六章:お姫様の笑顔はオレが取り戻す!

 オレがスカイスター寮の大部屋に来ると、周囲の寮生たちが一斉に白い目でオレを見つめてくる。まるでヒルでも体を這っているような悪寒がするぐらい、この場の空気は冷たい。

大部屋の奥の方にあるテーブルの向こう側のソファーには、すでにエメラインが収まっている。オレはすぐさまエメラインに話しかけようと近づくが、脇を固めていたダニエルdaウザいゴーレムと、金髪角刈りやせ型、青白い肌をしたゾンビライクなデン・ハートがオレに睨みを利かせてくる。オレが四年生から一年生に降格したから、お姫様のお守り役も別の同い年の人たちに取って代わったわけか。そうだとしても、この二人はない。


「四つ下の癖にオレたちのお姫様に近づこうとは、何たる無礼者だ」

 ゴーレム野郎め、マジで親衛隊気取りかよ。

「エメラインと話がしたいんだが」

「ダメだ、オレたちの許可がなければ話はさせない。て言うか一年のスキル空っぽの人間がお姫様と話そうなんて頭が高ぇんだ。オレと魔法勝負で勝ってからにしろよな」


 デンda角刈りゾンビもダニエルdaゴーレムに負けず劣らずのナメた口調から、杖でオレを威嚇する。ゴーレムもそれを確かめるや、合わせるように杖を取り出した。こんな奴ら、あの憎きドラゴンにやられた後じゃなきゃ一発でねじ伏せてやれるのに。オレはもどかしさを感じながら、気持ちで負けまいと懐の杖に手を忍ばせる。


「二人とも、そこまでにしてください」

 エメラインが優しく二人を諭す。

「し、しかし」

 ダニエルが不満気に言い返しにかかった。


「いいんです。彼は危ない人ではございません」

「ああ、そうか、コイツ、魔法使えないんだったっけ、一個も!」

 デンが大袈裟なまでにオレを嘲笑う。今にもコイツを拳でぶん殴ってやりたい。

「いいからどいてください!」


 エメラインが苛立った様子を露にする。

「何だよ? 折角守ってやってるのに!」

 ダニエルが不敬にもお姫様に魔法の杖を差し向ける。するとエメラインは高貴な上着の奥から魔法の杖を取り出した。


「デフレクション!」


 エメラインの杖の先から純白の粒子が矢のようにゴーレムの体幹に命中したかと思うと、ゴーレムの体が独りでにエメラインに背を向け、まるで操られているかのように歩き始めた。

「うわっ、何だこれ! 止まらないよ! 何とかしろ!」

「ダニエル!」


 角刈りゾンビもパニクって、ゴーレムを追いかけるが、ダニエルの扉を開ける手も、そこから抜け出す体そのものも止められないまま外へ引きずられて行った。それを見送ってエメラインはスッキリしたように笑った。

「すげえ、エメライン」


「どうですか? 私の魔法は」

「お見事だったよ。と言うことは、君は魔法スキルを奪われていなかったんだね」

「その通りでございます。ご両親にある程度の魔法スキルは仕込まれておりますので」

「魔法スキル関連で言いたいことがあるんだけどさ」


 オレは改まって真面目にエメラインに話を切り出した。

「やっぱり一年生に混じって授業受けなきゃいけないなんて屈辱だよ」

「あらまあ」

「オレ、マジック・ファイトのユースチャンピオンだよ? そんなオレがちょっとドラゴンに魔法を吸い取られただけでゼロからやり直しなんて、絶対嫌だ。て言うか面倒臭いよ。ブラッドのせいで三年分人生損するとかありえねえから」


「それでは、どうなさるつもりですか?」

 エメラインが心配そうに問いかけるが、オレの意思は固かった。

「あのスキル強盗のドラゴンから、直接魔法を取り戻すしかないだろ」

「それでは無鉄砲にも程があります」


「仕方ないだろう。そもそも、一からカリキュラムをチマチマやったって、進みっこねえよ。それに、我が国の王と王妃、すなわち君の両親が今、どんな状況か」

「どんな状況なんですか?」


 エメラインが不安げにソファーから身を乗り出した。

「君の元カレに、コキ使われてるって」

「そんな!」

 エメラインは愕然とした。オレはすかさず彼女から目をそらす。あの後光さえも感じられるぐらいの笑顔と真逆の表情なんて、見たくはない。だが、こんな状況じゃ仕方がなかった。


「魔法スキル分捕られた相手に、ああしろこうしろと言われて、黙っていられっかよ。ましてや国王や王妃までそんな目に遭うなんて。オレだって嫌だよ。チャンピオンでも魔法スキルがないだけでこんなゴミみたいな扱い受けて、たまったもんじゃねえよ」

 オレはお姫様から目を逸らしたまま、唇を震わせた。おそるおそる彼女の方を見ると、両手で顔を覆い、悲嘆に暮れていた。


「君だって、本当はあの王室に戻りたいんだろう?」

 その時、エメラインは潤んだ瞳と流れ落ちる涙をこちらに向け、ゆっくりと頷いた。

「オレだって、元の『天才』魔術師に戻りたい。て言うか世紀の魔法スキル大強盗がのさばっているのを尻目に三年間我慢できるかよ。一年生からやり直すこと以上にそれがイヤなんだよ。だから、今すぐにでもブラッド・ジェットとか言う邪悪の権化と、ドレイン・ドラゴンとか言うケダモノから、魔法スキルを取り戻すんだ。オレの分もそうだが、全員分返してもらう。もちろん、何よりも君の両親の分もね」


「ただ、今のあなたには魔法スキルの一切がございません。どのようにしてあの方たちから魔法スキルを取り戻すのですか?」

「ああ、それが問題だ」

 オレは重大な事実を思い出し、頭を抱えた。しかし、すぐに顔を上げる。


「だが、頼れそうな所はあるぞ。反乱党だ。あの日も、君はそこへ身を寄せていたんだろう?」

「その通りでございます。しかし、シャドウの勢いは決して生半可なものではございません。反乱党に取り入っても、返り討ちにされるリスクは大きいと考えられます。どうして、そこまでしてシャドウに立ち向かおうとされるのでしょうか?」


「エメラインの笑った顔をもう一度見たいんだよ。ほら、あの表彰式の時の至高の微笑み、あれは君じゃなきゃ見られないオンリーワンの素晴らしさだ。その笑顔を見るために、オレは魔術師として『天才』の肩書きを取り戻す。取り戻したスキルで、魔法強盗とそのペットを撃退してやる」

「そう言って頂き、ありがとうございます」


 エメラインは懐からハンカチを取り出し、そっと目元にや頬に添えるようにして涙を拭き取った。その動作さえも、うっかりこの非常事態を忘れて魅入られそうなぐらい、優雅だ。

「あなたの決意、しかと受け取りました。私にも協力させて頂けないでしょうか?」

「大丈夫か?」


「ええ、私は幸いにも、ドレイン・ドラゴンの息吹にはかからず済んでおりますので」

「よし、消灯時間後にこの場所を抜け出そう」

「分かりました」

 エメラインが穏やかに唇の両端をせり上げると、オレも合言葉を返すようににっこりと返して見せた。

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