第十四章:マジック・ファイターが色々奪った奴にブチかます

 とうとうこの時が来た。

 椅子に腰かけたオレはじっと目を閉じ、杖を握りしめ、ブラッド・ジェットをどう潰してやろうか、頭の中でじっくりと、まるでパン生地をこね続けるかのような入念ぶりでシミュレーションしていた。


 控え室の扉はきっちり閉じているはずだが、コロシアムの大歓声までは防ぎきれない。その歓声は、一万人規模の魂が、感情のままに、狂ったように共鳴しているようだった。そのとき、扉が開かれ、大歓声の波動がさらに鮮明にこちらへ流れ込んできた。


「ハーバート・ギャラクシアスさん、出番です」

 オレは目を開き、ゆっくりと戸口に立った係員の方を向いた。

「分かりました」

 それだけ告げて、立ち上がる。一緒にいた.ルナda黒ぶちやミーガンdaキノコに目くばせし、頷きあう。そして、タウルス学長の、悠然とオレを見守る表情と向き合う。学長は何も言わず、オレの肩を三度、添えるようにタッチした。オレは三人を従える形で、控室を後にする。


「それでは、青コーナー、ハーバート・ギャラクシアス選手の入場です!」

 進行役の紹介で、オレはコロシアムへと進み出た。大歓声の質は、ユースチャンピオンになった時と明らかに違う。マジック・ファイトの天才であるオレを迎え入れる声も確かに残ってはいるが、それよりも、オレに自分たちを、何よりもペドラ国そのものを救ってくれと訴えかけるような、感傷的な雰囲気をひしひしと感じる。


 オレもまた、それを自分自身で願う一人だ。とにかく、エメラインは今、何をしている。君には今、オレの姿が見えるか。そんな思いを抱えながら、フィールドの真ん中を横切る境界線の手前でブラッド・ジェットを待つ。


「対しまして、赤コーナー、ブラッド・ジェットの入場です!」

 その瞬間、竜巻が三つぐらい同時発生したかと思うような混沌ぶりでブーイングが響き渡る。しかし、入場口の奥から現れたブラッド・ジェットは、全くふてぶてしさを変えようとしない。まるでブーイングこそがオレにとっての最大の賛辞なのかと思い込んでいるようで、オレをなおさらムカつかせてくる。


 ブラッドは魔法の杖を紫色に光らせると、口元に近づける。これは「ラウド・テリング」という魔法で、自分の声を、このコロシアム全体へと届くぐらい大きくしてくれる。マジック・ファイトの進行役もラウド・テリングを使って選手紹介をしているのだ。


「今、オレにブーイングした奴、まあほぼ全員だと思うけど」

 ブラッド、またの名をクソ魔法スキル強盗はフィールドの真ん中近くまで進み出つつ、オレ様口調を惜しげもなく晒しながら周囲を見渡すと、親指を掲げる。


「死刑だから!」

 奴はそう叫びながら、思いっきり親指を振り下ろす。その瞬間、場内からはブーイングに加え、「帰れ!」「オレたちの国を返せ!」「お姫様どこへやったのよ!」「国王と王妃に靴なめさせてるそうじゃねえか、どこまで鬼畜な男だ!」といった具体的な罵声が飛び交っていた。


 オレが何気なく会場の一方を向いてみると、黒ずくめの人だかりがあった。

「あれはブラッドが率いるシャドウの手下たちと、ソイツらに取り込まれた魔術師たちの集まりだな」


 タウルス学長が冷静に正体を語る。その連中が観客席の一方の大部分を最前列から最後列まで埋め尽くし、異様な雰囲気を醸し出していた。思えば激しいブーイングは、その反対側からしか聞こえなかった。むしろブーイングの出所が限られている状態での、あの凄まじさ自体が普通じゃない。あの黒い連中の中には、オレと同じように魔法スキルを奪われ、逃げる勇気さえ持てずに、悲しくもシャドウに取り込まれてしまった者たちがいるのだ。オレがブラッドを倒せば、そういう人たちも楽にさせてあげられるのだ。


