十二章:スピリット・レオがオレの胸に宿っていたみたいだ

「ブラッド・ジェット……」

 あのクソ魔法スキル強盗は、一人で、オレたちの前で仁王立ちしていた。

「性懲りもなく出て来やがったか」

 ブラッドはあからさまに不機嫌な表情を見せた。


「会話の内容でバレてしまったか」

 作戦が破綻したことでアシュリーが残念がった。

「いいや、例えお前らが何も喋らなくたって、正体は分かってんだよ!」

 ブラッドが指をこちらに差し向けると、その先が黄色く光る。すると、オレたちのシャドウの外套が一斉にせり上がり、強制的に上げさせられた腕や頭をすり抜けて宙を舞うと、後ろ側へ無造作に堕ちていった。


「反乱党どもめ、魔法スキル初心者とお姫様を連れて来るとはな」

「初心者じゃねえ! お前から魔法スキル盗られちまったんだよ! オレの魔法スキルを返せ! それと、国王、王妃、みんなの分もな! 知ってるんだぞ、魔法スキルを奪われた魔術師たちが、シャドウのもとでコキ使われてることを!」


「そりゃ当然、オレはこの国を独り占めしたい。そのために魔法使いが余計な魔力で邪魔をしやがらぬように、魔法スキルを奪い取ってんだからよ」

 魔法強盗は悪びれもしない態度で言い放った。


「国王と王妃は、今、どこにおられるのですか?」

「教えるわけねえだろうが!」

 魔法強盗は非情な巻き舌でエメラインを突き放した。しかし、すぐに不敵な笑みが奴から溢れ出す。


「気が変わった。教えてやってもいいぜ」

「本当なのですか?」

「ついでに言うなら、お前の両親に魔法スキルを返してやってもいいぜ! ドレイン・ドラゴンには、一度吸い取った魔法スキルを分けてあげられる能力も持っているからな」

 急に態度を翻す魔法強盗に、エメラインが戸惑う。


「ただし、一つ条件がある」

 ブラッドが突き立てた人差し指が、エメラインにも、オレたちにも奇妙な緊張感を走らせる。

「エメライン、お前がオレと結婚しろ」

 余りに我侭な要求に、オレたちは開いた口が塞がらなかった。オレは咄嗟にエメラインの直前に動き、両手を広げてガードする。


「ふざけんな! エメラインは、エメラインは、オレのもんなんだよ!」

「ギャラクシアスさん!?」

 エメラインの驚きの一声で、オレは何を口走ったかをハッキリと認識した。振り向けば、エメラインは現実を疑うような目でオレを見つめている。

「ハーバートさん、本気なのですか?」

「ああ、その通りだ」

「まあ……」


 エメラインはオレを背中から優しく抱き込んだ。エメラインの全身の温もりが、オレの体の隅から隅まで伝わってくる。その心地良さが、シリアスな一時を忘れてしまうぐらいにオレを安心させる。

「エメライン……」


「それにしても、どうして私のことを好きになったのでしょうか?」

「だって、一目見た時から、とても可愛かったからだ。お姫様だから君を好きになろうとしたんじゃない。例えこの世にお姫様が何人いても、君のような素敵な人間は、ここにしかいないんだよ」


「ギャラクシアスさん」

「今に君の笑顔を取り戻させてやるからな」

エメラインは自然味溢れる微笑みでオレに頷いた。


 しかし、次の瞬間、エメラインの体が独りでに浮き上がり始めた。

「な、何ですか? きゃあああああっ!」

エメラインは天井近くまで浮き上がってしまった。彼女は必死で体をばたつかせるも、びくともしない。

「魔法スキル空っぽの癖によ、くっせえラブストーリーをお姫様相手とやるなんて、頭が高ぇんだ。コイツはな、オレのもんなんだよ! オレが先にこのお姫様を好きになったんだから、オレに優先権があるんだよ」


