第3話

 夜、縁側で祖母の入れてくれた麦茶を飲む。自宅で入れたお茶よりもおいしい気がした。そのことを告げると、「あらまあ、やっぱりミネラルウォーターって美味しいのかねえ」といろいろとぶち壊しなことを言われた。

 まあ、いくら田舎とはいえいまだに井戸水をくみ上げている家はないし、上下水道も通っている。コンビニができたときは町を挙げてのフィーバーになったそうだ。

 ちなみにこのミネラルウォーターは最近できたドラッグストアで買ってきたとか。その話を聞いた母たちは翌日早速行ってみようと盛り上がっていた。

「祐一、元気にやってるか?」

「あ、爺ちゃん。うん、なんとかね」

「彼女はできたか?」

「残念ながら」

「なんじゃ、だらしないのう。儂の時はそれはモテたもんじゃがの。時代は変わるのかなあ」

「へえ、そうだったんですか?」

「ば、ばあさん!?」

「わたしの足に縋り付いて、結婚できないなら死んでやるとか町役場の真ん前で騒ぎを起こした人がぬけぬけとまあ」

「そ、それを今孫にばらすか?!」

「否定しないんだ……」

「儂がばあさんを愛してるのは嘘じゃないし、こいつと一緒になれんかったら生きてても仕方ないと思ったのは事実じゃ」

 いっそ清々しいほどの笑顔で言い放つ祖父に祖母も頬を赤らめて、あらやだとか言っている。なんだこれ、なんで俺の周辺にはバカップルしかいないんだと嘆く。

「まあ、あれじゃ。時には恥も外聞も関係ない時ってのがあるんじゃよ」

「けどあれはあんまりですよ。私がどんなに恥ずかしかったか」

「ふん、儂が恥ずかしくなかったとでも?」

「そうでしょうとも。あんなことされたら私は「はい」としか言えないじゃありませんか」

「なりふり構っていられんかったんだよ。だって、あの時引き止めなかったらお前は別のところに嫁ぐ話が出てたじゃろ?」

「まあ、そうですけど」

「それにしても、あれだ。お前の父上の剣幕はいまだに震えが来るわい」

「まあ、あんなに怒ったお父様は後にも先にも見たことがありませんでしたねえ」

「軍刀を振り下ろされた時は死んだかと思ったぞ」

 ひい爺さんは実に過激な人だったようである。なんか元帝国軍人で厳格な人だったとは聞いている。

「あの時は私も悲鳴を噛み殺すので精一杯でした」

「まあ、ピクリとも動かんとはいい度胸だ。いいだろう、婿として認めてやると言われた時は抱き合って泣いてしまったしなあ」

「やだ、孫の前でする話じゃありませんよ」

「はっはっは、ぷろぽおずの事をばらした仕返しじゃ」

「うふふふ」

「というわけで祐一よ。お前もいい年じゃ。好きな女の一人もいるだろう。儂からどうこう言うつもりはないが、絶対に後悔しないようにするようにな」

 そう言ってほほ笑む祖父の顔は誇らしげだった。ふと気づくと祖母の手の上に自分の手を重ねている。見せつけんなこの野郎。リア充は爆発してしまえ。


 翌日、母たちの荷物持ちとして近所のドラッグストアに引っ張り出される。なぜか瞳も一緒で、父たちは久しぶりの地元なので旧友と出かけてしまっていた。必然的に車もない。

 祖父母宅から漁港に出て15分ほど歩くと、だだっ広い空き地にポツンとショッピングセンターがある。その隣に併設されているドラッグストアは人でにぎわっていた。

 何しろド田舎である。スーパーはメーカー小売価格そのままの値段で、冷蔵ケースに入っているペットボトルは自販機より安い151円だった。コンビニと一緒である。そもそも鉄道があまりの過疎化に撤退し、駅も線路も廃止になって久しい。その元駅前にポツンと一軒だけコンビニがあるくらいで、後は個人経営のスーパーだけだ。

 何が言いたいかというと、全国チェーン価格なので格段に安いのだ。お茶のペットボトルが2リットルで110円。隣のスーパーは198円。よって、店内にはまとめ買いによる暴虐の嵐が吹き荒れていた。店員さんが段ボールを抱えて走り回り、ひっきりなしに売り場と倉庫を往復している。

 そして俺の心は絶望に塗りつぶされた。

「あ、母さんがミネラルウォーターまとめ買いしてって言ってたから。祐一、よろしくね?」

「は?!」

「じゃあ、私たちと瞳ちゃんに重いもの持たせようって言うの? 私はあんたをそんなやわな子に育てた覚えはありません!」

 叔母もうんうんと頷いている。

「ちょっと待ってよ!?」

「瞳ちゃんもどうせならたくましい男の子が良いわよね?」

「え? あの……その……」

「ほら、うんって言ってるじゃないの。というか荷物持ちで連れてきたんだから役に立ちなさい! お小遣い減らすわよ?」

「どうせはいかイエスしか聞く気ないくせに……」

「うん、さすが私の息子。よくわかってるじゃない」

 というわけで覚悟を決めた。今更だが瞳にいいところを見せたいという見栄もあったのであるが、30分後、俺は軽はずみに返答したことを後悔する羽目になる。

「ぐ、ぐぬぬ……」

「祐一さん、大丈夫?」

「問題ない……」

「うん、男はやせ我慢していっちょまえよ。頑張れ!」

「うふふ、思い出すわねえ。瞳のお父さんも重い荷物は顔面引きつらせながらでも持ってくれたのよ。瞳も旦那さんにするならそういう人を選びなさいね」

「だ、旦那さんって……まだはやいよ」

「そう? けどねえ、私たちが旦那と付き合い始めたのってあんたくらいの年だしねえ」

「え? そうなの?」

「そうそう、毎回ネタになってるでしょ? 私と姉さんを間違えるとかねえ」

「けど、名前を勘違いしてて、結局好きだった相手は合ってたんだよね?」

「まあ、そうねえ。じゃなきゃ間違いなく振ってたわ。あははー」

 なかなかシャレにならない話だ。というか、父さんたち、やらかすなよ……

 そうこうしていると瞳がこっちに寄ってきてハンカチで汗を拭いてくれた。目に汗が入って躓きかけたのに気づいてくれてたみたいだ。

 その姿を見て母親ズのニヤニヤが止まらなかったが、俺にそんなことに突っ込みを入れる余裕などあるわけもなく、祖父母宅にたどり着いたときには腕は上がらなくなっていた。こりゃ明日は間違いなく筋肉痛だ。

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