「おい、そこのクソガキ!」

 石ころを投げつけるような態度で呼ばれ、オレがムカッとしながらもブラッドを振り向く。

「オレが従えるドラゴンに吸い取られた魔法スキル、どこまで取り戻せたんだろうな?」

 ハナから舐め切った態度に、オレの身が震える。ここで恐れているものがあるとしたら、それはあの野郎に対して何を仕出かすか分からぬ自分自身だ。


「ペドラ国の現実を見せつけてやる。このハーバートでも変えられない現実をな。さあ、ドラゴン、例の奴らを連れて来い!」

 ブラッドの指を弾く音が広大な闘技場いっぱいに響き渡る。それに応えるかの如く、二体のドレイン・ドラゴンが、空中からコロシアムに現れた。それぞれ一人ずつ生身の人間を抱えている。ドラゴンどもがブラッドの両脇に着陸するなり、オレはそのお二方に驚愕した。


「ベガ国王、王妃!」

 驚愕の余りオレはお二方を呼んだ。しかし、ウィリアム国王も、レニー王妃も、その表情からは凛々しさがすっかり消え去り、今では哀愁漂うただの初老の男性と女性でしかなかった。その身成りももはや王室にふさわしい高貴な衣装ではなく、ただのボロボロな黒い外套だった。


「ウィリアム、レニー、オレの目の前に立ちな」

 国王と王妃は、まるで見えない誰かに力づくで動かされているかのように、ブラッドの前に跪いた。

「ペドラ国で一番偉いのは誰だ?」


「少なくとも、お前ではないぞ」

「ウィリアムと同意見です」

 お二方の抵抗に、オレは幾分かの安心を覚えた。魔法スキルを奪い去られ、無理矢理王位を追われても、自分たちの誇りを捨てないお二方の姿勢に改めて感銘した。


「いつまで私に口答えするつもりかな? アンタら、幻覚でも見ちゃってんの? 今のペドラ国の王様は、オレなんですけど」

 ブラッドが冷え切った口調で国王と王妃を威圧する。オレは奴が王様だなんて決して認めない。オレの中では、ウィリアム・ベガとレニー・ベガ、各々の肩書きを「元」国王とか、「元」王妃なんてお呼び申し上げようだなんて、微塵も思わないぞ。


 そう思っていたら、ブラッドは突如自分の足元を両手で指差す。

「靴舐めてよ、二人とも」

「何故だ!」

「そんなこと、例えこの身を裂かれたとしてもできはしません!」

 国王と王妃が激しく反発する。当然の中の当然だ。


「これを目の当たりしても、オレに逆らい続けるのか?」

 ブラッドが指を鳴らすと、三体目のドラゴンが上空から姿を現した。

「エメライン!」

 ドラゴンが抱えていたのは、十字架に縛り付けられた一人の少女である。ドラゴンが客席を飛び越えている地点で、哀れな女子の正体が分かってしまった。


 三体目のドラゴンは、ブラッドの後ろで浮遊したまま、凶暴さの中にも馬鹿にする感情が見え隠れする顔で、こちらを睨んでいる。

「お父さま、お母さま、ハーバートさん!」

「エメライン!」

 可哀想な叫びを上げるお姫様に、オレも思わず感情的になりながら名前を呼び返した。


「オレはそこにいるクソガキを倒して、エメラインと結婚する」

「何を言う! そんなことで結婚を決めていいものか!」

「うるせえ! 今のペドラ国じゃオレが殿様だ! さっさとオレの靴を舐めな。そうじゃなきゃ、エメラインがどうなっても知らないぜ」


 ドレイン・ドラゴンが、エメラインを縛り付けた十字架を無造作に揺さぶり、彼女に悲鳴を上げさせる。

「や、やめてくれ!」

「何て残酷なことを、ああ、神様……」

 国王と王妃が嘆きに暮れる中、再びオレの胸の奥に紫色の光を見た。ブラッドもそれを見るや、面食らった表情に変わった。


「やはり今は何もしなくていい。だが、オレとエメラインの結婚の儀は、オレによるあのクソガキの討伐後、この場所で行うことに変わりはない。その時は、しっかり靴を舐めてもらう。さあ、ドラゴン、コイツらを捕まえな」

 二体のドラゴンが国王と王妃を捕まえ、エメラインを抱えた三体目とともにフィールドから離れる。ベガ王室のお三方が揃って、晒し者状態となっている事実に、場内は憤りに満ちていた。黒い外套の集団を除いてだが。


「さあ、思う存分いたぶってやるから、覚悟しな!」

 ブラッドが堂々とオレに威嚇する。しかしオレの視線は、真ん中のドラゴンに捕われたエメラインに向いていた。彼女は、藁にもすがりたい様子でオレに表情ひとつで訴えかけているようだった。


