五章:ゼロから魔術師人生やり直しですか!?
オレとエメラインは、寮内にある学長室を前にしていた。
「私がこの寮にしばらくいることは、しっかりここの学長さんにも伝わっていて、是非接見願いたいとお聞きしましたので。こちらまでご案内頂きありがとうございます」
「どういたしまして」
品良く礼をするエメラインに、オレも微笑みながら礼を返した。オレは学長室の扉をノックする。
「失礼します」
「おお、お入りください」
オレが扉を開き、エメラインを中へ招き入れた。絶妙までの逆三角形を描いた白いアゴヒゲがトレードマークのタウルス学長が、満面の笑みでエメラインを迎え入れる。オレは音を立てないように静かに扉を閉じ、エメラインの一歩後ろに着いた。
「こちらがベガ王室のお姫様ですか」
「いかにも、私がベガ王室のエメライン王女でございます。これからこちらの魔法学校でお世話になりますので、今後ともよろしくお願いいたします」
「あなたの件に関しては大変心配しました。クーデターに関しては誠に遺憾に思います」
学長が恭しく頭を下げた。
「あの一件で私の両親、すなわち国王と王妃も、邪悪なる黒龍により魔法スキルの一切を奪われてしまいました」
「心中お察しします。これからはお嬢様も皆さんに交じって、魔法を習って頂けること自体は大変、我々としても光栄に思います。頑張ってください」
「どうもありがとうございます」
エメラインは再び謙虚に学長に一礼した。
「それから、ハーバート・ギャラクシアスくん、彼女の横に立ってもらえるかな?」
「はい」
オレは唐突に学長に呼ばれて、背筋を正しながらお姫様の隣に立った。
「遅ればせながら、マジック・ファイト・ユースグランプリの優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「だがその翌日、君もまたあの忌まわしき黒龍『ドレイン・ドラゴン』に襲われ、魔法に関する記憶の一切を奪われたと聞いたぞ」
「すみません、私が至らなかったばかりに……」
「魔法スキルがなければ、今、君が受けている授業のほとんどに全くついて行けないだろう」
「てことは……」
「君は一年生からやり直しだ」
オレは目が点になった。
「今、何と……」
「一年生からやり直しだ!」
学長は言葉を強調した。
「えええええっ!?」
オレは屈辱的な現実に思わず腰を抜かした。
「今、オレ、四年生なんですけど?」
「四年生のカリキュラムはそれまでの三年間の下積みがあってこなせるものが大多数だからな。だからお前は、十二から十三歳が在籍する一年生に混じって授業を受け直すのじゃ。年度の初めは四月のところ今は五月だから、今日より前の分も補習ということで」
「そんなあ、そこを何とかできないんですか?」
オレは学長の机にすがりながら懇願した。
「甘えるんでない、現実を受け入れるのだよ、元チャンピオン」
「『元』って何ですか!? 私がチャンピオンになったのはつい先日のことですよ!?」
「魔法も思い出せないでチャンピオンを名乗る資格があると思うか?」
「いや、そこは何とか、特別なやり方で僕に魔法を思い出させてもらえれば……」
「馬鹿を言うんでない! そんな方法があるわけないだろう! お前は学習し直すしかないのだよ!」
学長の毅然とした言葉にオレは成す術がなかった。
寮内の食堂は、学年ごとに机を隔てて二列に向かい合う形である。これが六セット横に連なっている。
「私、右側の席を取ります、ギャラクシアスさんは左側に座っていただけますか?」
「了解」
こんな時でもエメラインの優美な顔立ちは、オレに束の間の癒しを与えてくれる。オレたちは早速、一列約九十人分のスペースを持つ長蛇の机を隔てて歩き、向かい合う形で座席に収まった。
「おっ、お姫様が来たぞ」
「すげえ、オレたちの近くにやって来た」
早速男子たちがエメラインに興味本位で群がってきた。お姫様は彼らに愛想良く笑顔を振り撒いてみせた。オレは折角絶好の位置関係を手に入れたのに、男子たちの茶々が入ってきて気が気でなかった。
「おい、空っぽ。お前はどけ。オレがお姫様の真正面に座るから」
