第4話 この爆裂娘と最後の夜を!

「ねえ、結婚とかしないの?」


 最近、寝てばかりで、ようやく夕方に起きてきたと思ったら……。


「前も言いましたが、絶対にしません。そもそも私はリッチー。一緒に生きていく事が無理なのです」


「……そうだよね。一緒に……一緒に生きていくなんか出来ないよね」


「というか、ゆんゆんはどうなのですか? 結婚とか……」


「……」


 ゆんゆんが黙り込む。

 そういえば、ゆんゆんには旦那候補以前に、男友達が……。



「すいませんでした。ゆんゆんにはハードルが高すぎましたね」


「めぐみん!? なんで憐れんだ目で私を見ているの!?」


「今晩はゆんゆんが好きな食べ物にしましょう。ご馳走しますよ」


「ちょっと可愛そうだねこの子、みたいな扱いやめて! って、えぇ!? あ、あのめぐみんがご馳走してくれる!?」


「え? ご馳走するのはあなたですよ?」


「今の話の流れで何でそうなるのよ!」



  *  *  *



「ねえ、めぐみん。聞きたい事があるんだけど」


 また質問ですか……と言おうとしたが、ゆんゆんが真剣な顔で聞いてきたので、こちらも真剣に返す。


「いいですよ。話してください」



「めぐみんは将来どうするつもり?」


「爆裂魔法を撃ち続ける……という事を聞きたいのではないのですよね?」


「えーとね、その……お金とかどうするの? リッチーでも食事を取る必要があるでしょう?」


 本来リッチーは食事を取る必要はない。

 なぜなら餓死することがないから。


 ……でも、お腹が減ったら精神的に疲れるし、やっぱり食事という習慣が身に付いているから、食事をとりたくなる。


 というか、食事がとれない生活なんて嫌だ。


「食事以外にも服とか光熱費とか、生活するのにお金は必要不可欠だと思うんだけど……」


 と、ゆんゆんが続ける。


 確かにずっと生き続ければ、服だって劣化するし、住むところも必要だ。


 この屋敷だって持ち主は私ではなく不動産屋だ。

 一応、魔王討伐のお礼という事で、ある程度長く住ませてくれるようだが、将来住めなくなる可能性もある。



「お金ですか……。まぁ、最悪ウィズのお店でバイトしますよ。簡単な魔道具なら作れますし」


「バイト……バイトかぁ……。でもウィズさんのお店でバイトは……」


 ゆんゆんが微妙な声を上げる。

 言いたい事はわかっている。

 ウィズ魔道具店は儲かっていない。

 バイト一人雇う余裕すらないだろう。



「そうだ!そうですよ。そもそも私は冒険者。依頼をこなせばいいだけじゃないですか」


「爆裂魔法を使ったら動けなくなるのに?」


「ふふふふ。今はレベルが上がったおかげで、一発撃っても歩いて帰るぐらいはできるんですよ」


 私が胸を大きく張って得意げに言う。



 それに----。


「それにゆんゆんがいますしね。雑魚はゆんゆん、ボスは私が討伐すれば楽勝ですよ。ええ、そうです。今後はずっと一緒に稼げばいいんですよ。なんて簡単な事に今まで気づかなかったのでしょうか」


 今後はずっと一緒に稼げばいいと私は言った。


 私は今まであえて言わなかった事をついに言ってしまった----。




 あ、あれ? 私はなぜ今まであえて言わなかったのだろう?



 私の言葉に対し、ゆんゆんが悲しそうな表情をする。



「ねえ、めぐみん。私……私ね」



 ゆんゆんが目を閉じ、深く深呼吸をする。


 一瞬、時が止まる。


 告白されるのかと思えるぐらいの緊張感。



 その緊張感の中、ゆんゆんが私をじっと見る。

 見つめる。



 ----そして。


 私が一番聞きたくない事を言い出した。





「明日、紅魔の里に帰ろうと思うの」






「…………え? な、なんで?」






 ゆんゆんは私から決して視線をそらさない。


 私は悪いことをしたかのように慌てて視線をそらしてしまった。


 そんな私にゆんゆんは優しく諭すように言う。


「私、族長なんだよ。最後の最後までここにいる訳にはいけないの。族長として最後は紅魔の里に帰らないと……。それに次の族長の決定もあるし」


 だからずっと一緒にいる事はできないよ、とゆんゆんが続ける。


「そ、そうですよね。でも次の族長を決めれば、またゆんゆんは帰ってきてくれますよね?」


 私が視線をゆんゆんに戻し----。


「……ねえ、めぐみん」


 ゆんゆんの目には涙が溜まっていた。




 あぁ……私はなんてバカな質問をしたのだろう。


 本当はわかっていた。


 今の質問に意味がない事。

 バカみたいな事を言っている事。

 帰ってくる事がない事。


 でも……でも、いつの間にか、ゆんゆんがいない生活を考えられない私がいる。


 ゆんゆんがいなくなるのは嫌だ。


 お願いだから帰ってきてほしい。



 でもそんな願いも叶わず、ゆんゆんは続ける。


「めぐみんの事だから……頭のいいめぐみんの事だから気付いてると思うんだけど……言うね」



 やめて。


 それ以上、話を続けるのをやめて。



 これ以上、話を続けるとゆんゆんが……ゆんゆんと会えなくなってしまう気がする。




 お願いだから……お願いだからやめて!!





「私ね、もう80歳なんだよ」



 ……。




 …………。




 ……………………あ。




 あ…あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!!!!!!!