 タウルス学長が、オレの肩に手を置いて振り向かせる。

「自分が今までやって来たことを信じることが、大切だからな」

「ありがとうございます」

 オレは謙虚に感謝を述べると、学長はルナda黒ぶちとミーガンdaキノコとともにフィールドを離れた。


 審判がオレたちの真ん中にたち、それぞれの戦闘意思を確認する。

「勝負は五分、三ラウンド、魔法以外による攻撃は一切禁止、それでは参ります、パラ・ベルム!」


 入場口の片側の上にそびえ立つ塔から重厚なつり鐘の音が鳴り響いた。オレは早速、ブラッドから距離を取り、杖を構えんとした。

「シャドウ・ジェット!」


 いきなり奴の杖の先から黒い槍のようなエネルギーが飛び出し、オレの体にめり込む。オレは早くも奴から遠ざけられる形で飛ばされ、地面を転がるハメになった。

「もう一発、シャドウ・ジェットだ!」


 二つ目のエネルギー体が、マッハかと思うぐらいの勢いで向かってくるのを見るや、オレは横に転がって避けようとした。すると、シャドウ・ジェットはオレの回避行動に動きを合わせ、憎いほど的確にオレの体にめり込んできやがった。オレは早くともフィールドから弾き飛ばされた。


「ハーバートさん!」

 騒然とする観衆の声をかき分けながら、エメラインの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。オレはエメラインを不安にさせまいと、懸命に立ち上がった。


「三発目だ!」

 ブラッドのサディスティックなジェットが再び放たれる。

「デフレクション!」

 オレの杖から放たれた波動が、シャドウ・ジェットを受け止めた。ジェットの勢いは一瞬にして断ち切られたかと思うと、反転してブラッドに襲いいかった。哀れブラッドは、咄嗟に横へ逸れる動きも実らず、容赦なくその身へロックオンしたジェットの餌食となった。


 因みにこのデフレクション、物を反転させる基本的な移動魔法で、「ムーヴ」とかとともにタウルス学長から改めて仕込まれ直されたもののひとつだ。オレが魔法スキルを失って間もない頃に、エメラインもこの魔法でダニエルdaゴーレムを追っ払っていたな。いずれにせよ、本気でシャドウ・ジェットを動かしたい気持ちが効果を発揮した。


「しゃらくせえ魔法を使いやがって!」

 ブラッドは業を煮やした様子で立ち上がった。

「お前の頭をブチ抜いてやるぜ。ブラック・キューブ!」

 そう言い放つと、奴は杖から真っ黒な直方体を、本当にオレの頭に向かってぶっ放し始めた。


 オレは命からがら、気で避けていくが、三個目がものの見事に額のド真ん中に命中してしまった。オレは衝撃の余りにバランスを失い、フィールドの上で大の字になった。場内が大ブーイングに包まれているのが聞こえる。つまりオレの意識は保たれているが、体に力がうまく入らない。


「こんな卑劣なやり方、最低でございます!」

 エメラインの憤りに満ちた声が聞こえる。オレはそれを起点として、杖を持つ右手をやっとこさと天に伸ばした。

「闘技場で物体の移動魔法なんてショボいものを出したら、危険な攻撃を何が何でも一発かましてやれ。それがマジック・ファイトの暗黙の流儀さ」


「何が暗黙の流儀ですか。口でしっかり言ってもらわなきゃ分からないです。と言うより、いたいけな少年の頭に固くて角張った物体を当てるなんて、やはりあなたは」

「野蛮とでも言いたいのか? オレに口答えすることがどういう意味か分かってるのか?」


 マズい、エメラインが追い詰められている。それを悟るやいなや、オレは必死で体を起こした。すると、ブラッドがエメラインと向き合う背中が見える。奴は彼女の両サイドで拘束されている、国王と王妃を一瞥した。


「元国王と元王妃を抱えるドレイン・ドラゴンは、お仕置きとして、真っ黒な吐息で捕まえた相手から酸素を奪い、窒息させ、閻魔の待つ世界を味わうぐらいの苦しみを与えられる。その苦しみは魔法スキルを喪失させる、イレイジング・ブレスの十倍と言われている」


「何てことを!」


「さあ、三人まとめて……!」


「ギャラクシー・ジャケット!」

 オレの杖から放たれた輝ける銀の蜂たちが、声に気づいたブラッドの振り向きざまをあっと言う間に包み込んだ。奴はたまらず絶叫し、その場を駆け回りながら必死で蜂を振り払おうとする。勝負は終了の鐘が鳴るまで油断はできないが、この時だけの奴はいい気味だ。


