君との距離は
響恭也
第1話
俺には彼女と出会った記憶はない。うちの向かいが彼女の家で、しかも母親同士が一卵性双生児ときた。はっきり言っていまだに服装とか髪型を合わせられるとお互いの父親ですら見分けがつかないこともあるそうだ。
そしてうちの母親は身贔屓を差し引いても奇麗で、年齢を感じさせない雰囲気を纏っている。町でも評判の美人姉妹を射止めたということで父は相当なやっかみの対象になったそうだ。
そして瞳も母親にそっくりで、くりっとつぶらな瞳には愛嬌のある笑みをたたえ、整った顔立ちと癖のないストレートヘア、さらにすらっとしたスタイルは人目を惹くものであった。だからいつも瞳がくっついてくることは俺にとっても誇らしい事であったのだ。
父たちはこれも幼馴染でうちの父が双子の姉と勘違いして妹、すなわちうちの母に告白したのがなれそめで、両家合同の宴会とかではいまだにそのネタでいじられる。もう何年も聞いている話で、いい加減うんざりだが、鉄板ネタらしい。
さて、彼女、幼馴染で、従妹である瞳とは1歳違いだが同じ誕生日である。俺の方が一つ上だ。ちっちゃいころは祐にいちゃんとか言ってくっついてきていて、うっとおしく思うのが半分、かわいいと思うのが半分だった。
その関係は中学卒業まで続き、そして俺が中学を卒業する日、裏庭に瞳を呼び出した。そして彼女になってくれと一世一代の告白をして、瞳の「ごめんなさい」の一言で脆くも崩れ去った。
それから瞳はやたら他人行儀になり、今までお兄ちゃんと呼んでいたのが祐一さんと名前呼びになり、場合によってはべったりとくっついてきていたのが隣に座っても少し距離を開けている。
これまで0だった距離はぴったりと計ったように15センチ。この距離は何があろうと詰められない。こっちから近寄るとその分後ずさる。逆に離れようとするとすすっと近寄ってくる。なんなんだと頭を抱えていた。
そして1年後、なぜか瞳は俺の通う高校に入ってきた。うちの制服を着て唐突に現れた瞳を見て俺の顎はすこーんと外れた気がするくらいの間抜け面を晒していたのだろう。してやったりという笑みを漏らしている瞳を見て、ぶっちゃけ惚れ直した。
まあ、卒業式の時のアレがトラウマになっていて言葉をのど元で押さえたのは俺だけの秘密だ。
そして何度聞いても志望校を教えてくれなかったのはこれかと思い至る。
確かに勉強を教えてくれと言われ、受験勉強を見てやっていた。だが、それまでは俺か瞳の部屋だったのがリビングでどちらかの母親がいる前に変わる。
理由を何となく聞いてみると、それっぽいようではぐらかすような返事だった。
「だってお母さんがいないとあたし緊張感がなくなっちゃって」
「ふうん、そういうものかね?」
「そうなの。それともなに? 二人っきりになって何かするつもり?」
「ば、ばか! そんなことしねーよ!」
「だよね。いつもありがとう」
「うっせ……」
俺の不機嫌な返答にも瞳はにこにこと笑っている。思わずドキッとして見つめる。瞳もこっちを見ている。視線が絡み合った気がした。そして唐突にその空気が吹っ飛んだのは、伯母である瞳の母がコーヒーとお菓子を持ってきてくれたからだ。
何となくほっとした雰囲気を漂わせる瞳に、所詮俺はその程度の存在かと、仲の良い兄兼従兄であるということを思い知らさせたような気がした。それが無性に悔しかった当たり、俺は未練たらたらだと一人自室で自己嫌悪に陥るのだった。
夏休みを前に、俺は瞳に呼び出された。珍しく彼女の部屋である。男子高校生の熱い想いは、瞳の放った第一声に木っ端みじんに打ち砕かれた。
「ねえ、祐一さん。わたしね、クラスの男子に告白されたの。どうしよう?」
それを俺に聞くかとなんかもう泣きたい気分になった。そして俺も若かった。意地になって心にもないことを言ってしまったのだ。
「瞳の考え次第だろ? いいと思えば付き合えばいいし、だめだって思えば振ればいいさ」
そう、俺にやったみたいになと心の中で付け加える。実に器が小さい男だ。
その一言に考え込み始める瞳を見て、俺は必死に心の中で念じていた。断ると言ってくれと。そして顔を上げて口にした言葉に俺は絶望のどん底に叩き落とされた。
「わかった。付き合ってみる。結構かっこいい人だし」
けど俺は違和感を感じていた。なんでそんなに嬉しくなさそうな顔してるんだよ。彼氏ができるんだろ? もっと喜べよ。俺が好きな、あのぱあっと花が咲いたような笑顔をしてくれよ。
そうしたら俺も諦めがつくからさ。悔しいし、悲しいけど、兄とか従兄って位置に納得できるから。
その想いが余計な一言を口走らせた。
「でさ、なんで俺に相談したの?」
「うん、そうだね。誰よりも話しやすいから……かな?」
そう言いながら立ち上がり、ドアの前でこう言った。言ってしまった。
「そっか。なんかあったらいつでも言って来いよ。それと、おめでとう」
俺はその時、瞳がどんな顔をしているか怖くて振り向けなかったのだ。
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