「歩くのも大変だし、上級魔法だって使うの……大変なんだよ」



 聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。



「最近、なんとなくわかってきたんだ。そろそろ私も最後が近いんだって」



 …………。




 魔王が討伐され、少し平和になったこの国の平均寿命はだいたい60歳くらい……。



 ………。



 もう誰もいない。

 カズマとダクネス、お父さん、お母さん、こめっこはもういない。



 ………。



 カズマとダクネスはテクノブレイクとかいう謎の病気で、40歳くらいでいなくなってしまった。

 アクアはカズマの葬式が終わった後、この世界から消えてしまった。

 そういう契約だったらしい……。




 ゆんゆんが言葉を続ける。


「だからもう一度言うね。私、族長として最後は紅魔の里に帰らないといけないの」



 …………。



 わかっていた。

 最近、ゆんゆんの寝る時間が長い事に。体調が悪い事に。


 わかっていた。

 最近、ゆんゆんが中級魔法ばかりを使う事に。


 わかっていた。

 ゆんゆんの姿が変わらないのは、魔法のおかげだと。


 わかっていた。

 ゆんゆんがそのうちいなくなる事に。



 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。


 わかっていた。



 覚悟していた。


 そのはずだったのに……。


 ゆんゆんならずっと一緒にいてくれると……勝手に思っていた。


 わかっていたのに。






 私はなにもわかろうとしてなかった。


 私は全て忘れたふりをしていた。





「めぐみん、泣かないで」


 ゆんゆんが私に抱きついて……いや、私を抱きしめてくれた。

 私の頭を撫でながら優しく抱きしめてくれる。


「めぐみん。ごめんね。ごめんね。ごめんね」


 謝るのは私の方なのに……ゆんゆんはごめんねと続ける。


「ごめんね。本当はもっともっと一緒にいたかった。孤独が辛いって、誰よりも知っているのに……独りにさせちゃってごめんね」


 いや、私には爆裂魔法があるから孤独ではない……と言いたくてゆんゆんを見ると……。


「ごめんね。ずっと一緒にいたかったのに、ごめんね」


 ゆんゆんは声を震わせながら、ボロボロと涙をこぼしていた。





 あ


 あああああ


 ああああああああああああああああ


 あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!


 私はなんてことをしてしまったのだろう!


「私だって……。ごめんなさい。ゆんゆん、ごめんなさい」


 私はごめんなさいと何度も言いながら。


「わかっていたのです。ゆんゆんが……ゆんゆんが……近い将来いなくなること……。で、でも、私は最後までわからないふりをして、ゆんゆんを困らせてゆんゆんに甘えて……。覚悟していたはずなのに、爆裂魔法の為に、独りになる事くらい覚悟していたはずなのに! あぁ……私は弱い……なんと弱いのでしょう。こんな弱い私だから、ゆんゆんはいつまでも私を心配して……」


「違う! それは違うよめぐみん! 私は……私がめぐみんといたかったから! 一緒にいたかったからいるの。私がめぐみんから卒業できないから……本当は爆裂道を歩むはずだっためぐみんに変な気を使わせちゃって」


「いえ、違います。悪いのは私----」


「ううん。私の方が悪いの----」



「それは違います。私が----」


「ううん。私の方が----」



「いや、私が----



 私達はお互い『私が悪い』『ごめんね』と言いながら、強く強く抱きしめた。






  *  *  *





 楽しかった----



 ゆんゆんとの日々は本当に楽しかったなぁ----



 でも、それももう終わり。



 ゆんゆんは明日帰る。




 だから、明日で終わり。







 ----私は最後は……最後の最後は泣いて終わるのは嫌で。


 ゆんゆんの胸で泣いていた私は、ゆんゆんの腕を振りほどき距離をとった。



「ふぅ……、まったくゆんゆんは泣き過ぎですよ。もう80歳というのに、いつまでも子供なんですから……」


「う、うん。ごめんね。 って、あれ!? なんで私が子供扱いされているの!? 子供はめぐみんの方でしょう!? あんなに泣いてたんだから!」


「あっ、言いましたね! 最初に泣いたのは、ゆんゆんでしょう!? それに私には爆裂魔法があるのです! 悲しくなんかありません!」


「最初に泣いたのはめぐみんじゃない! って、痛い痛い! 髪を引っ張らないで!」




「……ぷっ、あははははは」


 それはどっちだったのだろう。

 気付いたら私達はお互いに笑っていた。


 いつも通り、いつも通りの日常。



 これが----この日常がなんとなく嬉しい……愛おしい。




 笑うだけ笑った私は、『今晩は何が食べたいですか?』を聞くかのような軽い口調で。


「どうせならゆんゆんもリッチーになりませんか? 友人であるウィズやバニルと一生遊べますよ?」


 私はわざわざ言わなくても答えがわかる質問をする。


「ううん。私は最後は人間として……紅魔族の長として終わりたいから」


 ゆんゆんは即答する。


 やっぱり無理だった。


 実はちょっとだけ期待していたのだが。






「めぐみん。最後にお願いがあるの」


「なんでしょう?」


「明日も一日一爆裂に行くんでしょう? それでね、私も最後にめぐみんの爆裂魔法を見たいんだ。だからいつもみたいに私がお弁当を作って、めぐみんの爆裂魔法を見て、そして紅魔の里に帰ろうかなって」


 ゆんゆんが微笑んで優しく言ってくる。


 一日一爆裂か……。

 明日だけはそんな気分ではなかったのだが……。

 でも、それがゆんゆんの頼みなら。私の大切な友人の頼みなら!




「わかりました。ええ、明日は最高の爆裂魔法を披露してあげますよ」




 私は胸を張って強く答えた。

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