「ダーク・ブロウ!」

 ブラッドが苦し紛れに杖を振り上げる。すると、杖は黒く輝き始めた。この世に黒い光なんてないと思っていたが、奴の杖のコアは、まさしく黒曜石が光を持ったかのように、黒なりの爛々とした輝きを見せた。


 次の瞬間、ブラッドの周囲が渦巻く風に包まれ、群がる銀蜂たちを一瞬にして吹き飛ばしてしまった。大群の一部がこちらにも向かって飛んでくるので、オレは思わず身をかがめた。顔を上げると、奴が無慈悲に飛びかかってきた。

「ナイト・クロウ!」


 曇りの日の陰惨とした夜空の色彩を帯びた、先の尖った手が奴の杖から飛び出してくると、容赦なくオレの顔面を斜めへと切り裂くようにスイングした。

「ギヤアアアアアッ!」

 ほとばしる痛みにオレが思わず倒れ込み、フィールドをのたうち回る。


「さあ、仕上げだ。サンダー・エナジー!」

 悪夢の稲妻が、奴の杖の先で、顔を覗かせるように光り始めた。オレは倒れ込んだまま、それを見上げていた。

「食らえええええっ!」


 稲妻が、オレに向かって放たれる。オレは転がって回避する。すると、フィールドの稲妻が当たった部分が焦げているのが見える。

「避けんじゃねえ!」

 不条理な恫喝を口にしながら、奴は再び稲妻を放つ。オレは反対方向に転がって避ける。三発目、四発目と続けてオレは地面を転がり続け、土の焦げる部分と漂う炭臭さが増していく。


「ならばこれはどうだ。シャドウ・ジェット!」

 ブラッドは非情にも、間近から必中の弾を放ちやがった。勢いが衰える間もなく体にめり込んだジェットは、オレのドテッ腹に対し、悲鳴も許さないほどの鈍痛を与えた。オレはうずくまったまま、そこから動けなくなった。


「ハーバートさん! 立ってください!」

 エメラインの声がオレの闘争心に必死に呼びかけるが、生憎、ドテッ腹から全身へ広がらんとする地獄のような痛みはなかなか晴れず、オレはその場から動けずにいた。

「お前、さっきから茶々入れんじゃねえよ!」


 ブラッドのクソ野郎、またエメラインに横柄にしてやがる。止めてやらなきゃ、その前に立たなきゃ。彼女はベガ王国の姫でもあり、オレにとっても至高のお姫様だ。そんな彼女にこれ以上、苦しみなんて味わわせたくはねえんだ。


 立たなきゃ、いけないんだ。

 そう言い聞かせながら、オレは必死で、左手、左足、右手、右足と一本ずつ、感覚を確かめるように少しずつ動かしていく。


「お前はあと二十秒ぐらいでオレの妻になるんだからよ。少しはオレを敬えよ!」

「あなたの妻ですって? 誰がそう決めたんですか?」

「バカタレ! オレに決まってんだろ!」

「愚か者よ、汚い言葉を慎みなさい!」

「うるせえ、ブチのめすぞ、ゴルア!」


 ブラッドとエメラインの激しく言い争う声が、うずくまるオレの後ろから聞こえる。しかし、エメライン、お姫様なのに、オレの思った以上にあんな凶悪な野郎に対して言い返すじゃないか。「愚か者」とかの精一杯の響きも可愛い。そんな勇敢なエメラインも好きだ。


何このお姫様、オレは惚れ直した、一生添い遂げたい。


「シャドウのやり方、教えてやる。逆らう奴らは問答無用で叩き潰すことだ」

 ブラッドの声色が一段低くなり、殺し屋のような冷徹な口調に変わるのが聞こえた。オレは咄嗟に体の向きを変えた。奴はエメラインに対し、杖をかざして今にも攻撃せんばかりだ。


