九章:こうしてオレたちはアジトの中に案内された

「ここが君たちのアジトなのか」


 初めてこの場所に来るオレは、とりあえずとばかりに内部を見渡した。


 部屋の壁は石壁でできており、入口から見て右側の壁に二台ほど燭台がかけられ照明となっている。左側をカウンターが行き渡っているのを見ると、どうやら酒場を改装した場所のようだ。しかし酒場にしては細長いというよりはゆとりを持った形と面積で、右側には机とイスのセットが並べられている。座席は部屋の奥にも四セットほど、二列に渡って並べられている。カウンターの向こう側の棚には、まるで図書館のように本やノート的なものが並べられている。


 反乱党のメンバーたちが、フードを取って一息つく。アシュリーは金髪のツインテールで、前髪は一直線、しかし、その目には、どうも生気が感じられない。魂を抜かれた鹿のような目をしている。何か屍(しかばね)っぽいぞ。


 一方のマリアは、まるで海のように爽やかな色彩のショートヘアが見事に決まっている。それも相まって、純朴な少年のような顔つきが見事なバランスである。瞳の奥も濃厚な青色であるのが見えた。さっきからのしっかり者らしい振る舞いを見る限り、彼女は正にマジメリアだ。


「我々はここで、ブラッド・ジェットが率いるシャドウの活動の監視及び調査を行っている」

 アシュリーda屍の説明にオレは「へえ~」と声を上げた。

「私はクーデターの時、王室からエイルシティに逃げたところを彼女たちに助けていただき、安全のためとしばし匿って頂きました」

 エメラインがニコリとしながらオレにそう語った。


「じゃあ、オレが入院してたのをどうやって知ったんだ?」

「ビジョンノートだよ」

 アシュリーda屍がすぐに種明かしをする。すかさずカウンターの内側にいたマリアdaマジメが、二段ある棚のうち下の右端にある冊子を取り出し、受け取ったアシュリーがオレたちの方に持ってくる。


「このビジョンノートで、君が襲われているのを見たんだ、ハーバート・ギャラクシアス」

 アシュリーがビジョンノートを開くと、何とドレイン・ドラゴンの忌まわしいブレスに巻き込まれるオレの姿が、ハッキリと紙の向こう側に、まるで肉眼でその様子を見ているも同然の鮮明さで映し出された。


 アシュリーは、これで文句ないだろうとばかりの様子で、ビジョンノートをパタンと閉じる。

「このビジョンノートは、三ページある。一ページ目から過去、現在、未来のページだ。自分が知りたい、想像したいことを頭にしっかりと思い浮かべながら、希望のページを開けば、ノートには映像が答えとして現れるわけだ」


「すげえ」

「シャドウに関する情報もそこから仕入れているのよね」

 マリアがカウンターから追加情報を寄せる。

「今、開いたのが過去のページだが、見られるのは一ページ一時間に一回だけだ」

「じゃあ、次に過去に関する情報が知りたければ一時間待つのか」


「あの、そうしたら、私たちの両親の今を教えて頂けませんでしょうか?」

 エメラインが、悲壮な様子でアシュリーに頼み始めた。

「国王と王妃ですか、かしこまりました」

 アシュリーがお姫様にノートを渡した。エメラインは早速目を閉じて精神を集中させる。その間にオレやアシュリー、カウンターから出て来たマリアやその他の反乱党のメンバーたちも彼女の周りに集まって、注目した。


「現在のページに関しては、今から二十四時間以内までのことが対象になります」

「了解しました。ノートさん、我が愛するご両親の現在のお姿を、私にお示しください。よろしくお願いします」

 エメラインが意を決しノートに手をかける。開いたノートからはまたもビジョンが鮮明に映し出された。


「まあ」

 エメラインが悲嘆に暮れる。それもそのはず、国王は地下室のような場所で、ブラッド・ジェット本人の監視のもと、陰鬱極まりない色合いのスープをかき混ぜさせられていた。奴の隣では、王妃が後ろ手の状態で胴体を縄でグルグル巻きに縛られている。


