第6話 母さんの遺言
俺が……エリナの母親に呼ばれたって風に飛ばされた時か? あの時……特に何も感じなかったけれど。
「俺を呼んだって……どういう事なんだ?」
涙が止まらないエリナは必死に乱れた息を整え声を出す。
「ハァ……ママの願いで……ママの風の精霊……サティが……オドの気配を探して辿り着いたのが……アーウィンさん……サティの声は届かないから……風で運んだって……それでその後……サティは消えたって……ううっ」
俺はすすり泣くエリナの震える肩をそっと引き寄せた。あの時、俺を巻き上げた風は精霊が俺を運ぶために起こした風だったのか! つまり、母親とサティにエリナを託されたのか……俺は……。
「あのさ、精霊って……消える事もあるのか?」
「精霊は……共にいた人間の命が終わると……消えて精霊界へ帰ります」
そうか、精霊が消えてエリナの母親の命も……それで……。
エリナの母さん……エリナは俺が守るから安心してくれよな……。エリナを見つめながら俺は心の中で誓いを立てる。
「明日は早いから、もう休もうか」
「はい……」
昨日広げた藁の上に二人で横になる。朝になればいよいよこの家ともお別れだ。
眠ろうとしてもなかなか眠ることが出来ず、かまどの火に照らされる壁を眺めている。エリナも同じようだ。
「アーウィンさん」
急にエリナが俺の顔を見た。
「うん? どうしたんだ?」
「不思議なことがあります。アーウィンさんのそばにいた火の精霊は名前をファラエと名乗りました。精霊の名前は初めて現れた時、共にする人間が付けるものなのに」
「へぇ、そういうもんなのか……」
精霊のことはよくわからないが、さっきの火の精霊はファラエというのか。いつから俺のそばにいたんだろう……。ここに来てから初めて知ることだらけだ。
弱くなってきたかまどの火を見ながら明日のことを考えていると、横から静かな寝息が聞こえてきた。いつの間にかエリナは眠っている。俺の疲れた体も目を閉じているとすぐに眠りに落ちた。
「………………う……ん」
うっすら目を開けると、朝の光が窓の戸のすき間から差し込んでいる。そうだ、ここを発つ準備をしないと。眠っていたエリナにも俺が起きた気配が伝わったのか、ゆっくり目を開いた。
「おはようエリナ、それじゃ……食べたら出ようか」
「はい……あっ、アーウィンさん! ファラエがアーウィンさんに伝えたいことがあると……」
「えっ?」
「お母さんの事だそうです……お母さんからの遺言……」
母さんの遺言!? 全く記憶にない母さんから俺に……どんな……。予期していなかった言葉に俺の頭はもやがかかったように何も考えられなくなった。
「ファラエが見た光景を伝えるのを私が手伝います。私にも見えてしまうんですが……いいですか?」
「ああ、構わないから見せてくれないか」
「はい。では……横になって目を閉じてください」
促されて藁の上で横になると、右にいたエリナが俺の顔の両側に手をつき、覆い被さるように顔近づけてきた。そのまま言われたとおり目を閉じると、エリナがこつんと額を重ねる。
自分の息遣いしか聞えない暗闇の世界がだんだん明るくなり、聞こえるはずのない音が聞こえる。まるで夢でも見ているようだ! 目を閉じている俺の前に、知らない景色が広がっている。
ナイフや剣、大鎌など武器を持った10人程の男達がまっすぐこっちに向かってくる。
ここは……イーリアだ。あちこち違ってはいるが、煉瓦積みの小屋は昨日も見たし、奥の方にはエリナの家も見える。
「ここから先は通しません! 立ち止まって冷静になりなさい!」
よく通る女性の声が響いた。
振り向くように景色が後ろへ変わると、両腕を横に開いた青色のワンピースの女性が立っている。
俺と同じ茶色の髪が腰まで伸び、くっきりとした細い眉、細い鼻に小さな口……大きな目は綺麗な深紅だ。堂々と立ちはだかり男たちを睨みつける姿は凛々しさを放っていた。
「それ以上近づくと死にますよ!」
母さんが歩みを止めない男達に叫ぶと、突然50フィートほど離れた場所に炎の混じりの竜巻が現れた! (※1feet≒30cm)
「うおっ……なんだぁー!」
「アジィ〜〜! うわぁ」
男達は驚き一斉に後ずさりした。炎の竜巻が近づく物を一瞬で焼き尽くすのを見て、その場から動くことが出来ないようだ。
その時、竜巻の手前の家からブロンド髪の若い女性が飛び出し、母さんの方へ駆けてきた。
「エミリー早く! 早く森へ逃げて!」
若い女性に向かって母さんが叫んだ。
「ミレーヌさんも一緒に……」
「すぐ行くから先に行って!」
「はい」
ブロンドの若い女性は返事をしたあと何度も後ろを振り返りながら、森の方へ駆けていった。
炎の竜巻の向こう側の男達はいつの間にか50人程になっているが、動けないままでいる。
その時だ!