「何たる理不尽な暴論か!」

 アシュリーが怒りに身を任せて杖を構える。その姿はもはや屍ではなく、一人の怒れる魔法少女という感じだ。


「私が以前住んでいた世界には、あなたのような図太い神経の持ち主で世間に知られた男の子がいました。『オマエのものはオレのもの、オレのものはオレのもの』とか言いまして。しかし、それはいかなる世においても、非道徳極まりないやり方であります!」

 マリアがお姫様らしい言い回しでブラッドを非難し、杖を構えた。


「お前らごときが、オレに敵うとでも思ってるのかな?」

 ブラッドが、舐めた表情で指を弾く。すると、奴の左右いっぱいに、大量の黒く丸いエネルギーのような塊が浮かび上がったかと思うと、そいつらは瞬く間に、体調一メートル程の巨大な黒ネズミに変わっていった。その数、ざっと見て五十匹である。


「な、何たるバケモノどもだ!」

 アシュリーの顔が青ざめる。

「私は、ネズミが嫌なんだあああああっ!」

 アシュリーは思いっきり背を向けたと思うと、捨てられた外套を無造作に踏みならしながら、広間の片隅で縮こまってしまった。やっぱりコイツは、根性なしの屍だ。


「こいつらをやっちまいな!」

無慈悲な号令で、ネズミどもが一斉にオレたちに襲いかかる。魔術師とヘビどもの仁義なき修羅場がおっ始まってしまった。


 反乱党の魔術師たちがそれぞれ杖を光らせては、ネズミに攻撃を当てんとしたが、ネズミはすばしっこく、全く攻撃が当たらない。オレはシャベルをネズミに振るいまくったが、これも全くといっていいほど当たらず、床を叩くばかりだった。


 しかもネズミはただ逃げるだけではない。あり過ぎる隙を見計らい、オレに飛びかかってきた。一匹のネズミがオレの顔面に飛びつくと、オレは反動で後ろに倒れ込んだ。するとネズミが何のためらいもなく、両手でオレの顔面を引っ掻いた。

 地味に壮絶な痛みにオレは絶叫した。


 それだけでは収まらず、ネズミは口を大開きにする。その奥では、石がドロドロに溶けたような塊が、丸い形をゆっくりと作っているのが見えた。まさか、それを放つ気か?

 オレは思わず右腕一本で防がんとした。


 そのとき、攻撃魔法がぶち当たる音とともに、ネズミの悲鳴が響いてきた。ネズミが飛んだ右方向を見ると、奴はその凶暴さが嘘のように床で伸びていた。

「大丈夫ですか?」

「マリア、ありがとう!」


「この調子でどんどん……」

「うがあああああっ!」

 今度は反乱党の男子メンバーが、ネズミに馬乗りになられて鼻先をかじられていた。


「やめろおっ!」

 オレはすかさず、ネズミに向かってシャベルをフルスイングしてぶっ飛ばした。何気なく振り向くと、三匹目が口から灰色の塊を発射した。オレは避けきれずに、モロに顔面でそれを受けてしまい、倒れ込んでいた男子メンバーの上に十字を作るような形で倒れ込んだ。

 その瞬間、オレは嗅覚を心の底から恨むような悪臭に、ワケも分からず咆哮した。


 オレは苦しみと怒りと余りに、シャベルをなりふり構わず振り回した。たったの一瞬で生き物をここまで憎む時が来るなんて思いもしないぐらい、シャベルを力の限り振り回した。

すると、何匹かのネズミは、制御不能と化したシャベルのスイングをモロに受けた。反乱党のメンバーにネズミが飛びついていたり、馬乗りになっていたりするのを見つければ、すかさずそこへ向かい、シャベルでぶっ飛ばした。そんな感じで、オレは時間も忘れて暴走した。