「ほら、しっかりやれよ」

 魔法強盗が嘲笑うかのように国王を罵倒する。非礼の域を超越したスキル強盗の振る舞いに、オレの握る拳も怒りに震えた。

「こんなものを作らせて、一体、お前は何をするつもりだ!」

 あまりの屈辱に国王が憤慨する。


「決まってんじゃん。それをエメラインに呑ませりゃあ、アイツは一切の思考がオレの思い通りになるからね。だってオレ、マジで彼女と結婚するんだし」

 強盗の衝撃的な一言に、エメラインが青ざめた。

「それとさ、ついでにあのヘボチャンピオンにも呑ませちゃう? ハーバート何ちゃらって奴。『これを呑むんだから魔法スキル返してやっていいよ。その代わり、この先のお前の人生、オレ一人だけに捧げることになっちゃうけどね』的な。要する護衛として使うんだよ、護衛。その他大勢にも呑ませてさ、特に魔法スキル失っちゃった元魔術師どもが主にそうなんだけど。このスープの力でみんなの思考をオレがコントロールして、ペドラ国を隅から隅までオレが支配しちゃうから」


「嫌あああああっ!」

 エメラインの悲鳴の直後に、オレはノートをバタンと閉じた。


「このクソ魔法スキル強盗め!」


 オレは怒りの余り、拳でノートを叩いた。すかさずアシュリーda屍が「ちょっと!」と叫びながら、拳の下からノートを抜き取る。


「これ一応大事なもんなんだよ。パンチなんかするなだし」

「ご、ごめん。でもな、こんなの見せられて我慢できる?」

「確かにキツいビジョンだったな。それは仕方ない」

「これ、早くやらないと、ブラッドの暴挙をどんどん許すことになりかねませんよ?」


「そうだな、何でもいいから今すぐアイツを止めねば」

「明日の朝になれば、王室へ潜入します」

 マリアdaマジメが力強く行動を語った。

「ええ、あの地下室も王室にある場所でございます」


「お姫様、安心してください。国王及び王妃をはじめ、迫害を受けている魔術師たちをこの手で救い出して見せます」

「それはいいけどさ、反乱党のメンバーって結局何人いるんだ?」

「ここには、今、二階と三階で寝ている人も含めて二十五人です」


「それだけか? シャドウはペトラ国の隅から隅までジャックしてんだぞ。すぐに多勢に無勢になるんじゃねえか?」

 オレは不安を正直に言葉に表した。

「実は反乱党のアジトはここに限りません。本部に加えて、ここも含めて全国に十二のアジトが存在しています。ここエイルシティ支部のリーダーがアシュリーさんなのです」

 エメラインがオレに丁寧な補足をしてくれた。


「ちょっと待て、アイツがリーダー?」

 オレが指差した先は、いつの間にかカウンターの上に堂々と寝転ぶアシュリーda屍だった。大事そうにビジョンノートを抱えている。て言うか、カウンターの上で寝るとか常識的にありえないから、最早どこでも寝てしまうようなそのビジュアル、ナマケモノの屍だから。

