第3話 この幸薄そうな娘にお祝いを!
とある夕暮れ。
相変わらず全然売れていない、ある有名な店の前。
「ねえねえ、本当にいいのかな。用もないのに訪ねたりして……。も、もし忙しかったりしたら……。その、迷惑なんじゃ……。もし、嫌われたりしたら……。ねえ、やっぱりやめようよ、めぐみん」
おどおどするゆんゆんに呆れ顔で私は言う。
「そんな事ばかり言うから、ウィズの店に行く事もできないんですよ」
「そ、そうだ。買い物を口実にすれば」
「ウィズやバニルとは友人なんでしょう? でしたら口実なんていりません! ほら行きますよ!」
「ゆ、友人……。うん、友人なんだけど……。って、友人だからこそ急に訪ねるなんて失礼だと思わない?」
「いいから、入りますよ!」
店の前まで来て、頑なに店に入ろうとしないゆんゆんの背中を押しながら、店のドアを開けると、陽気で優しい声と陽気でやかましい声が耳に入ってくる。
「ゆんゆんさん。お誕生日おめでとうございます」
「フハハハハハハハハハハ。独りが得意な寂しんぼ娘よ。今宵は我輩たちが全力で祝ってやろう。どれくらい全力かというと、もうこれからは人に関わるよりぼっちの方が気楽でいいや、と思いたくなるくらいの全力パーティーを披露しよう!」
「え?え?え?」
突如の事でゆんゆんが目をパチパチさせながら困惑を見せる。
「お誕生日おめでとうございます、ゆんゆん。バニルの言葉を借りるわけでありませんが、今日は全力で祝ってあげますよ」
「っ」
ゆんゆんの顔がみるみる赤くなり、恥ずかしそうに俯き、もじもじしながら。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします。そ、その私も全力で頑張るから!」
嬉し恥ずかし過ぎて訳の分からないことを言うゆんゆんを私達は全力で祝福した!
* * *
カズマから貰っていたお金も減ってきており、安い物しか食べていなかったので、今日のご馳走にケーキは本当に美味しい。
私は14歳で育ち盛りだから、どれだけ食べてもたりない。
今思えば、ウィズのように20歳くらいのナイスバディになった状態でリッチーになるべきだった。
私が真剣に料理を食べている間、ゆんゆんはウィズ、バニルと紅茶を片手に雑談をしていた。
「ごめんなさい。本当はもっと遊びに来たかったのですが……」
「いえいえ、いいんですよ。バニルさんから事情は聞いてますし」
ゆんゆんがペコペコと頭を下げる。
事情というのは、どうせ『用事もないのに訪ねたら迷惑だろう』という事だろう。
「それにしても、ゆんゆんさんがお元気で本当によかったです」
ウィズがお姿もお変わりないようでと言葉を続ける。
「それはそうであろう。この本日我輩たちが全力で祝っている娘は、光の屈折魔法を応用して他人から、14歳の頃の姿が見えるようにしているのだからな」
そう、ゆんゆんはやはり天才だった、私の次に。
その私の次に天才のゆんゆんはオリジナルの魔法を開発してしまったのだ。
そのオリジナルの魔法というのは、自分の周り……自分の素肌に結界を張り、結界外から見ると、ゆんゆんが指定する姿を見せる事ができる。
もちろん、結界内……ゆんゆんと顔が当たるくらいの近さなら、ゆんゆんの本当の姿を見る事ができるのだが、こんな魔法を作るくらいだ、きっとその姿を見られたくない理由があるのだろう。
だから、私は無理に見ようと考えたことはない。
他に見たくない……見たら何かあるような気がするが……今はよくわからない。
一瞬こちらを見たバニルがニヤリと口元を歪ませ。
「汝よ「バニルさんバニルさん。ちなみにこの魔法を売りに出したら、いくらくらいになるんですか?」
とウィズが話を遮り、バニルがまぁよかろうとウィズの方を向く。
「姿を変えたように見せる魔法か……。日夜熟れた身体の性欲を持て余し、夜な夜な愛しい者の事を想い焦がれ、寂しい行為をしている男女。さらには姑に罪を被せる為、姑に姿を変え犯罪行為をする者など、犯罪者予備軍が欲しがるであろう。それを考えるとお客様のプライバシー保護の料金も含め100億エリス以上の売り上げは見込めるであろうな」