「ブラッド・ジェット、何をするつもりだ?」

「我が娘に、非道なマネはおやめください!」

「頼んだって無駄だ。お前たちはもう国王でも王妃でもない。大体こんな反逆的な娘を育てたお前たちにも責任があるんだからな!」


 自分でクーデターを起こしたことを棚に上げて、強引極まりない言いがかりをつける男を、オレは放ってはおかない。その背中に、杖を向けた。

「エメライン・ベガ、お仕置きの時間だ、覚悟しろ。ライトニング・ナックル……」

「オリオン・ドライブ!」


 次の瞬間、ブラッドの体がふわっと浮き上がる。オレがダニエルdaゴーレムに見舞った新技の力で、奴の体の位置を杖の先と合わせているからだ。

「オレの彼女に、手を出すんじゃねえええええっ!」

 そう叫びながら、一思いに独裁者ブラッドに向けていた杖を、釣り竿のように後ろ側へと振り下ろす。奴に豪快な弧を描かせ、胸元から地面に叩きつけてやった。


「クソ……」

 ブラッドがそう呟き、痛みに身を震わせながら立ち上がる。

「畜生!」

 奴は業を煮やした様子で杖を振り抜く。


「ブラッド・ジェット、もう観念しろ。お前のやっていることは、ペドラ国どころか、この世界そのものを汚すほどの鬼畜の所業だ!」

「お前にオレのやり方をとやかく言われる筋合いはねえ。もちろん、あのクソアマとクソ両親にもな!」


「黙れ! この国を治めるのにふさわしいのは、お前じゃねえ! ウィリアム・ベガ様であり、レニー・ベガ様だ。そして、その令嬢であるエメライン・ベガ様は、オレの彼女なんだよ!」


 この広いフィールドがうごめいたかのように騒然とし始める場内の反応で、オレは、言葉の先走りをしたことを悟った。だが、ブラッドなんかに弱みは見せられまいと、しばらく杖を奴に向け、睨みつけたままでいた。


「こんなクソ坊主が彼氏になったところで、エメラインを幸せにできるのかよ?」

「クソ坊主じゃねえ。オレはハーバート・ギャラクシアス、天才マジック・ファイターだ!」

「戯言吐くんじゃねえよ。お前みたいな三下の庶民なんかよりも、真の国王であるオレこそがエメラインを一番幸せにできるに決まってんだよ!」


「極悪非道なクーデターで、ペドラ国の人間たちをさんざん傷つけたお前がか? 本当に人を幸せにできるのは、人の悲しみ、人の痛み、人の体や心に染みついたあらゆる負の要素が理解できる奴だ」

「何だと?」

 ブラッドの反逆の目を、オレは怯まずににらみ返し続けた。


「お前は自分勝手に目立ちたいがためにクーデターを起こして王室を乗っ取り、国王や王妃を含め多くの魔術師の魔法スキルを奪い、彼らを悲しみのどん底に叩き落とした。魔術師の命をお前は何のためらいもなく奪った!」

「で? それがどうしたんだ?」

 ブラッドの表情からは、罪悪感の「ざ」の字も伺えない。


「お前は魔法スキルを失った魔術師たちを捕まえ、強制労働に追い込んだよな? 国王や王妃も含めて。彼らは魔術師の命を奪われても、悲しむ暇さえ与えもらえない。そんな奴らの嘆きや叫びが分かるか?」

「分かるわけねえだろ? 魔法スキルがあろうがなかろうが、目上の人間の言うことを聞けない奴らはクズだからな。折角王様になったオレが、何でクズの立場にへり下らなければならねえんだよ」


「お前には一国のリーダーとしての資質なんて最初からありゃしない。人の心に寄り添うどころか、足蹴にして、嬲って喜んでいる。エメラインの悲しみはご両親が嬲(なぶ)られたからだけじゃない。お前の手で廃れていくこの国そのものが悲しかったんだよ。それを晴らしてあげようと、オレは必死になった。魔法スキルもない空っぽな状態で、シャベル一本で反乱党とともに王室に向かったのもそのため、タウルス学長やルナ、ミーガンに助けてもらいながら魔法スキルを懸命に取り戻したのもそのためだ」


「せいぜい勝手にほざいてな。そしてコイツと遊んでな」

 オレの目の前にはブラッドしかいないにも関わらず、「コイツ」とは何だ? オレは一瞬、彼の言葉の意味を捉えかねた。

「シフト・スワップ!」


 ブラッドが杖を天に掲げると、その先端が藍色に妖しく光り始めた。次の瞬間、奴の姿そのものが藍色の光に包まれた。オレの視界を眩ませ、フィールドの雰囲気までも下手に暗くさせやがるその輝きが解かれた時だった。


