第2話
瞳はクラスメイトと付き合い始めた。その噂は校内を駆け巡った。俺と瞳が付き合っていると思っていたやつは枚挙にいとまがない。
スカウトされそうな美少女で、俺にべったりしているように見えたのだ。そして家も向かいで親同士も仲がいい。お前どこのラノベですかとか、それなんてエロゲとかさんざんに言われていた。
そして、今の俺は幼馴染という立場に安住して、好きな子をかっさらわれた間抜けという酷評もされた。まあ、それは事実だ。これからの夏休みに夢も希望もなくなって、友人どもに今にも駅のホームからダイブしそうな顔してるぞとか言われる始末だ。
そんな中、俺に近寄ってきた物好きもいる。悪友の一人、橘香織である。こいつは中学時代からの腐れ縁で、自分としては男女を超えた友情だと思っている。
瞳に振られた後、こいつがそれとなく遊びに連れ出してくれたことで、意外に早く立ち直ることができたのだ。というか、はっぱをかけられた。好きなら諦めるんじゃないって。
「いよう、落ち込んでるな寝取られマン」
「あ? 誰がそんな名前つけやがった??」
「あたし」
シレっという香織に脱力して机に突っ伏す。
こいつも男子連中に人気はあるのだ。陸上部のスプリンターで、ややボーイッシュなきらいはあるが笑うと猫っぽい愛嬌がある。
サバサバ系の名の通り、ストレートに物事をズバッと言うが、嫌みがないので結局言われた方も笑ってしまう。そんな不思議な魅力のあるやつだった。
「まあ、前から微妙だとは思ってたけどね」
「どの辺がよ?」
「あんたら綺麗に計ったような距離だったからね」
「というと?」
「あんたが近寄ればあの子は下がる。けどなぜかあんたが尻込みして離れると、あの子はちょっとくっついていくんだ。なんだろうね? 15センチの絶対領域?」
「誰がそんなうまいことを言えと」
「あ、図星だったのか。ってあんたも気づいてたのね?」
「だよ。むしろ気づかん方がおかしいわ」
「んー、トンビに油揚げかっさらわれたのは気の毒だけどねえ。まあ、あれだ。女はまだまだいる。気を落とすでないよ」
「うん、いいこと言ってくれてるな。けどな、その嬉しそうな笑顔は何なんだ!」
思わず香織の頬っぺたをつまんで左右に引っ張る。
「あ、いひゃい、ごめん、ごめんっふぇ」
なんか香織の頬っぺたの感触がやたら柔らかくて、彼女が涙目になるまで引っ張り続けてしまった。
放課後、なし崩し的に香織と帰ることになる。頬っぺたをいじくりまわした罰としてジェラートをおごらされたのだった。
「うー、乙女の柔肌をなんだと思ってるの!?」
「すまん、調子に乗りすぎた。そう思ってるからこそお前の手の中にジェラートがあるんだろが」
「むふふ、ごちそう様。やっぱマールのジェラートは絶品だね」
「くそ、ダブルまでと言ったのにトリプルを容赦なく頼むお前の面の皮に俺はもう驚きを通り越してるよ」
「モチモチの柔肌をさんざん堪能しといて鉄面皮扱いか。ひどいわ!」
「やめれ、誤解を招く」
「むう、あんなに好き放題やっといて。ひどいわ!」
「そこは否定しないが表現を改めろと言っている」
「えー、往生際が悪いよ。あたしの柔肌をもてあそんだ責任を取りなさい」
「だから今とってるだろうが。まったく」
そのとき、俺たちはベンチに座ってまあはた目にはじゃれているようにしか見えなかっただろう。だから少し離れたところで俺たちの会話を聞いている人間がいるなんて思わなかった。そしてそれを聞いていた人物がものすごい誤解をしていることもだ。
それを思い知ったのは後のことで、俺はものすごい勢いで頭を抱えることになるのだ。
お盆。うちと瞳の家は共同で互いの母親の里帰り旅行となった。お盆か正月はこうやって一緒に帰省することが多い。母たちの実家はうちがある都市から3時間ほど高速で走った先にある。というか高速を降りてからさらに2時間ほど走るというド田舎にあった。
パーキングで休憩中、父と伯父さんはトイレに、母たちは中の売店に入っていった。お土産を物色するようだ。
車の中で二人きりという状況に少しドギマギする。彼氏と順調なのか? とか余計なことを聞きそうになる。普段ならば瞳の方からいろいろ話を振ってくることが多いのだが、クラスメイトと付き合い始めてからはめっきりと疎遠になっている。それについてうちの親も瞳のご両親も特に何も言わなかった。むしろ視線の生暖かさがいたたまれないくらいだった。
珍しいとすら言える沈黙を破ったのは瞳だった。ちょっと思いつめた風情である。
「あのね、香織さんと付き合ってるの?」
「へ?」
「この前公園でぴったりくっついてたでしょ?」
「ああ、あ、ああああああ?!」
思わず変な声が出た。あれを見られてた? あの傍から見ればバカップル以外の何者でもないあの光景を?
思わず叫び出しそうになった。誤解だ! と全力で言いたかった。けれどその次の言葉で、俺は全ての言葉を封じられた。
「だって……しちゃったんでしょ? だめだよ、責任取らないと」
微妙に頬を赤く染めながらそんなことを言ってくる。それこそ誤解だと言いたかった。あれはただの悪ふざけだったんだと。そしてチャンスは最悪のタイミングでやってくると何とかの法則通りだった。ドアが開き、親どもが戻ってきて、俺は弁解のチャンスを失ったことに気付いた。
俺たちの沈黙はやや重苦しく、親たちも少し怪訝な表情をしている。しかし特に何も言わずに世間話が始まった。
高速を降りてさらに北上してゆく。母たちの故郷に着いたときには日はすでに傾いていた。交代で運転していた父たちも疲労は隠せず、元気なのは母たちだけという状態で、母方の祖父母が出迎えてくれる。
浮かない顔をしている孫に気付いたようだが、そこは年の功かにっこりと笑顔を見せてくれたのだった。
翌日、総出で墓参りに向かう。瞳は祖父母の用意してくれた麦わら帽子をかぶり、墓石に水をかけてゆく。俺はシャツ1枚で炎天下のなか草むしりだ。父が俺がむしった草をせっせとビニール袋に詰めてゆき、ついでにという母たちの指示で隣近所の墓周辺も草むしりを行う。
なんか2つとなりの墓は、ここ数年誰も訪れていないらしく荒れ放題になっていたのを見かねたということだった。
「さすが母さんだ。優しいなあ」
うん、父親のデレデレの顔なんぞ見たくもないが、ことあるごとにやらかすので息子としては生暖かい視線を向けるくらいしか抗議の方法がない。すねかじりというのはつらい立場である。
けれどその次の一言ではっとさせられた。
「あの時、あきらめなくてよかった。高嶺の花だって思って手を伸ばさなかったら今の幸せはなかったしなあ」
「そうねえ。そうだったらわたしは誰に摘み取られていたのかしらね?」
いたずらっぽく笑う母はいまだ少女のような笑みを見せる。妖怪め。
その思考が漏れていたのかすれ違いざまにむぎゅっと背中をつねられた。
「あら、やっぱり親子ねえ。感触がそっくりだわ」
容赦のない一撃に悶絶していた俺は何のだと聞き返すこともできなかったが、隣の父が心なしか青ざめていたのがなんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、とりあえずの疑問にふたをするのだった。
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