ひゃ、100億!? さっそく売りましょうと私が言い出す前に。
「犯罪。それはダメですね。売ったりはできませんね」
と、ウィズがきっぱり言った。
「うむ。この魔法が人間界に出回った場合、犯罪が多発し、人間どもは目の前の人物が本当の親や友達なのかわからなくなり引きこもりが増える。そうなれば、いくらお金が手に入ろうが我輩にとっても不都合であるため、我輩も悪魔ながら反対しよう」
…………。
「ゆんゆんさん。これも人類の為、お金は欲しいでしょうが、その魔法は他の人に教えないようにお願いします。めぐみんさんもそう思いますよね?」
「え? ええ! もちろんですとも! さっそく売りましょうとか言う輩には、我が爆裂魔法をくらわせてあげますよ!!」
私が慌てて答えるとゆんゆんがクスリと笑い、ウィズの方を向いて真剣な声で。
「はい。この魔法は他の人には伝えるつもりはありません。……それにこの事を知っているのは今はめぐみん、ウィズさん、バニルさんの3人だけですし……」
ゆんゆんが暗い顔をする。
それもそのはずだ。
「そうでしたね。ゆんゆん……酷な事を言ってすいませんでした。そもそも天涯ぼっちのゆんゆんには話せる相手が私達しか……うぅっ」
「めぐみん! なんで肩をプルプル震わせながら、手で口を押さえているの!? まさか笑ってるの!?」
「い、いえ、食べ過ぎて吐きそうで……」
「育ち盛りだからってバクバク食べるから! って、めぐみん!? なんでニコッとして私を見るの? い、いや、近寄らないで! トイレに連れて行ってあげるからこっち来ないでーーーー!!!」
* * *
うぅ……。まだ気分が悪い……。
私がトイレから出て、ゆんゆん達がいる部屋のドアを開けようとするとバニルの声が聞こえてくる。
「……ほうほう、汝のやろうとしている事は上手くいくであろう。そのまま汝の思うがままにやるが吉。しかしながら、あの娘の事を考え、よくここまで実行に移したな。ゆんゆんよ、そなたは我輩が認めた二人目の人間だ。もし何か困ったことがあれば、この街でも有名なウィズ魔道具店という所に相談するがいい。さすれば、貧乏で腹ペコ店主と、ご近所の評判も良くとても頼りになるバイトが全力で協力しよう!」
「ゆんゆんさん、あなたは私の……いえ、私達の素敵な友達です。何かあったらいつでも頼ってくださいね」
「っ……。ありがとうございます。私がんばります!」
「まったく泣くものがあるか。そんな感情、我輩の腹の足しにもならん」
「だ、だってぇ……。バニルさんたちが……私嬉しくて……」
私はドアの前からなぜか動けなかった。
少し時間がたち、ようやくゆんゆんが静かになり、ウィズが空気を変えるように陽気な声で。
「バニルさんバニルさん。ちなみにバニルさんが認めた一人目の人間とは誰の事ですか?」
「実を言うとこの世にはもう存在せんのだ。その人間はキリッとしながら常に真っ直ぐ前を向いていた凄腕魔導士でな……。確か……そう『氷の魔女』と言う名で」
「それって私の事ですよね!? 失礼ですよ! 私ちゃんと存在してますよ!? ってバニルさん!? なんで遠い目で明後日の方を向いているんですか!? バニルさん!?」
「ええい! バニルさんバニルさん、うるさいぞ! このポンコツ店主が!」
「--------」
「----」
なんとなくゆんゆんの嬉しそうな笑顔が見えた気がした。
私が関わらない、ゆんゆんの交友関係。
その事実がなんとなく嬉しくて……そしてやっぱり少し寂しくて。
私はドアを開けようと手をやったが……もう一度トイレに行くことにした。
なんとなくこんなふうに……ゆんゆんがウィズやバニルと話せるのも最後のような気がしたから。
本当になんとなくそんな気がしたから----。
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