五年生のダニエル・パーシーが横柄に言いよって来た。て言うかコイツは元からこんな性格で、ガタイだけ一丁前で可愛げがない、尊敬しがいのない先輩、つまりは「ウザいゴーレム」だ。
先輩の言うことには基本逆らえないが、オレはエメラインから離れることに抵抗があり、思わず彼女を儚く見つめた。彼女は「別に気にしないで」というサインなのか、オレに精一杯の笑顔を見せていた。
オレは不満な気持ちで仁王立ちするゴーレムを見ると、渋々隣へと移動した。ゴーレムが満を持してエメラインの真正面に陣取る。
「いよお、お姫様」
ダニエルはニヤケながら馴れ馴れしくエメラインに絡み始めた。エメラインは戸惑った表情を隠せない。オレも正直、気が気でない。ダニエルには本当にお姫様という目上を、て言うか女の子そのものを敬う礼儀というものがないのか。魔法スキルさえあれば、今すぐにでもコイツを魔法でぶっ飛ばしたい。ゴーレムなんてあくまでもオレが勝手につけているあだ名で、外面は石じゃなくてただの人間の皮膚だしな。
「ハーバート・ギャラクシアスくん?」
突如、長い茶髪をとんがった帽子の下からたなびかせた中年の女性教師、キャサリン・トメガがオレに声をかけてきた。
「どうしてここにいるんですか?」
「え、いや、オレ、一応四年生だから」
「聞きましたよ。あなたは魔法に関する記憶を一切失っているので、一年生からやり直しですと」
トメガ先生は機械的にオレに現実を突きつけて来た。その淡々とした喋り方のせいか姿形で何となく影に包まれている。感情を持っている様子がこちらに今ひとつ伝って来なくて、氷のようなオーラを感じる。
「でも、それでも元四年生、つまり彼らと同い年なんだからここにいても」
「ダメです。食堂の座席は学年ごとに振り分けられていて、他の学年の席への移動は禁じられています。今からあなたをこちらに案内します」
氷のトメガ先生はオレの腕を掴んで、四年生の席から遠ざけていく。振り向けば、ダニエルdaゴーレムをはじめ、「元」同級生どもはオレの不幸という名の蜜を味わうが如く、不誠実な喜びを顔に表してやがった。そんな男子たちに紛れたエメラインは、複雑な顔をして、離れ行くオレを目で追った。オレは同級生どもに笑われている以上に、エメラインから無理矢理引き離される事実と向き合わなきゃいけないことが、悲しかった。
「あなたの座席はここです」
オレはトメガ先生により、一年生用の食卓の最前列に着席させられた。
「あれ? ハーバート・ギャラクシアスさんですよね?」
早速隣にいた女子が声をかけてきた。輪郭に寄り添うような赤いボブ、小さくまとまった顔の割には力強めな目と唇が印象的だ。ここだけの話、愛嬌の権化となったキノコちゃんみたいな見た目だ。
「私、ミーガン・エプシロンです」
「ああ、よろしく。オレがハーバート・ギャラクシアスなんだが……」
オレは急にこんな年下とやり取りすることになる状況に今ひとつついて行けず、良い歯切れを出せないまま、愛らしいキノコちゃんと握手した。
食堂の机の前に設けられた祭壇の椅子が突如煙に包まれたかと思いきや、それが晴れるなり学長が姿を現した。
「それでは、三観の称を始めるとしよう」
「一つ、我が生命の行方を省み、明日を築く生命の種に謝恩を示す。二つ、清らかな心の決めたままに、非大罪を誓い続け、正しい得を持つ。三つ、我が道を成すために、目の前の良薬をありがたく頂く」
食堂に揃った生徒たちが一斉に目の前の夕食にかじりつき始めた。オレもフォークに刺したチキンの生姜焼きを一かじりしてから、自分の右側を見通してみた。やっぱりオレより一回り小さな子供どもたちばかりだ。
オレはこんな連中に交じって明日から初歩的な授業を受けなきゃいけないのか。想像してみると、恥ずかしくってありゃしない。魔法の記憶を失っただけで、三度留年したのと同じ状況になることが信じられない。
オレはこんなのに付き合うために魔法学校にいるわけじゃないと思うと、フォークを握る手が怒りで震えた。オレは今すぐに心の中で叫んだ。
あのクソ魔法スキル強盗め!