「ハーバート、ハーバート!」


 そんな叫び声とともに、オレの振り上げたシャベルが封じられる。

「何だあっ!」

 オレがワケも分からず叫びながら振り向くと、マリアがシャベルを握りしめながら、毅然とした眼差しをオレに向けていた。周囲の静けさに気付くや否や、オレは広間を見渡す。ネズミどもは一匹残らずそこら中に伸びていた。かと思うと、奴らは黒いオーラに包み込まれ、消え去った。


「臭いっ!」

 マリアはオレを見て、鼻をつまみながらそう言い放った。オレは改めて鼻から息を軽く吸い込むと、脳味噌中が犯されんばかりの吐き気を催した。


「スティンク・リキッドですね……」

 マリアが苦悶しながらオレの顔についた泥の正体を明かした。見れば、他の反乱党のメンバーたちも、顔や衣装に泥がついていて、お互いが放つ異臭のせいで皆、辟易しているようだった。マリアも例外なく、左腕や右足が衣服ごと泥に染まっていた。

「何、スティンク・リキッドだと! やめろよ! こっちに近づくんじゃねえ!」

 広間の角でアシュリーが余計にパニックになっている。


「ドレイン・ドラゴンとは違う、シャドウが召喚するもう一種の厄介なモンスター、マッドマウス、それこそ、今、私たちが相手にしていたネズミの集団なのです。マッドマウスの得意技こそスティンク・リキッド」

「なあ、これ、何とかならないのか?」


「普通に水で洗えば汚れは落とせる。だが匂いは一日続くぞ!」

 再びアシュリーが遠くから声をかける。

「一日この匂いに苦しまなきゃいけないのかよ!」

「アシュリー、アンタも手伝いなさいよ! もうネズミたちはみんな消滅したわよ!」


 アシュリーda屍は警戒心剥き出しで周囲をうかがいながら、鼻をつまみながら慎重な足取りでオレたちの輪に戻ってきた。端っこで縮こまっていたのが幸いしたと言うべきか、彼女だけは

「その汚れ、つけたら承知しないぞ」

「こっちだって汚れたくて汚れたんじゃねえよ!」


「無用な争いはよしましょう。今は皆さんの汚れを落とすことが先決です」

「てことは、エメラインもか?」

 オレは思い立ったように彼女を心配した。高貴なる絶世の少女が、マッドマウスが放つゲテモノの洗礼を受けていたらと思うと、激しい胸騒ぎがした。オレはすかさず目でエメラインの姿を捜す。


「……エメライン?」

 彼女の姿が見えない。オレはネズミどもが暴れる直前に彼女が天井に打ち上げられていたことを思い出し、そこを見上げた。だが、彼女はいない。

「エメライン!」

 オレは誰もいない天井に向かって叫んだ。


「ちょっと待て、まさか、お姫様、連れ去られちまったのか!?」

 アシュリーda屍が鼻をつまんだまま、オレたちに詰め寄る。

「全く、何をやっていたんだ! 姫を守れぬとは、反乱党として一生の不覚だぞ!」

 ネズミにビビッて広間の隅で縮こまっている方が一生の不覚だと思うけど。


「ブラッド・ジェットもいつの間にかここからいなくなってます」

 マリアdaマジメの言葉を聞いて、オレはハッとした。周囲を見回すと、奴もいなくなっていた。

「てことは、あの野郎……!?」

「力になれず、すみません……」

 マリアが消え入りそうな声でオレに詫びた。オレはそれまで奴が立っていた場所を睨み、拳を振るわせ、口に出して叫んだ。


「あのクソ魔法スキル強盗め!」


 そのとき、宮殿の外で、物騒な獣の鳴き声が聞こえた。オレと反乱党はすかさず、庭園へと繰り出す。

 正門の真ん前で、ブラッドda魔法スキル強盗はエメラインを抱えて、不敵にオレたちを嗤っていやがる。その隣では、人を醒めない悪夢へと誘う暗黒の竜が佇んでいた。

「あれこそが、ドレイン・ドラゴン」

 マリアが竜の放つただならぬオーラに圧倒された様子で言った。


「助けてください!」

 エメラインが痛切な声でオレらに訴えかける。

「うるせえ!」

 強盗ブラッドがエメラインの頭を容赦なく小突いた。


「てめえええええっ!」

 オレは即刻、ブラッドを制裁すべくシャベル片手に立ち向かった。しかし、ブラッドは指先から矢の如く黒い光線を放ち、オレを跳ね返した。オレは吹っ飛ばされた勢いのまま、反乱党のもとへ押し戻される。