「リーダー、まだ話終わってないんだから起きなさいよ!」

 マリアdaマジメがアシュリーの肩を強めに叩いて起こす。

「んあっ、何だよ、いい気持ちだったのに」


「て言うかそこは寝床じゃないんですけど」

 マリアが呆れたようにアシュリーを諭す。

「おいおいおい、十二のアジトをまとめているのが、あんな女でいいのか? 反乱党持つのか? 王室は救われるのか? オレの魔法スキルは元に戻るのか?」


 オレは余計にブルーな気持ちになった。

「私が聞いた所によりますと、今回の作戦は三つのアジトのメンバーからなる合同作戦だそうです」

「あーそうそう」

「他人事みたいに相槌打たないで!」

「何だよ、リーダーに向かって偉そうな口の利き方は!」

「リーダーの威厳がないからついついタメ口になっちゃうのも仕方ないのよ!」

「何いっ!?」

「何なのよ~?」


「はいはい、そこまでだ」

 オレがたまらず二人のもとに出向き、手を叩いて諫めた。

「そこの屍とマジメリア」

「屍とは何だ!」

「マジメリアとは何ですか!」

 さすがに二人へのあだ名は口に出すとマズくて、オレは自分が浮き足だっていたことを猛省した。


「悪かった、悪かった、とにかく、仲良くやってくれ。アシュリー、君は本当にリーダーらしくこのグループをまとめられるのか?」

「私を信じなくてどうする、魔法スキル、返してもらいたいんだろう?」

 胸に拳を立てて放つアシュリーda屍の言葉が、まるで自分がオレの魔法スキルを奪ったかのように聞こえてしまう。


「ここだけの話なんですが」

 忘れた頃にお姫様に耳を借りられ、オレの顔の内部が一気に火照る。だが、無暗に突っぱねたらお姫様に失礼になるし、第一オレのエメラインと付き合いたい本心と違うからそのまま突っ立って耐えることにした。


「アシュリーがリーダーとなっているのは、常人の想像を超えるような魔法スキルがあり、その力を本部から買われているからだと言うのです」

「ええ、あの屍が?」

「その魔法スキルの正体を見れば、あなたも彼女を『屍』と呼べなくなるのではないでしょうか?」


 オレは半信半疑でアシュリーを見つめた。

「私にリーダーとして尻込みするなと言うが、お前たちこそシャドウの恐怖に尻込みしない保証はあるのか?」

「ありません! 一番の心配の種であるあなたに心配されるなど、余計なお世話です!」

「それじゃあ、どっちがリーダーか分かりやしないだろうが!」

「じゃあ、あなたがリーダーらしい威厳を見せてくださいよ! 反乱党を引っ張って、ブラッドに立ち向かってくださいよ! でも、先ほどシャドウの手下たちと遭遇した時の様子を見ても、それを望むのは酷でしょうね!」

「勝手に決めつけるな! その否定的な思考が、チームをバラバラにする!」

「だったらアンタがしっかりまとめてよ!」

「偉そうな口を利くな!」

「大して偉くもない癖に!」


アシュリーとマリア、またつまんねえ言い争い再開してやがる。ヤバい、限界だ。

「もう勘弁してくれ!」

 オレは二人に絶叫した。


「明日殴り込みなんだろ? この殴り込みが上手くいくかいかないかで、多くの方たちの人生が左右されるのが分かっているのか!?」

 オレの勢いにアシュリーとマリアが押し黙る。

「オレの魔法スキルも、他の魔術師の魔法スキルもかかっている。それだけならまだいいけどさ、国王と王妃の人生もかかっている! 世界の平和がかかってんだぞ! それをよく考えろ!」


 オレは勢い任せに感情を爆発させた。

「す、すみません」

「悪かったな」

 アシュリーとマリアが平謝りした。


「まさかハーバートに諭されるとは。やはり彼は魔法スキルの一切を奪われても、決して空っぽな男ではない。魔術師としてのあるべき気持ちを心得ている。ありがとう、ハーバート・ギャラクシアスくん。お前のおかげで、私は反乱党リーダーとしてのあるべき姿に目覚めたよ」

 アシュリーda屍は唐突に両手でオレの右手を律儀に握った。逆に戸惑っちゃうけど、跳ね返す理由もないから素直に受け入れることにする。


「さあ、みんな! 今こそ反乱党の結束の有難さを確かめ……今はとりあえず寝よう」

 アシュリーはそう言い残して、部屋の奥にある階段を上って行った。

「お姫様も、ハーバート君もどうぞ。寝室までご案内します」

「ありがとうございます」

 エメラインの可憐な返事に続き、オレがすかさず彼女の左手をつなぎエスコートの態勢に入った。反乱党の皆の先導のもと、オレたちは寝室へと向かう。

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