの話。気が付くといつしか夜更け近くになり、眠そうになってきたエリナが先に横になった。

 しかし、寝る前に一つだけどうしても聞いておかないといけない事がある。


「イーリアの他に精霊添いの村を知らないか? 」


「国を越えればあるにはある……ネルトリコのウィンリスという村だ。グレナ街道を北へ真っ直ぐ歩いて5日といったところか。昔、イーリアに移ってきた者も多いそうだ。しかし、なぁ……エリナちゃんは不幸だったが、本当に行くのか? 」


「ああ、エリナはマナの濃い場所でしか生活出来ないからな」


「ウィンリスに行ってもエリナちゃんの安住の地にならんかもしれんぞ」


「エリナと出会ったのはきっと運命だった。もし、安住の地が見つからなくても俺がずっと面倒を見るよ。エリナを幸せにしたいんだ 」


 オイローはそれ以上何も言わず黙って笑っていた。


「うっ……」


 壁の方を向いて眠っていると思ってたエリナが小さな声を出したので、顔を覗き込む。


「エリナ……具合が悪いのか? 」


「ううん……何でもないよ……ありがと……」


 振り向いたエリナは目に涙を浮かべ、口元は笑っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る