「大丈夫か!?」

 アシュリーが、マリアとともにオレを気遣う。オレは苦悶しながらゆっくりと立ち上がった。

「あの野郎、エメラインに手え出しやがって!」

 オレは再び魔法スキル泥棒へのアタックを試みた。しかし、またも黒い光線がオレを弾き返しやがる。


「無理しないでください」

 マリアがオレを気遣うが、その言葉は半ば余計なお世話にさえ聞こえた。惚れたお姫様が奴に拘束されているのを黙って見続けていろと言うのか。

「お前には魔法スキルがないだろう。シャベル一本ではアイツには敵うまい」

 アシュリーが冷静にオレを諭す。


「自分の身の程も知らずにオレに挑もうなど、笑止千万。お前らからも魔法スキルを奪って、奴隷にしてやるよ」

 ブラッドが指を弾くと、何やら宮殿の屋根の方で物音がした。すると、オレたちの頭上を、闇色のホウキに乗った黒い外套の集団が飛び、ブラッドの方へと集結した。


「この宮殿の屋根の方にコッソリとからくりをつけてもらったよ。屋根の一部をフタとし、開いたところから衛兵が出動できるようにしておいた」

「我が愛しき宮殿を、勝手にそんな風に改造したんですか?」

「分かってる? オレはこの宮殿をもらったんだ。だからここは今やオレの城。元お姫様だろうが文句を言う権利はあるまい。さあ、者ども、やっちまえ!」


 ブラッドの指令で、ホウキで飛ぶ暗黒の集団が一斉にオレたちに襲いかかった。反乱党と奴らの壮絶な合戦が始まったのである。


 ホウキを置き去りにしてしまったオレたちは、こちらから空中戦を仕掛けることはできない。それでもメンバーたちは、上からの攻撃を確実にいなし、魔法攻撃を打ち上げることで、自分たちの倍ほどの人数に対抗していく。オレ自身も、シャベルを振り回しながらシャドウが放つ暗黒色の魔法エネルギーを弾き返し、シャベルを矢のように投げつけた。シャドウのメンバーの顔面にシャベルが命中し、ソイツはたまらずホウキから地面へ堕ちた。


 オレがホウキを拾い上げた時、堂々と杖を構えるアシュリーの姿が目に入った。


「フレイム・ピンボール!」


 アシュリーが放った、そこそこの大きさの火の玉が、一人の黒い外套のボディに命中した。玉がぶつかった痛さと熱さで、たまらずソイツもホウキから転落する。それだけじゃない。火の玉は一人目の体から、別の反乱党メンバーを狙っていた二人目の背中に直撃、その勢いのまま、三人目、四人目、五人目のボディにも命中した。火の玉を受けた者は、一人残らずダメージのあまりにホウキから堕ちていく。


 オレはアシュリーの火炎玉の絶妙なコントロールぶりに息を呑んでいた。これが、エメラインが先ほど語っていたスキルの一部だとしたら、確かに彼女はただの屍ではあるまい。


「バーニング・ワラビー! やっちまいな!」


 アシュリーの杖から飛び出した炎は、一瞬にしてワラビーの姿形を成した。オレンジ色に燃え盛るワラビーから凶暴な赤い目が露になった瞬間、ソイツが駆け出す。

 バーニング・ワラビーは、ホウキから堕ちた者たちを次々とパンチ一発でぶっ飛ばした。ついでにワラビーは空高く飛び上がると、六人目の顔面にも灼熱の拳をぶちかまし、あっと言う間に地に伏させたのである。