「ングッ…………」
母さんの背中を斜め後ろから矢が貫き、その体は力が抜けたようにうつ伏せで倒れた。
頬を地面に擦りつけた母さんの息は弱々しく、背中の矢の周りに血が広がる。
「あ……ああ……ファラエ、ソーナ……カノリ、トレ……ア……私の全てのオドで契約する……これからアーウィンを……護って……」
母さんは倒れたまま、かすれた声を絞り出すように囁く。
「アーウィン……健やかに育っ……て…愛してる…」
母さんの焦点の合っていない虚ろな目から流れた涙が地面を濡らしていた。
炎の竜巻が消え、遮るものが無くなった男達は、続々と倒れている母さんを囲んでゆく。
「凄い魔法だったな、絶対にこいつが疫病の魔女だ!」
大勢の男の中から長い剣を持った男が前に出ると、母さんの体を蹴り仰向けにした。そして、胸に剣を突き立てた瞬間……男達から大きな歓声が上がった。
そこで俺は…………悪夢から覚めた。
「ああ……俺の……母さん…………」
胸の中がいろんな感情でいっぱいになって苦しく、涙が流れ続ける。
俺は母さんに愛されていた。母さんの事何も覚えてないと思っていたけど、あの目は懐かしくて覚えてた。今でも俺はずっと母さんに護られてたんだ……。
嗚咽をもらし涙を流す俺の顔の上に、温かいものを感じる……。
「アーウィンさん……ううっ……」
俺の顔の上でエリナが泣いている。その涙がぽたぽたと落ちてくる。
「エミリーは……私のママです。私のママを助けてアーウィンさんのママは……」
母さんはエリナの母親を救ったんだ……精霊の力を武器を持った男達に向ければ死ぬ事は無かったのに……母さん……。
今まで母さんの事を考えることなんてほとんど無かったからか、沢山の想いがこみ上げて止まらない。
大人の男が子供の前で嗚咽をもらすのはちょっとみっともないよな……。
止まらない涙を堪えようとすると、エリナは顔を下ろし、俺と頬を重ねて囁いた。
「今もアーウィンさんはお母さんに愛されています……たくさん泣いて……いいですよ」
エリナは細い両腕を俺の頭を包むように絡めた。止めようとした涙がまた流れると、エリナが俺の頭を撫でる。昨日と逆だけど、温かい手は気分を落ち着かせてくれる……。
「アーウィンさんのお母さん、イーリアでは大勢の命を救った英雄だと言われてたんです……」
英雄か……俺は今、本物の英雄を見た。そして、俺も母さんのように人に誇れるような生き方をしたいと思った。
荒ぶっていた気持ちが落ち着いてきたら、今度は少し恥ずかしい気分になってきた。
「エリナ……ありがとう……それと、俺の名前にさんってつけるのやめないか?」
「アーウィン」
俺の顔を見たエリナは恥ずかしそうに少し笑った。
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