十一章:いよいよ宮殿の中へ殴り込みをかけたんだが

 反乱党一行は、エイルシティから、王室のあるゼウスシティへつながる草原を貫く道を、一斉にホウキで飛んでいた。オレも引き続き、エメラインのホウキの後ろに乗っている。しかし、ホウキで空を飛ぶのも魔法能力のため、上空に出ると逆にシャドウの連中に見つかりやすいという理由で、低空飛行での移動となった。


「おい、あれを見ろ」


 アシュリーが指差した先には、草地に無造作に脱ぎ捨てられた漆黒の外套である。すかさずマリアが外套に駆け寄り、拾い上げる。背中の部分には、白い「S」の文字の至る部分から不気味に滴が垂れ下がったロゴが大々的に描かれていた。


「これでまずは一人分を確保だな」

 とアシュリーが語った。

「シャドウ監視による強制労働は果てしなく厳しいと聞いてある。一日十八時間ほども働かされ、休憩なしだ。これが毎日続くと思えば、悲鳴を上げて逃げ出す者が多数いてもおかしくない。だからここに外套を脱ぎ捨てた者も、一人だけじゃないだろう。この調子でどんどん拾い集めておけ」


 一同が「はい」と返事をした後、アシュリーは何故か一人でしれっと来た道を引き返そうとした。

「あの、すみません、どこへ行こうと」

「私も強制労働は勘弁だ。だからアジトへ戻って……」

「どこまで甘える気なのよ!」


 マリアが衝動のままに絶叫した。オレはアシュリーの出かけた言葉に絶句するしかなかった。こいつやっぱ、魂さえも屍か。

「私たちは潜入してブラッドに奇襲をかけるつもりであの王室に行くんです。本当に働きに行くんじゃないんです。素直に付き合うフリしてもせいぜい一時間もあるかどうか」

「そうだぞ! オレなんか魔法スキルゼロなのにみんなに付き合って王室へ殴り込みに行く! お前たちよりよっぽどリスキーなことしてんだからな!」


 オレもマリアに調子を合わせるようにまくし立てた。

「……仕方ない」

 アシュリーは不服そうな顔をしながらも最前列に戻った。こうして反乱党の移動は再開した。


 ゼウスシティに来るまでの道路だけでも、木や岩に引っかかっていたりして、およそ十枚の外套を回収した。外套はアシュリー、マリア、エメライン、オレの順に優先して着ることになり、残りはグループの部下たちが一人ずつ着用していくことになった。

 そんな調子で、オレたちは遂に「ゼウスシティ」と書かれた、豪勢な薔薇で飾られたアーチを目前にした。


「お父様、お母様、私は、遂にこの街に帰ってきました」

 エメラインが悲壮感に満ちた声で言う。

「決して油断なさらないでください。特に王室周辺でシャドウのメンバーが警戒している可能性が高いですので」

 アシュリーがエメラインに忠告を送り、再び自分とマリアが先頭に立つ形で行進した。


 街中に入ってみると、あたりは怪しげな静けさに支配されていた。市街地だというのに、人気がないのだ。

 ホウキから降りたオレたちは二列応対のまま、建物の陰に並び、先頭のアシュリーが曲がり角の先を伺っていた。


 そのとき、左の曲がり角の方から男性がフラフラになりながら走り去って行く姿を確認した。

「あの男の人を見たか? あの黒い外套を着て建物に入り、それを脱いで建物から出て来たぞ。きっとあそこに何かあるに違いない。私とマリア、それとハーバートとお姫様の後ろにいる四人の部下たちで様子を見に行こう」


「じゃあ、そこの四人、アシュリーたちについて行ってくれないか?」

 オレは自分の直後にいた、変装用の黒い外套を着た四人にその旨を告げ、六人がアシュリーの言う建物の方へ入っていく。しばらくして、彼女たちは新たな黒い外套を持って帰ってきた。まだそのままの姿だった十人に外套を配り、これで一通り全員がありついた形になった。アシュリーは余った一枚を地べたに置く。


「それでは、王室に潜入するぞ。ビジョンノートで調べた結果、王室には多数の強制労働者と数名の監視の者がいる。どちらかに仕事の手伝いを志願する形で取り入ろう。「ついて来い」と後ろの者たちに伝言しておくれ」