 この光景に、オレは更なる驚嘆を覚えた。


 このようなアシュリーの活躍もあり、自分たちの倍以上の数であったはずのシャドウも大多数がやられ、形勢逆転を誘った残りのメンバーたちも戦意を失い、ホウキに乗ったまま王室の庭から門を越えたり、走って正門を抜けたりして逃亡した。


 反乱党、凄すぎ。オレも入りたい。て言うか彼女たちがここまでやったのに、何もできない自分がめちゃめちゃ悔しい。


「情けない構成員どもめ、仕方ねえ。これしかねえな!」

 業を煮やしたブラッドが再び指を弾く。灰色の空から、オレの魔法スキルを奪った悪夢の竜が、それも三体、宮殿の庭へと到来した。あの日の魂さえも脅かされんばかりの記憶が蘇る。今回は、その悪夢を見せた竜が三体も現れているという現実。正に悪夢と思いたかったが、悪夢の域さえも越えんばかりの現実がここにある事実からは逃れられない。


「ドレイン・ドラゴンども、反乱党などぶちのめせ!」


 ブラッドの指令で三体のドラゴンが雄叫びを上げながら襲いかかる。対する反乱党は思い思いに魔法攻撃をドラゴンに向かって放つ。しかし、ドラゴンはそれらの攻撃を悠然と飛び回りながらかわし、当たっても怯む様子を一切見せない。この地点で、奴らの屈強ぶりが分かってしまった。


そしてドラゴンどもは、大地を揺らすほどの衝撃をもたらす弾を次々と放ち、反乱党のメンバーたちを返り討ちにしていった。さらに奴らは翼の一振り、腕の一振りでも反乱党のメンバーたちを次々と蹴散らした。


 そんな中、アシュリーとマリアが、互いの杖をかち合わせ、鎖状のエネルギーを放つ。それはドラゴンの体に腕や羽ごと巻きつき、奴の動きを封じたかに見えた。

 オレもこの状況に乗じようと、気合いの咆哮を上げながらドラゴンの背中をシャベルで叩きまくる。


「くたばれ、クソ、ドラゴン! お前の、ブレスの、せいで、オレの魔法、スキルは……!」

 突如、ドラゴンは魔法の鎖を力任せに引きちぎり、まるで隣の街にさえ響かんばかりの叫びを上げた。


 ドレイン・ドラゴンは何事もなかったのように飛び上がると、例の薄黒いブレスで二人を巻き込んだ。竜の忌まわしき息が織り成す、全身を圧迫するような苦しみに、アシュリーとマリアがもがき苦しんだ。やがて解放されると、二人は芝生の上に倒れ込んだ。


「アシュリー、マリア!」

 オレは思わず二人の方へ駆け寄る。未だ収まらぬ戦いの喧騒の中、二人は体を震わせながら懸命に立ち上がる。

「私たちは、大丈夫だ」

 そう言ったアシュリーとともに、マリアも気丈にオレに微笑みかける。しかし、ドラゴンは無慈悲にもオレたちの間近ににじり寄ってきた。ドラゴンがトドメの弾を放とうと、出所である口を開く。そのとき、二人は魔法の杖の先を再びかち合わせた。