「どうも、ヴィクター・ザルツマンです」

 オレは目の前の現実に衝撃を受けた。ユースチャンピオンシップの決勝で負かしたはずのザルツマンは、シャドウの真っ黒な外套に身を包み、オレに対して不敵に微笑んでいた。

「第三者の介入は禁止されている。ザルツマン、ここで君が手を出せば」


「ブラッド・ジェット国王の反則負けか? へえ、今の正式な国王はウィリアム・ベガじゃなくてブラッド・ジェット様だ。国王を反則負けにしようものなら、君はどうなるか分かってるよね?」

 ザルツマンの憎たらしいほど涼しい顔での脅迫に、審判は何も言えず、引き下がるしかなかった。


「ちょっと、審判、奴らはルール違反を犯して……」

「アクア・トルネード!」

 ザルツマンがオレの抗議を遮るように、水の竜巻を放った。オレは不意を突かれ、ソイツに身を巻き込まれ、魔の引力に振り回されるがままだった。


 水の竜巻に投げ出され、オレはエメラインの目前まで転がされた。びしょ濡れの体にフィールドの土が好都合とばかりにひっついては水分と同化し、オレの制服はものの見事に泥まみれとなった。

「こんな形であの日の借りを返せるなんて、奇跡も良いところだよ。覚悟しな、ハーバート・ギャラクシアス」


「お前が、ブラッドとグルになって反乱党を襲ったのか!」

「だったら何だ? オレは単純にブラッド・ジェット率いるシャドウのやり方に賛同し、協力しているに過ぎない。お前を潰すのも一種の仕事に過ぎないところだが、お前に借りがあるなら、それは個人的な楽しみも兼ねる。好きなことを仕事にできるほど幸福なことはないんでね」

 あの日以上に嫌らしく語るザルツマンに、オレは思いっきり憎悪の念を覚えた。マジでコイツ、イカレてる。遥か遠く、それこそ異世界へぶっ飛ばしたい。マリアdaマジメが以前いたチキューとやらなんてどうかな?


「アクア・スネーク」

 奴の杖から水で織り成された蛇が飛び出す。その瞬間、オレの身を締め付けに来たことが容易に想像できた。と同時にオレは奴の突進をひょいとかわす。オレの体の横をアクア・スネークが抜けた、その瞬間だった。


「ギャラクシー・ジャケット!」

 ザルツマンに向けられた杖から放たれた本日二度目の銀蜂が、奴の顔面に群がる。あの日は水のバリアに阻まれたが、今回はアクア・スネークを召喚中とあって、奴に防御できる手立てはなかった。


 モロに蜂を顔面に浴びたザルツマンが、杖を落とし、悲鳴とともに蜂を振り払わんとパニックに陥る。おかげでアクア・スネークも、落とした杖の先へと引っ込んだ。魔術師の杖は、持ち主の手から離れるとその効力を失うのだ。


「天の獅子よ、無法者を鎮める光となれ! レグルス・アタック!」

 なおも蜂に包囲された状態のままであるザルツマンに見せたのは、オレの杖から飛び出した、スピリット・レオとは違う、天の川の星の力を得たような純真な煌きを放つ獅子だった。その獅子は、ザルツマンに一直線へ走り、その身に強烈な体当たりをかました。その瞬間、獅子の体は無数の粒子となり、爆風同然に弾け飛び、ザルツマンはフィールドの外まで吹っ飛んだ。


 自分でも想定以上の激しい決まり具合だったが、場内は招かれざる者をオレが撃退したことに対して、歓声という名の大波を打ち上げていた。


「ブラッド・ジェット、お前の手下は消えた。出て来やがれ!」

 オレは入場口に向かって叫びを上げた。鳴り止まぬ歓声の中、そこから数秒ぐらい経った時である。

 昏倒したザルツマンが再び藍色の光に包まれたかと思うと、その姿はブラッド・ジェットに戻った。これが二度目のシフト・スワップだ。


 ヒザ立ちで戻ってきたブラッド・ジェットは、キリッと顔を上げて、取り繕ったかのようにゆっくりと立ち上がると、ふてぶてしくフィールドの中へ踏み込んで来た。自分の仲間がやられたというのに、ソイツの仇を取る意思を伺わせるどころか、オレに向かって謎にヘラヘラしてやがる。やっぱりこの野郎、人に対する思いやりなんてありゃしねえんだな。