「じゃあ、屍のアシュ……」


 アシュリーの目が猟奇的に光るのを感じ、一気に背筋が凍る。怖れ多くて彼女の方を振り向けない。

「ああ、リーダーについて来てって後ろに伝えていって」

 メンバーたちが次々と後ろの列に、オレの言ったことを流していく。アシュリーda屍が手を突き上げると招くサインを見せ、反乱党の行列が発進する。


 王室の近辺に進むと、オレたちは再び曲がり角の先をうかがう。自分たちがいる建物の馬車道越しの向かいから左へ十軒ほどにわたり、建物を黒いペンキでひたすら塗り立てている集団を見た。彼らは皆、あのシャドウの外套を身にまとっている。住宅だろうが店だろうが、構わず十軒ぐらいの建物を黒く塗り立てている。


「おい、チンタラしてんじゃねえぞ、コノヤロー!」

 一番右から二軒目あたりにいた監視役と思われる男が、いきなりハシゴ上で二階で作業している人に怒鳴り散らす。相手は「はい、すみません!」と謝り、早くしなきゃと作業の手を早めるが、次の瞬間、バケツを持つ手を落としてしまい、真っ逆さまになったそれは男の頭に覆い被さり、中から大量のペンキを無情にこぼれ落とした。


 男はゆっくりとバケツをどかすと、真っ黒になった顔で、「ふざけんじゃねえ、アホバカゲロウ!」とキレてハシゴを馬車道へ向かって押し倒してしまった。ペンキを落とした男性は倒れ行くハシゴの上でどうすることもできず、石畳の地面の上に叩きつけられてしまった。衝撃的な光景にこちらも言葉を失う。男はフードの奥からチョビヒゲとメガネ面で倒れた男性を見ていたが、全然悪びれる様子を見せなかった。


 さらに倒れた先は丁度馬車の目の前だった。中からもう一人のシャドウの外套を着た男が飛び出してきて、「危ねえだろうが、カスバカゲロウ!」と男性に追い討ちの蹴りを見舞った。蛇足だが、さっきからとある昆虫の尊厳までも傷つけられている気がする。

「痛い! 痛い! 勘弁してください!」

 いかにも気の弱そうな男の嘆き同然の悲鳴が、あたりに響き渡る。


「仕方ねえな、ポンコツよお! おい、しょうがねえからコイツ、病院に連れて行ってやれ!」

「かしこまりました。ほら、来いよ!」

 ハシゴから落とされた男性が馬車に入れられている間、倒した方のヤツは「ほら、何、手ぇ止めてんの? これ見世物じゃないんですけど! 目え凝らしてる暇あったら手え動かせよ!」と嫌ったらしく甲高い声で指示を飛ばした。おまけに、「おい、誰か倒したハシゴ立て直せ! 通行の邪魔になるだろ! それとこの空いた場所、誰かカバーしろよ!」などと自分がやったことも棚に上げてフォローを要求する。これが強制労働の現場と現実だと思うと、ひたすらゾッとする。


 馬車が通り過ぎた後も、「おい、早く終わらねえかな~、こいつらグズだから思った以上に時間がかかり過ぎてしょうがねえんだよなあ。神様だから一瞬でこの街全体真っ黒にできちゃうよ~。神様だけに神業的な~」とか耳障りな声で罵詈雑言を展開している。エロオヤジみたいな面下げやがってよ、てめえがせめてさっさと手伝えやって感じ。


「もう見てられません。行きますか?」

 マリアが憤りの交じった口調でアシュリーに尋ねる。

「王室へ向かうぞ。アイツらに見つからないように回り道しよう」

 アシュリーが淡々と答えた。


 いよいよオレたちは王室が間近に見えるところまでやって来た。手に入れた漆黒の外套は、小細工なしで正面から中へ入れてもらうためなのだ。

 しかし、その向こう側に見える宮殿は、建築用の足場で包囲され、労働者たちがペンキでそれぞれの場所を黒く塗り立てている最中だった。屋根も、壁も柱も、どこもかしこも黒だ。まるで画用紙一面をひたすら一色の絵具で塗り潰すかのように、この宮殿は扱われていた。