「「ジャスティス・ファイアー!」」


 二人の杖の先から、激烈な勢いで炎が飛び出し、ドラゴンの喉元を焼いた。ドラゴンが思わず怯んで後退した。これを見てオレは、大切なことを思い出した。

「そうか、プリヴェンショナーを浴びているから、魔法スキルを奪われずに済んでるんだ」

「マッドマウスの泥はウザいけど、体を洗う前でアイツがケンカふっかけてくれたのが救いだよ。洗っちまったら、プリヴェンショナーも一緒に流れちまうからな」


 アシュリーがオレに精一杯のドヤ顔を決めて見せた。


「さあ、攻め入るぞ」

「はい」

 二人が交互に魔法攻撃をかける。しかし、ドレイン・ドラゴンは巨体に似合わず、ことごとく、憎らしくなるほどの華麗な動きでこれらを避けてしまう。


 アシュリーとマリアは二手に分かれ、ドラゴンを挟み込んだ。マリアが杖の先をクルクルと回してドラゴンを誘う。

「ヒート・ブレイズ!」


 アシュリーが杖の先から、炎で織り成す霧を勢い良く放った。地味ながら、熱そうで、えげつなく見える一撃だった。するとドラゴンは、アシュリーの方へ振り向くや否や、体を粉々に砕かんばかりの勢いを帯びた、薄黒いビームを放った。


 彼女が思わず転びながら避けるが、爆風が晴れると、ビームの当たった場所は、まるで溝そのもののような跡ができていた。それを見たオレは、言葉を失った。


「もう一度、あれをやるしかないな」

「はい」

 アシュリーとマリアは、再び杖を合わせた。

「「ジャスティス・ファイアー!」」


 二人合わせての渾身の一撃がドラゴンに向かう。しかしドラゴンは真っ向から、あの薄黒い波導弾をぶつけてきた。お互いの距離のド真ん中で、二つのエネルギーが正面衝突し、落雷のような音響が生まれた。

「アシュリー、マリア!」


 オレは祈るようにシャベルを握りしめ、二人を見守っていた。しかし、ドラゴンの光線が段々とジャスティス・ファイアーを押し退けていく。無情にも、二人に近づいたところで、薄黒い光線の圧力は高まり、二人はモロに忌まわしい一撃の餌食となってしまった。

 その瞬間、爆弾が破裂したかのような衝撃と爆風に辺りは包まれる。オレはたまらず地面に伏せ、爆風が過ぎ去るのを待った。


 爆風が明けると、戦乱の喧騒が嘘のような静けさの中、オレはおそるおそる二人の方を見た。アシュリーもマリアも、まるで魂を失ったかのように倒れ込んでいた。

 無情な現実をあざ笑うかのように、ドラゴンが雄叫びを上げる。これに残りの反乱党のメンバーも思わず身構えたが、ドラゴンは構わず、彼らの集団へと突っ込んで行った。


 しかし、二つの司令塔を失った反乱党にはもはや、一矢を報いる力は残っていなかった。奴らの薄黒い爆弾光線が何度も唸りを上げ、その度に、一グループ、また一グループと、反乱党のメンバーは倒されていく。最後に残った三人を、三体のドラゴンが取り囲む。反乱党の三人は、男子が一人、女子が二人、いや、そんなことはどうでもいい。三人とも、神様に助けを乞う余裕もないくらい、凄まじい恐怖に身を震わせている。

 そんな彼らを見ていると、オレは何もせずにいられなかった。


「それ以上、手え出すなあああああっ!」


 オレは怒りに任せて、ドラゴンの一体の背中にシャベルをぶち当てた。しかし、乾いた音が響くだけで、ドラゴンはビクともしない。オレが叩いたドラゴンはムクリと振り返ると、その身をスピンさせながら、巨大な翼を振るい、一発でオレを弾き飛ばしてしまった。投げ捨てられる人形のように、オレは石畳を転がされた。

丁度目の前で、憎きスキル強盗、ブラッドがエメラインを抱えたまま、傲慢な表情でオレを見下ろしていた。


「魔法スキルもねえくせに、いつまで意味のない足掻きを続けるつもりだ?」

 オレは今すぐブラッドの野郎をぶっ飛ばしたい気持ちで立ち上がろうとした。しかし、それよりも早く、奴は杖の先から、あの日と同じ、悪夢の稲妻を放った。


 オレは再び、ナイフで裂かれるような痛みに全身を支配され、再びその場へ倒れ込んだ。


「ギャラクシアスさん!」

 エメラインの悲痛な声が聞こえる。オレは激痛の余り、石畳から起き上がれなかった。


「本当はここでライトニング・ナックル・イリュージョンを決めて、あの日のようにお前を眠らせてやっても良かったけどな、お前には告げなきゃいけないことがある。だから単純なサンダー・エナジーで済ませてやったよ。まあこれはライトニング・ナックル・イリュージョンの次に高い威力を誇る技なんだけどね」


