第5話 現れた精霊


「何だったんだ?……今の……」


 大きな目で俺の顔を見つめているエリナに問いかける。


「火の精霊のいたずらですが……普通の人間には見えないはずなんです」


 確かにはっきり小さな火が見えたのに、普通の人間には見えないってどういう事だ? 俺が普通じゃないって事? いや、そんな訳ない。18年間田舎で暮らしてきた普通の男だ。


「俺が普通じゃないって……どういう事か分からないんだけど」


「えっと……すいませんが目を閉じてじっとしていて下さい」


 何をするつもりか分からないまま目を閉じると、両肩にエリナの手が添えられ、額にこつんと小さな衝撃を感じた。温かいエリナの額だ。これは一体何だろう……そのまましばらくじっとしていると、体の中から暖かいものを感じる。


 エリナは俺の肩に手を置いたまま額を離した。


「やはりそうです…………アーウィンさん……あの、アーウィンさんの体の中からオドをはっきり感じます」


「ええっ……俺から? まさか……俺は普通の人間だぞ?目だって茶色だし……」


 俺からオドを感じるなんておかしな話だ。全く意味が分からない。


「もしかしたら、アーウィンさんの先祖が精霊添いだったのかも……」


「そんなの聞いたこと無いんだけど……それじゃ、俺も精霊の力を借りることが出来るのか?」


「すぐには無理だと思いますが、力を貸してくれそうな精霊はアーウィンさんの近くに感じます。もし、精霊が見えたら信じてくれますか?」


 もし俺が精霊を見られたら……普通の人間じゃないって認めない訳にいかない。でも、俺は今まで一度も精霊なんて見たことも無いし、不思議な力を感じたことも無い。


 すんなりと納得出来ない話に戸惑う俺の顔を、エリナは真剣な目で見る。


「さっきの精霊はずっとアーウィンさんの近くにいました。私が手伝えばきっと姿を見ることが出来ます。それにここはマナの濃いイーリアですから」


 エリナは俺の両肩から手を離すと隣に座った。


「それじゃ、私の言うとおりにしてください。まず、目を閉じて……心を落ち着けて……両肘を曲げて手のひらを上に向けてください」


 言われた通り、目を閉じて深く深呼吸したあと、両手のひらを上に向けるとエリナが指先をつまんだ。


「意識を体の内側に集中して、指先の感じを体全体で感じてください」


 まずは意識をエリナが触れている指先に向ける。触っている感触は分かるが他に感じるものは…………全神経を指先に集中して感じるものを探る。


 それがどういうものなのか、なかなか分からないまま時間が過ぎてゆく。すると、少しだけ……何か感じた。初めての感覚だ。しっとりした朝霧のような感じと言えばいいのか、指先から体の内側に何かが流れ込んでいる感じがする。


 目を閉じたまま、両腕から胸のあたりに意識を移すと、霧のようなかすかな感触は俺の体の中を循環しているように感じる。今まで感じたことのない不思議な感じだ。


「もう、目を開けてもいいです。何か感じましたか?」


 長い沈黙が終わり、久しぶりにエリナが口を開いた。


「何て言えばいいのか分からないけど、体の中に霧の流れみたいなものを感じたよ」


「それがオドの感覚です。その霧を指先から少しだけ出すイメージをしながら、さっきの火の精霊を見たいと念じてください」


 体の中の霧を指先から出す感覚と言われてもよく分からない。体の内側に意識を集中させて……霧を徐々に指先へ押し出すようなイメージでいいのか……。


「あっ、それでいいです」


 エリナが声を出した直後だった。


 俺の手のひらの上に赤く光る人のようなものが現れ、手を振ったあとすぐに消えた。それは驚く間もないほど一瞬で、ぼんやりとした姿しか分からなかったが、なぜか怖い感じはしなかった。


 これでひとつはっきりした事がある。エリナの言う通り、俺は……普通の人間じゃなかった。


 この事実をどう受け止めればいいのか全く分からない。何の言葉も出てこないまま、また沈黙が続いた。


「あの……俺、その、精霊添いの血が流れてたんだな……」


 強く握りしめた手にじっとりと汗をかき、動揺から小刻みに腕が震える。


「アーウィンさん、そんなに不安にならないでください……。アーウィンさんは何も変わらないんですから。それに、精霊はその力で助けてくれたり、少し話をすることも出来るんです…………そう! いつも一緒にいてくれる友達が出来たと思えばいいと思います」


 俺は俺、新しい友達が出来ただけか……混乱していた頭の中がエリナの簡単な言葉で整理された気がする。エリナだって昨日親を亡くしたばかりで俺に気を使ってる場合じゃないのに……。


「あのさ、今、精霊と話せるって言ったけど、俺もさっきの火の精霊と話せるのか?」


「はい、すぐには無理だと思いますが。自分の精霊を介せば他の人の精霊の話を聞くことも出来ます」


「自分の精霊? 精霊添いはそれぞれ自分の精霊を持ってるって事?」


「持っているというか、精霊添いの人は子供の頃に相性の合う精霊が現れます。それからは、ずっとその精霊と人生を共にするんです。私のそばにいるのは水の精霊サラエ。アーウィンさん……見ててください」


 エリナは胸の前で水をすくうような形で両手を合わせる。

 何が起きるのか分からないままじっと手のひらをじっと見ていると、指のすき間から水が湧き出すように水が溜まりだした。もちろん手のまわりには何もないが、これが精霊の力なのか……。こんな不思議な光景は見た事がない。


「今、私は水を出してほしいと念じながら、少しのオドをサラエに渡しました。精霊にしてほしいことを心の中で念じながらオドを渡すと、精霊はその通り私たちを助けてくれます」


 こんな不思議な力が俺の中にもあるのか……!? つまり、これが魔女の力と言われてたやつか。こんな力を見せられたら普通の人間なら腰を抜かすほど驚くだろう。


「俺の近くにずっといたっていう火の精霊は何か言ってるか?」


「ちょっと待ってください、サラエに聞いてみます……」


 黙ったまま目を閉じているエリナの顔をしばらく眺めていると、突然エリナの口元が歪んだ。


「そんな……そんな……あ………ママ……」


 急にエリナの様子がおかしくなった。


 呼吸は荒々しくなり、閉じた目から涙があふれだす。火の精霊からどんな話を聞いたのか……ひどいショックを受けているようだ。


「エリナ! 大丈夫か?」


 俺は目を閉じたまま震えているエリナの手を握った。


「昨日……アーウィンさんを呼んだのはママでした……」

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