第7話 雨宿り

「じゃ、出る準備をしようか」


「はい……」


 焼いただけの野菜を今日も二人でかじる。だんだんエリナの食べられる量が増えてきたのを見て、俺は少しほっとした。


 残っている野菜はどうしようか考えていると、エリナはさっきまで俺達が寝ていた藁を使って野菜を結び始めた。床に置いてあった人参8本、玉葱10個、キャベツ3玉が慣れた手つきで次々と繋がれてゆく。


「こうやって縛れば運びやすいんですよ」


 そう言いながら、綺麗に結ばれた野菜を両手で持ち上げた。


「へえ、すごいな。上手いもんだ」


「はい、いつもパパとママを手伝っていたので……」


 エリナの顔が少し寂しげな表情に変わった。これからもしばらくは両親との思い出が蘇るたび辛くなるだろう……。



「エリナ、行こうか」


「……はい」


 しっかり結ばれた野菜を担いで家を出ると、空は灰色の雲で覆われていた。雨はまだ大丈夫そうだが、少し急いだ方がいいかもしれない。


「アーウィン……これからどこへ向かうんですか?」


 そういえば、エリナに何も話していなかった。とりあえず、オイローの住むラトリーへ向かう。飛ばされていった俺のことを心配しているだろうし、相談にも乗ってくれるだろう。


「これからラトリーの町へ行くんだ。夕方には着けると思う。俺を可愛がってくれて、魔女の事も知ってるオイローってじいちゃんがいるから色々聞いてみるよ」

 

「えっ、ラトリーですか!? だって私は目が……」


 確かにエリナが町へ行けば一目で魔女だと気づかれてしまう。だが、俺にはなんとか出来そうな考えがあった。


「エリナ、これから人前じゃ目の不自由な俺の妹になるんだ。目を開けなきゃ誰にも分からないから」


「それなら……分かりました」


 不安そうだったエリナは決意を固めたような表情に変わった。


「それとさ、その敬語も兄と妹じゃ不自然だからもっと楽に話してくれよな」


「は……うん……」


「じゃあ今から敬語なしで練習しような」


「うん、わかった……アーウィン」


 ちょっとぎこちないが……とりあえずこんなもんか。


 俺たちは先の全く見えないままイーリア村を後にした。




 これで誰もいなくなった村は草木に覆われてゆき、何十年かで人々の記憶からも消えてゆくだろう……ここでの出来事も一緒に……。




 暗くなってきた空を気にしながら俺達はグレナ街道を目指す。グレナ街道を南に向かうとラトリーだ。

 もし、イーリアへ向かう人間がいたら面倒だと思ったが、街道へ繋がる道に人の姿は無かった。家の物も畑の野菜も全て持ち去られ、今更行っても何も残っていない事が知れ渡っているんだろう。


 村から街道までは荷車がすれ違うのも大変そうな細い道が続く。今まで多くの人が行き交ったこの道も、人が通らなければいずれ消えゆく定めだ。


 俺達は草の生い茂る荒れ地を過ぎ小さな峠を越えると、ほどなくして誰ともすれ違う事なくグレナ街道へたどり着いた。


 グレナ街道は大きな荷車でも余裕をもってすれ違える道幅があり、立派な石畳が続いている。ラトリーへ向かう方角を見ると、遠くに人影が見えた。


「エリナ、ここからは手をつなごう。人とすれ違う時は目を閉じて」


「うん……」


 俺がエリナの小さな左手を握って歩き出すと、エリナは半歩遅れて手を引かれるようについてくる。大丈夫だ。何人もすれ違っているが、特に気にする素振りを見せる相手はいない。


 その時、ラトリーまでこのまま無事に行けそうな期待へ水を差すように、石畳をぽつぽつと雨粒が濡らし始めた。

 雨宿りをする場所も無く小雨が降る中を歩き続けるが、次第に雨と風は激しさを増している。服には滴るほどの水が染み込み、風でエリナの髪とワンピースの裾が激しくはためく。とてもじゃないが、この天気じゃ町まで行けそうもない。


 何か無いかと周りを眺めると、街道から少し離れた場所に一軒の農家がある。近くに雨を凌げそうな場所はそこしか無いようだ。とりあえずあの家に向かおう。



 家の近くまで来ると、枯れた葉がそのままになった畑が広がっている。これはきっと黒胡麻虫にやられた後だ。この農家は大丈夫だろうか……。少しの不安を感じながら、戸をノックしてみる。


「あ? あんたら誰だい?」


 戸が開き顔を出したのは髪の短い中年の女性だった。痩せこけた顔は青白く、生気をあまり感じられない。


「あの、この雨が止むまで納屋で雨宿りさせてもらえませんか?」


「そっちの子は?」


 中年の女性は目を閉じて手を引かれているエリナが気になったようだ。


「俺の妹ですが、目が不自由なんです」


「へえ、そう……まあ雨が止むまで納屋にいるといいわ。そのかわりと言っちゃなんだけど……」


 女性は俺が担いでいる野菜に視線を送っている。


「ああ、よかったらどうぞ……」


 俺は担いできた野菜のうち、キャベツ1玉、人参2本、玉ねぎ2個を手渡した。


「悪いね、今、納屋を開けるからしばらくいるといいさ」


 家の隣にある納屋の大きな戸を、女性が力いっぱい何度も引くと、戸は軋みながら少しずつ開いた。

 ここも畑と同様で空っぽだ。数本の農具の他、薪と藁の小さな山しかない。


「何も無いけど、雨は凌げるからいいだろ」


 女性はそう言い残すと、さっさと家の中へ戻って行った。

 俺達は積まれた藁の上に腰を下ろして全身を伸ばす。そろそろ昼か……もしこのまま天候が変わらなければ今日中にラトリーへ着けなくなりそうだ。


「エリナ、疲れてないか?」


「うん、大丈夫」


 エリナはまだ歩けそうだが……雨音はより一層激しさを増していた。小さな窓の戸は閉められているが、指が入りそうなすき間から覗く恨めしい空にため息が漏れる。

 ぼんやりしていると、薄暗い納屋の中が一瞬明るくなり、そのあとすぐ腹の底まで響く雷鳴が届いた。


「キャッ……」


 驚いたエリナが小さく声を上げる。ほぼ同時に納屋の戸がギシギシと軋みながら開き、さっきの女性が静かに入ってきた。


「あんたら、服を脱ぎな! 下着も全部だよ」


「えっ?…………」


 俺達は言っている意味がわからず、言葉を詰まらせた。

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