 ブラッドの自己解説を聞いて、改めて奴が嫌ったらしく思える。あの独裁野郎は、エメラインの首元を抱えたまま、杖を持っている方の手を広げた。


「さあ、オレの奴隷になれよ。魔法スキルないから、どうせ魔術師としてはお終いだろう? あの魔法学校の一年生からやり直すのも恥ずかしくてバカらしいしな?」


 真正面から核心を突いてくるブラッドが、なおさら恨めしい。


「さあ、オレの奴隷になってもらおうか? お前も只今を以って強制収容だ! オレの命ずるままにとことん働いて……!」

 そのとき、非道なる青年の目の色が変わった。

「何だ、その胸にあるものは?」

 一体コイツは何を言ってるんだ? オレは自分の胸元に目を向けた。


 右胸の辺りで、一番星を食うような輝きぶりの物体がある。色は紫だ。どうにも意味深だ。

「させない……」

 オレの胸の奥から、おどろおどろしい声が聞こえてくる。

「奴隷扱いなど、コイツに対し極めて苛烈な振る舞いをしようものなら、お前はいかなる運命をたどるか、分かっているのだろうな!?」


 明らかな脅し文句に、ブラッドの目の色が変わる。唇が震える。顔色が青ざめる。ブラッドはそんな弱気な表情をオレに、声の主にら悟られまいとしたか、くいっと顔を背けた。彼に捕われているエメラインも、オレの胸元を見て戦慄している様子だ。やがてオレの胸の奥で輝いていた怪しい光が消える。正直オレにも、今の件が何なのか理解できなかった。


「これだ。お前から魔法スキルを微塵も残らず奪ってやったあの日も、お前の胸の奥で紫の光は輝いていたよ」

「一体、この煌きは何なんだ?」

「オレにだって分からねえよ! 二度も現れるってことは、よっぽどオレがお前を奴隷扱いするのを気に入らねえようだな!」

 魔法スキル強盗が苛立った様子でまくし立てる。


「だが、エメラインがオレのものであることには変わりねえ。オレはコイツと結婚すんだからよ」

「やめろ! させるか!」

 オレは全身の苦痛をこらえて立ち上がろうとしたが、ブラッドは指先から再び稲妻を放った。再び全身を裂かれる痛みが走り、オレが嫌が応でも、ノドが枯れるほどの絶叫を強いられた。


「ギャラクシアスさん!」

 エメラインの悲痛な叫びが確かに聞こえたが、オレは彼女に手を伸ばしたまま、どうすることもできなかった。正にオレは、無力だった。


「攻撃を止めろ!」


 蘇った声の怒りに、ブラッドが慌てたように稲妻を放つ指を引っ込めた。オレの胸元で、また紫色の光が灯っていた。

「この私を差し置いて、お前の企み通りにはさせないぞ」

「この間から、お前は一体何者なんだよ?」

「私はお前により眠らされた獅子の魂だよ」


「獅子の魂……?」

 普通、新しい情報は謎の正体を明かすヒントにつながるものだ。しかし、ブラッドに眠らされた者の魂がオレの身に何故宿るのか。何だか謎は本来とは逆に深まっているように思えた。


「お前の先祖もそうだ。可憐な姫といたいけな少年の愛を裂いた。自らの行いの不浄を自覚することなく、一国を乗っ取り、姫と望まぬ結婚を行い、暴政を貪った。おかげでその国は王が存在した時に限らず、その死後百年余りにわたり、飢饉や他国による植民地化など、暗黒に満ちた時代を経ることとなったのだ」