「ひどい……」

 エメラインが思わず涙声になる。

「私がいた時の宮殿は、白銀の山のように眩しく鮮やかで、正面の屋根に立つ星の紋章は神々しく輝いておりました。なのに、今では何もかもが真っ黒で、趣の一切が無残に悲しく汚されてしまいました……」

 オレの彼女、いや、お姫様、て言うかエメラインをいちいちこんな悲嘆に暮れさせるとは。そう思うと、オレは再び、怒りで手にしたシャベルが震えた。


 この、クソ魔法スキル強盗め!


「心中、お察しします。宮殿の状態も含め、この世の秩序を是非とも元に戻しましょう。その為に、我々はここに来たのです。それでは、行きますか。ホウキはここに置いておこう」


 アシュリーの導きで、オレたちはここから徒歩で、王室で待ち構える、黒い甲冑の門番のもとへ向かった。

「いかなる者か?」

「我々、『シャドウ』の計画に多大な感銘を受けた者たちです。こちらにメンバーの方々が勤めているそうですので、そのお手伝いをさせて頂きたいと考え、こちらへ参りました」

 アシュリーが落ち着き払った口調で応答した。


「そのシャベルは何だ?」

 門番はオレのシャベルについて冷たい指摘をした。

「作業用かつ護身用ですよ。ほら、庭作業にもピッタリですし、万が一、シャドウへの反逆者や侵入者が来た時は、シャベルでガツンとやればいいんですし」

「分かった、入って良し」

 アシュリーのフォローで何とか入れてもらえた。アシュリーよ、この時ばかりは感謝する。オレはホッと胸をなで下ろしたよ。


 王室の庭を過ぎ、足場で囲まれた宮殿に踏み入ると、再び、「さっさとやれよ!」「ここ塗り残してるぞ、ダボが!」と監視の者と思われる無慈悲な罵声や、「すみません!」「今すぐやります!」という気丈ながら痛々しい労働者たちの声が飛び交う。彼らも魔法スキルを奪われ、行き場を封じられた悲しき者たちかと思うと、胸が締め付けられる。


 扉番に仲に入れてもらうと、大広間に進み出ながらオレたちは唖然とした。ここはすでに、床も、壁も、天井も、一面が暗黒に染まっている。正に影の集合体がこの場を占領しているようだ。それを目の当たりにしたエメラインが、思わず座り込んで顔を覆う。

「エメライン!」

「私たちが愛したこの居場所を、闇一色に染めるとは。この残酷な現実と、私はいかに向き合えば良いのでしょうか」

 エメラインは本格的な泣き声で嘆いた。


「ここでとどまっていてはいけません! 涙に暮れられているところを発見されれば、私たちは偽物と疑われてしまいます!」

 マリアが焦ったようにエメラインに忠告する。

「ううううう~っ!」


 エメラインのものとは違う泣き声が聞こえたかと思うと、何とアシュリーまでもがその場に座り込み、腕で目をこすっていた。

「お姫様、そのお気持ち、お察しします! 私の家がこんな風に、心無き者の手により勝手にメチャメチャに汚されたかと思うと~」


「アンタ、一体何なの!?」

 マリアが苛立ちを露にし、アシュリーを無理矢理引き起こす。


「リ、リーダーだぞ。もうちょっと丁寧に立ち上がらせてくれ~」

「まあ、いいじゃないか。二人をこんな気持ちにさせるのは、全てあの憎き魔法スキル強盗のせいってことで」

 かく言うオレも、少女たちの悲しみを受けて、尚更怒りでシャベルが震える。


「おい、君たち。シャドウをぶっ潰すぞ! ブラッド・ジェットを徹底的にやっちまおうぜ!」

「あの、あなたあくまでも反乱党のメンバーじゃないですよね?」

「関係ねえよ! この国の平和を取り戻すためなら、どんなことになってでもあのブラッド・ジェットをぶちのめさなきゃならねえんだろ! それならもう迷う手はない! ブラッド・ジェットを捜すぞ!」


「誰を捜すって?」

 オレが振り向くと、正にお目当ての男がそこに立っていた。

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