「しょうがねえな、しょうがねえな、ザルツマンと遊ぶの、そんなにつまらなかったかなあ?」

「とぼけるな! オレはお前を潰しに来た。この国の秩序と、エメラインの笑顔を取り戻すためにな」

「エメラインの笑顔? また呑気に戯言を。エメラインはオレと結婚するんだよ。お前如きにお姫様をどうこうされてたまるか! シャドウ・ジェット!」


「ワン・エイティ!」

 オレは煌きの結界を張り、影の弾丸を打ち返す。

「ダークネス・カウンター!」

 ブラッドも影でできた結界を張り、弾丸を打ち返す。

「ワン・エイティ!」

 一瞬で解かれた結界を、オレは張り直し、弾丸を跳ね返す。

「ダークネス・カウンター!」

「ワン・エイティ!」

「ダークネス・カウンター!」

 この繰り返しである。どちらが先に目の前の弾丸を相手に受けさせるか、意地の張り合いになっていた。


「ワン・エイティ!」

 オレが四度目の結界を張った瞬間だった。杖は働かない。影の弾丸はオレのドテッ腹にめり込み、影の飛沫となってバラバラに弾け飛んだ。オレも衝撃で思わず後ろへ吹っ飛ばされる。そこはエメラインたちがドレイン・ドラゴンに拘束されている地点の近くだった。

 四度目のワン・エイティが働かなかったのは、防御系の魔法が一日に三度しか使えないためだった。その場の勢いで、ダメもとで四度目を試みても結果は一緒だったわけだ。


 オレはすぐさま立ち上がり、ブラッドに向かっていく。

「サンダー・エナジー!」

 ブラッドのカウンターが、オレを真正面から直撃した。オレはフィールド全体に響かんばかりの叫びを上げながら、必死で電撃に耐えた。

 こんな悪夢みたいな苦痛、王室へ殴り込んだ時にもう受けたから慣れっこだ。強がるようなことを自分に言い聞かせながら、オレは力づくで杖を向けた。

「ギャラクシー……スピアー!」


 オレは雷のエネルギーに包まれたまま、杖から光の槍を生み出し、ブラッドへ向かって突進した。槍をつたってサンダー・エナジーがブラッドの身をも包み込み、奴からも激しい悲鳴が引き出される。

 もはやこれは、どっちの精魂が生き残り、どっちの精魂が尽きるかの戦いだった。オレが国の秩序を取り戻し、エメラインの人生を守る思いが強いか、奴の国を乗っ取り、人をまた好き勝手にコキ使うエゴまみれの独裁政治を叶える思いが強いかの耐久戦だった。


 だがな、ブラッド、これだけは伝えさせてもらうぜ。お前なんかに、世界一明るい恒星である太陽に負けないぐらいの燦然としたオーラを放つほど、可愛いエメライン・ベガを渡すわけには、いかねえんだよ!


 心の中でそう決め込んでいると、青い稲光を制すように、希望の光の力が、オレの槍の先から力強く膨らんだ。ソイツは平原に置き去りにされた岩石並みの大きさを作り上げると、風船のように一気に破裂した。


 爆発とともに土煙が激しく上がり、オレもブラッドも重力に強制されるように吹っ飛ばされる。砂埃が晴れ、オレもブラッドも、ボロボロになりながら、痛みと疲れに捕われた体に必死に鞭を打つように立ち上がった。ブラッドが、憑りつかれたようにオレの方へ向かって来る。同時にオレも、奴の方へ向かって行った。


「ライトニング・ナックル・イリュージョン!」

 あの日、魔法スキルを失ったオレにトドメを刺した、悪魔の拳が出現した。だが、オレはもうあの日のオレとは違う。オレには、その拳を迎撃するためのスキルを、しっかりと持っている。


「ギャラクシー・メテオ・ダイナマイト!」

 オレは飛び出す拳に杖を向け、特大の光の隕石を飛ばした。隕石が拳に当たった瞬間、ペドラ闘技場全体を粉々にしてしまうような、恐ろしい爆音が響き渡った。迎撃したオレも衝撃のあまりに吹っ飛ぶ。そのまま、止まらない爆風に危険を感じながらも、オレは全身が砕けるようなダメージの余り、地に伏せるのみだった。


 しばらく辺りを支配していた煙が晴れる。場内は静寂に包まれていた。オレは地面に突っ伏したまま、ブラッドの姿を伺う。奴はフィールドの向こう、入場口付近まで飛ばされ、うつ伏せになったまま微動だにしない。オレは全身のダメージに苦悶しながらも、懸命に立ち上がった。ふらつく体を、足を地面に突き立て直すことで必死にこらえる。