「確かにオレの先祖がそうしたことは聞いている。今から五百年前、エドワード・ジェットがそうしたんだろ? 何と言ってもオレはそのジェット家の末裔だし、それに見合うような格好いいことしたくなるのが男ってもんだろう?」


「まだ分からんか!」

 ブラッドのナメた口調に光が憤怒する。正直、光の怒声はオレの臓器を揺らすほど響くので、余計苦しい。

「私はその過程で、エドワードの殺戮を受けた国王だ。別名、「創造の獅子」。獅子のたてがみのような髪型と、豊かな国を創造する我が志からそう呼ばれていた。だが、創造の機会を奴は無残にも奪い去った!」


そのとき、オレの胸で輝く光が、突如、本当の獅子の形を作り、上半身だけ飛び出し、耳をつんざくような絶叫を放った。絶叫が終わるや否や、ブラッドの表情は獅子の念に対する畏怖が感じ取れた。

「私からは逃れられないと思え! 私の要求を聞け!」


「そ、その要求って何だ?」

「お前は、このハーバート・ギャラクシアスと、三週間後、ペドラ国立闘技場で対戦する」

 獅子の言葉に、オレは唖然とした。ブラッドは拍子抜けしたように笑う。


「何言ってんの? コイツ、魔法スキルねえんだぜ?」

「いいから戦え! 三週間後だ!」


「ちょっと待ってくれよ。スピリット・レオか何か知らないけど、オレはどうすればいいの? マジで色んな意味でどうすればいいの? あの野郎の言う通りじゃないけど、言う通りじゃないけど、魔法スキルのないオレはどうすりゃいいの?」


「また魔法スキルがつくように鍛えてもらえばいい」

「状況、分かってる? オレの胸の奥に宿っているんだよね? 色んな意味で、状況、分かってる?」

「分かっているからこそ言っておるのだ!」

 レオの不条理な喝だった。だがそれ以上に、この精霊的な奴は「からこそ」という言葉の使い方を必要以上に便利に思い過ぎじゃないか。


「ブラッド・ジェットよ、そこに勝てば、エメラインとの結婚を認めよう。この少年をいかように扱っても構わんぞ。ただし、ハーバートが勝てば、彼とエメラインが正式なカップルだ。お前はそこへの一切の介入を許さん。 もちろん、国王や王妃からの分も含め、奪った魔法スキルを一切余すことなく元の主に返し、王室への介入も認めんからな」


「本当だな? 獅子さんよ、じゃあアンタも出しゃばってくんなよ?」

「約束する」

 獅子の光はこちらに顔を向ける。


「ハーバート・ギャラクシアス。このスピリット・レオが、お前の魂の中に宿っていることを覚えておいてくれ。私はこの世の運命をお前に託す。お前には、暗闇を燦然たる光に照らす大いなる可能性がある。魔法スキルがなくなろうが、その可能性だけは誰にも奪われずにお前の身の中にしっかり残っている。だがその可能性が不意になったときは、私はお前の魂の世界からも消え去ることであろう」

 スピリット・レオはそう言い残して、オレの体の中へ舞い戻っていった。


「じゃあ、お前とりあえず邪魔だから、どっか消えてくんね?」

 ブラッドは、涼しい顔で、掌から真っ黒なクモの巣をオレに放った。オレを囲い込んだクモの巣は、たちまち闇の囲いと化し、オレをあっという間に暗黒へ包み込んでしまった。


「エメライン! エメライン!」

 オレは思わず、お姫様の名前を連呼したが、返ってくるものはない。それを思い知った時、再びブラッドの卑劣なやり方に怒りが湧いた。オレは目を力一杯に閉じ、奴への遺恨を噛みしめ、意のままに叫んだ。


「あの、クソ魔法スキル強盗めえええええっ!」


「どうしたの?」


 オレが目を開けると、学校の教室前の廊下でルナが不思議そうな表情で見ていた。それだけじゃない、他の生徒たちも、オレに好奇の目を向けている。どうやら、授業が終わった直後のようだった。

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