十章:乗っ取られた王室へいざ出陣する

 窓から差す鮮やかな光で目が覚めた。

「エメライン?」

 オレは二段ベッドの上から顔を出し、真下にいるお姫様に呼びかけた。

「ギャラクシアスさんですか? おはようございます」

 エメラインの健気な返事が聞こえる。


「よく寝られたみたいだね」

「ええ、心地良く休むことができました」

 事実として、王室とは比べものにならぬほどの質素ぶりがこの寝室の隅から隅まで溢れているだろうし、エメライン自身もそう受け取ってしまってもおかしくない状況だ。しかし、それを決して表に出さない所に、オレが頭の中で描いたステレオタイプのお姫様像とは違う、エメラインの清純さが現れていた。


 そんな彼女が好きだ、やっぱり結婚したい。彼女との子どもも作りたい。


因みにこのベッドの逆サイドの壁際にひっついてあるもう一つの二段ベッドには、下でアシュリーda屍、上でマリアdaマジメが寝ている。要するにこの寝室、オレたちの学校の寮にある部屋と構成的には似ている。その証拠にベッドの奥の面は窓で、そこに机も面している。まるでベッドが二段式であることだけ違うみたいだ。


「おはようございます」

 マリアが淡々とした調子で自らの起床を告げた。

「リーダー、朝ですよ?」

「ええ? あと五分ぐらい寝かせてよ。どうせ今、緊急事態じゃないでしょ」

「今、ガッツリ緊急事態なんですけど!? 昨日の話忘れた!?」

 オレは衝動任せにツッコんだ。この世界の秩序が乱れ切っている中、反乱党のリーダーの分際で就寝時間の延長申請とは、緊張感がないにも程がある。やっぱりコイツは屍だ。


「何よ、もう……痛っ!」

 アシュリーは不注意にもベッドの二段目の底で額を打った。オレは呆れ、マリアは心配そうに上から覗き込む。オレのベッドの真下からは、クスクスとした笑い声が聞こえる。


「実に愛らしいリーダーさんですね」

「た、大変失礼いたしました」

 おでこを押さえながらアシュリーがエメラインに平謝りした。


「他のメンバー起こしに行って来ますので、皆さん、先に準備をお願いします」

 アシュリーはそれだけ言い残すと、ベッドの傍らから拡声器を取り出し、部屋を後にした。

「おい、おめえらさっさと起きろや! 早く起きねえと屍になるぞ! もしくはウジ虫かな!? 『あと五分ぐらい』とか、就寝時間の延長申請は〇・〇〇〇〇〇〇〇〇〇一秒たりとも認めねえからな!」


「〇が多すぎます……」

 マリアがそう嘆くのも無理はないほどに自分の怠け心を棚に上げた、アシュリーの罵倒文句はこの部屋にも、いや、アジト中に響かんばかりだった。


 一階のカウンター席や独立した座席に各自付き、朝食を摂る。ざっと見渡してみると、反乱党には一応男子メンバーもいるけど、どっちが過半数かといったら女子という割合だ。ベーコンを敷いた目玉焼きとレタスが添えられた皿がやたら眩しい。あと、別皿にトースト。

「これはベーコンエッグ、私マリア・オーグモがイチ押しの、『チキュー』という世界の『ニホン』という国ではお馴染みの朝ごはんです。皆さん、心行くままに美味しく頂いてくださいませ」


 「チキュー」に「ニホン」、そして「オーグモ」という独特の名字、間違いない。彼女は転生者だ。ペドラ国には、時々、別世界からの転生者が現れる。転生のメカニズムはまだ分かっていないが、彼らから見ればこのペドラ国こそが異世界なわけだ。

 そんなことを想いながら、オレは丁寧に目玉焼きの黄色い縁ごとナイフで切り取り、フォークで救っては頬張る。


「これ、美味しい」

「たいそう素敵なお味ですね」

 エメラインも目玉焼きには太鼓判のようだった。

「目が爛々と輝いているね」


「はい、王室ではマグロのムニエルや熊の肉のソテー、キャビアやフォアグラのような珍味など、高級なものを頂くことがほとんどでしたが、こちらのお食事も実に魅力的でございます」

「世俗を学ぶために、時々庶民の食生活も味わっているんだ」

「ええ、国の上に立つ者は、下々の者を知ることが大切だと、我がお父様はおっしゃっておりました」


 朝食が終わって、部屋に戻ると、エメラインはアシュリーda屍から謎のスプレーをかけてもらっていた。

「それ、一体何なの?」

「プリヴェンショナーですよ。魔法スキルを左右する相手からの攻撃は、これでガードします。一度かければ二十四時間有効ですからね」


「は~い、かけるぞ~」

 オレに説明中のマリアの後ろからアシュリーが気の抜けた声をかけながら噴霧する。マリアもスプレーに従うままにオレに背を向け、予防薬を全身にコーティングしてもらっている。マリアの説明が正しければ、すでに魔法スキルを喪失済みであるオレには必要ないわけだ。

「ドレイン・ドラゴンからの攻撃の対策はこれで充分だな」


 改めて一階に戻り、反乱党のメンバー全員が揃っての決起集会が始まる。

「いよいよ作戦決行の時だ!」

 アシュリーが、その眠たい見た目とは裏腹に高らかな宣言を唱える。

「王室へは、強制労働者の大半が着用を強いられている、漆黒の外套を入手し、彼らになりすまして侵入する。ビジョンノートで見たところ、やはり強制労働に嫌気が差し、外套を脱ぎ捨てて逃亡する者も見受けられるから、何枚かはそうしたものを拾うことで得られるだろう」


「もしくは、強制労働者にコッソリ話しかけて、仕事の手伝いと称して外套を譲ってもらうこともアリでしょうね」

「いずれにしても、監視員の目には限界がある。これもビジョンノートで仕入れた情報だが、一地域だけでも数百人にわたる強制労働者数に対して、監視役の人数は十数人程度だ。まあ、クーデターは主にドレイン・ドラゴンを暴走させてのものだ。そこまでシャドウは数の力に頼ってはいない。その隙を突く。皆、準備はいいか?」

「おおおおおっ!」


 反乱党たちが一斉に拳を突き上げて怪気炎を上げる。エメラインもちゃっかり一緒になってグーサインを突き上げていた。


「これ、何か楽しいですわね」

 オレは苦笑いで誤魔化した。


「さあ、何か質問はないか?」

 オレは思い立ったように手を上げた。

「どうしたんだ、ハーバート」

「オレ、みんなと違って魔法スキルないんだけど、どうやって戦ったらいいの?」


 オレの言葉が場違いに思えたのか、どこからともなく失笑がこぼれてくる。ちょっとムカつくけど、こんな場所で争うほど無用なものなどない。

「そうだったな。分かった。君には武器を渡そう」

「本当ですか? ありがとうございます」

「魔法スキルがないなら、剣を持つ騎士のように勇ましく戦うってことですね」


 マリアが真面目に言った台詞が安直っぽい気がしてならないが、何も持たざるよりはマシだ、前向きに考えよう、とオレは自身に言い聞かせた。


 反乱党はアジトを出発した。漆黒の外套を変装に利用するため、メンバーたちはグレーのローブを着ておらず、白いブラウスに黄色いネクタイ、グレーのスカート姿であった。屍とマジメを先頭に、エメラインとオレが直後、その後も二列応対で反乱党の残りのメンバーが続いた。オレは結局、スコップ一本を握ってこのパーティーを共にしている。

「あの、本当にこれで……」

「いいんだよ」

 オレの大きな懸念をアシュリーda屍は振り向きもせぬままに一蹴した。

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