 審判もオレたちの壮絶な魔法技の攻防に巻き込まれたダメージを負っているようで、やっとこさとばかりに立ち上がる。そして、立ち上がったオレと、場外で倒れたまま動かないブラッドを見た。彼は、掌を真っすぐに掲げる。

「ブラッド・ジェット、戦闘不能! ノックアウトにより、勝者、ハーバート・ギャラクシアス!」


 大地が割れるような大歓声の中、オレは自分が勝利したということが信じられず、その場にヒザをついた。審判がオレの左腕を掲げる。

「君の勝利だよ、おめでとう」

 審判にそう告げられた後、オレはゆっくりと立ち上がり、現実を確かめるべく、声を挙げる観衆たちを見渡した。


「よっしゃああああああああああっ!」


 オレは人生最大の誇りを持って、杖を持った右手も突き上げ、喜びを噛みしめた。

「そうだ、エメラインが、そのご両親が!」

 オレは大切なことに気づき、彼女たちがドラゴンに捕まっているフィールドの外を見た。彼女たちは、未だに三体のドラゴンに捕まったままだった。エメラインを縛る十字架にも変わりはない。


 オレはすぐさま、エメラインたちのもとへ歩み寄る。しかし、三体のドレイン・ドラゴンが睨みを利かせていた。

「ドレイン・ドラゴン、もう決着はついた。オレの勝ちだ。お三方を解放してくれないか」

 しかし、三体のドラゴンはオレを見たまま、反応を見せない。

「そのお三方を放せと言ってるんだよ!」

 しかし、ドレイン・ドラゴンは何を意地になっているのか、お三方を捕まえる腕の力を強めた。そのとき、背後から不敵な笑い声が聞こえる。ノックアウトされたはずのブラッドが、入場口の近くでヒザを突いたまま、ラウド・テリング状態の杖を口元にあてがっていた。

「このオレ様が、大人しく三人を解放すると思ってたのか?」

「お前……!」


「このオレ様が、大人しくペドラ国を……見放すと思っていたのか!」

 ブラッドの声が途中から急激に怪物の如くおぞましい状態になった。シャレにならない程嫌な予感がしたのも束の間、ブラッドはその場に再び、うつ伏せ状態で倒れ込んだ。


 次の瞬間、奴の背中から漆黒のエネルギーのような物体が浮かび上がった。手に持てるサイズのその球体が、独りでにフィールドまでまっすぐに飛んできた。

「ドレイン・ドラゴンよ、我のもとに結集せよ!」


 オレは咄嗟に後ろを向いた。エメラインや国王、王妃を拘束していたドレイン・ドラゴンの体が、形を失い、アメーバ状になって球体まで飛んでいく。結果的に国王と王妃は解放された。だが、エメラインを磔にした十字架は未だに地面に刺さったままだった。彼女の足は地についておらず、完全に解放されたとは言い難い。正直、十字架をちゃっかり地面に刺すことで、ドラゴンの癖に抜け目ない感を出しているドレイン・ドラゴンがウザい。そんなことがなければ、今頃オレはエメラインの解放を喜び、彼女と抱き合えていたんだ。


 しかし、現実はそれどころではない。三体のドレイン・ドラゴンと融合したエネルギーは、突如人型の体に形を変え始めた。それとともに大きさはドレイン・ドラゴンをも一回り上回る程に至る。まるで原始人のような無骨な体つきに、角が生えた凶暴な顔つきが現れる。背中から特大の翼を生やしたソイツは、ブラッドに代わるようにフィールドに降り立った。見るからに破壊を好む怪物のような生命体に、オレの血の気が引いた。それどころか、生物の歴史をひっくり返す化け物に場内が戦慄している。


 三体のドレイン・ドラゴンが、オレの頭上を追い越し、怪物の真上に陣取る。

「オレこそがブラッド・ジェットの身に宿りしスピリット、その名もセダーだ」

「セダー……?」

 オレはワケも分からず名前を復唱した。

「ペドラ国は、私のものだあああああっ!」


 セダーは樹木一本でも吸い込むかぐらいのレベルで息を吸い込むと、口から真っ黒い光線を吐き出した。オレは危険を感じるとともに咄嗟に左側へ転がって避けるが、その隣で必殺技に近いレベルの爆発が起きた。砂埃が晴れると、光線が当たった部分の地面が陥没している。


 何アイツ、超ヤバイ。死にたくない。

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