二一三二年四月六日(月)昼

 難しい依頼は受けなかった。

 密室殺人とか突如失踪した恋人探しとか、家出少女を匿ったりとか、北朝鮮から松茸を輸入したりとか、ヤクザの金を狙って一計打ったりとか、そういう類は一切しない主義だった。

 俺が探偵になったのは十二歳のときで、探偵と名乗ったけど、その頃やろうと考えていたのは、同じくらいの奴らの喧嘩を代行とか、そのくらいなもんだ。コンセプトは金を貰って喧嘩を裁く。俺、強かったし、たぶん大丈夫、みたいな軽い感じで始めた。探偵と名乗った理由は、なんとなく頭が良さそうに見えたからと、二十世紀に流行った推理小説を幾つか読んで、結構カッコイイじゃんかって思ったから。

「で、あんた、あいつから幾ら奪ったんだ」

 飲食店が幾つか入ってる雑居ビルと雑居ビルの間。昼間だが、太陽の光は塞がれて、ちょっとだけ暗い。路地にある水色のポリバケツの周りにはゴミ袋が八つ。そのベットの上で、男が寝ている。

「ふかふかだろ?」と俺。

 屈みこんで、男に視線の高さを合わせて、被っている仮面を取ってやる。「眩しいのか。ここは日陰だぞ」

 男は目を瞑っていた。殴られると思ったんだろうか。男の仮面は白く、頬の辺りに黄色い星がついていた。趣味が良いとは言えないな。口を開けたままのポリバケツに放り投げた。縁に当たって、外に落ちる。あれ? ま、俺、球技とか運動、苦手だし。

「うぅ……。うぅ……」

 もちろん、怯えてるのは俺じゃない。ついさっき俺がぶっ飛ばした奴だ。

「金額をさっさと言えよ。お前があいつから奪った金額を」

 だめだ。完全に怯えている。俺は剣も銃も使ってないのに、この様だ。下級の仮面被りが。

「いいか。俺は親切なんだ。だからお前に状況を説明してやる。まず一つ目。お前は俺を殺せない。わかる? どうしてかわかる? まず俺の仮面。これ、すごい重要。俺の被っている仮面は、ここらで非常に有名な黒色をして右目から白い線が流れているミニマルでめちゃくちゃ素敵なデザインの仮面なわけで、これを意味するのは、俺もお前と同じ、グリーゼからの雨を浴びた蝕依の子。つまり特殊能力者ね」

 男は頷きもせず、倒れたままで目を充血させている。

「瞬きしろよ」と俺。「で、お前はちょっと炎を出せちゃうくらいの能力者だと思うんだけど、俺に至っては超エリートなわけで、その証拠に明日から江戸川特区にある対クリーゼ戦特能兵士育成専門の学校、<<FAMUSES>>に入学するわけさ。ちょっと待ってろ、今、学生証出すから」

 昨日届いたばかりの学生証を取り出し、男に見せる。「ポケットに入れてたから、ちょっと折り目ついてるけど、マジだから。これマジ。能力テストでSSS出さないと入学できないところの学生証ね」

 もっと大きいリアクションが欲しかったけど、ちょっと徹底的にぶっ飛ばし過ぎてるらしい。男は奥歯をガタガタさせて、涙を流し始めている。ビビり過ぎだよ。

「つまんねーな。じゃ状況説明二つ目、いきまーす。って、おっとここで朗報です。俺はお前を殺さない。これ、わかる? 俺はお前の相方を既に殺して、今も左手で死体になったそいつの頭掴んで離さないけど、お前は殺さない。殺すのなんて超簡単だけど、殺さない。俺は殺人は一日一人って決めてるんだ。しかも悪者をって。安心した?」

 クソ。ほんと何にも言わねーな、この男は。この状況説明は九十九まであるけど、何のリアクションも取ってくれない奴相手じゃ、とても持たない。状況説明芸はここら辺で切り上げるとするか。

「もうお前、カツアゲした金額、自己申告しないから、全額ボッシュート。ちゃんちゃんちゃんちゃららら~ん」

 効果音つき。

 左手で頭を掴んでいた男の相方君を、さっきと同じ要領で水色のポリバケツに放り投げた。もちろん明後日の方向に飛ぶ。いや、俺さ、やっぱり球技とか投げたり蹴ったり系の運動苦手だわ。

「財布はケツのポケットかな」

 蝕依の子なんだから俺と同じ歳だろ。生意気に長財布なんて持ちやがって。一万円が三枚。「細かいのある?」

「ねぇよ!」

 やっと喋ったと思ったら、そんな台詞かよ。もっと色々、喋ることあったろ。

「相方の死体はお前が片付けとけ。親御さんへの報告とかもうなんか色々全部、お前がやっとけ」

 自分で言ってて、すごい理不尽だと思う。

 けど俺、強いし、許されちゃうよね。俺は被っていた仮面を消した。

「じゃあな」

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