「ハーバートさん?」
ミーガンdaキノコの呼び声で、オレは現実に引き戻された。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とかね」
オレは心配してくるミーガンによそよそしく受け答え、再び鶏肉をかじった。
「もしかして、ドレイン・ドラゴンにやられました?」
オレは唐突に核心を突かれたショックでフォークを落としてしまった。
「まあ」
祭壇前の教師用の机で一緒に夕食をたしなんでいた氷の先生が立ち上がり、鶏肉が刺さったままのフォークを床から拾い上げる。
「魔法スキルとともにお行儀まで吸われたとか?」
氷の嫌味がオレの胸を余計に締め付けるんですが。
「新しい鶏肉とフォークを持ってくるから、しばらく待っていて」
先生はそれだけ告げて祭壇の脇にある扉の中へ入って行く。実はあそこから厨房へつながっているのがウチの学校における食堂の特徴だったりする。
「やはり、そうでしたか」
ミーガンの謎めいた納得ぶりにオレはまたも狼狽える。
「何が『やはり』なの?」
「ドレイン・ドラゴンに襲われた。それを従えているのがブラッド・ジェット。彼らによる憎たらしいコンビプレーの餌食に」
図星を言われ、オレは観念したかのように俯いた。
「あれからブラッド・ジェットは王室を乗っ取り、暴政を働いているという話題が持ち切りなんですよ」
「嘘だろ?」
オレは強盗の新情報に驚きを持って食いついた。
「ジェットはクーデター組織『シャドウ』を率いて、ドレイン・ドラゴン二十体にペドラ国中を飛び回らせることで暗躍、これまでに魔法スキルを吸われた魔法使いの数は五千人」
「そんなにやられてたのか」
「もしかして、魔法新聞読んでないんですか?」
これまた図星だ。全寮制魔法学校という閉鎖的な空間で一日の大部分を過ごすオレたちにとっては魔法新聞を読むことが世間を知る鍵だったのに、オレは魔法のスキルを磨くことに夢中でついついそれを疎かにしていた。
「スキルを失った魔法使い、すなわち『落ち魔』のほとんどはシャドウの監視の下、強制労働を受けています」
「てことは、国王と王女も」
「こんなことハッキリと言うものじゃないけど、ジェットのことですから。例外なく王室の方たちもコキ使われてるんじゃないですか?」
「そんな、エメラインに何て伝えたら」
「どうしてそんなにエメラインを気にしてるんですか?」
スキル喪失や魔法新聞とはまた違う意味で突かれたくない所を突かれた。
「もしかして、惚れました? あのエスコートは彼氏だからですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
オレは自分の果てない無力さを嘆くようにため息をついた。その時、オレの皿の隣に、鶏のしょうが焼きとフォークを添えた新たな皿が据えられた。見上げれば、氷のトメガ先生が届けてくれたことが分かった。
「あら、折角届けてあげたのにありがとうの言葉もないのね」
「どうもありがとうございます」
心にチクッと来ながらも、ここはこらえて礼を返し、食事を再開した。
「それにしても、学校に無事に戻って来ることができて良かったですね」
「腐ってもオレはユースチャンピオンになった身だし、ひどい襲撃を受けたけど、その場でくたばる程ではないからね」
「むしろ奇跡と思った方が良いのではないでしょうか? ジェットはドラゴンの力で魔法スキルを吸った人間を、大抵は即『シャドウ』へ強制収容して、強制労働決定ですから」
ミーガンの言葉で、オレは今度こそフォークを落とさずとも、ハッとした。
「じゃあオレは、何で連れ去られなかった?」
「それは分かりません。もしかしたらあなたにまで残虐な目に遭わせたら災いが起きると思われたんじゃないですか?」
ミーガンは適当な推測っぽいことを言うと、黙々とグリーンピースのソテーを頂いた。
「でも、国王と王妃も例外なくコキ使われてんだろう? 何とかならないのかな?」
オレはやり切れない気持ちで天を仰いだ。
「実は私のお姉ちゃんが、『シャドウ』に対抗するための組織を率いているんです」
オレは思わずミーガンの方へ向き直った。
「名は『反乱党』。悪に反発する意味合いで名づけられました。実はお姉さんたちは、クーデター前から『シャドウ』の動きを見張っていて、今回の件をきっかけに活動を本格化させたそうです。強制労働で屋外で働かされている人たちをコッソリ誘い、グループに引き入れることもあるそうですよ」
「じゃあ、その『反乱党』ってのが、希望の光になるってこと?」
「是非とも期待していてください。クーデターの後、お姉さんが私に手紙をくれて、『シャドウを必ず壊滅させる、リーダーのブラッド・ジェットは超絶チャラそうでタイプじゃないから、潰しがいがある』と書いてました。それと、ここだけの話なんですが……耳を貸してもらえますか?」
オレは言われるがままにミーガンに耳を近づける。
「王室にてクーデターが起きた後、お姫様が一時アジトに身を寄せたとか」
「マジか」
オレは虚を突かれたように驚いた。
「場所は王室があるゼウスシティの隣町、エイルシティです」
「それでエメラインがオレの見舞いに来たわけだ」
「うわあ、そこまでは知りませんでしたよ。もしかして二人、恋しあっているとか」
「いや、別にそんなんじゃないんだけどね。ちょっとした、友達みたいな感じかな?」
オレは苦笑いして、誤魔化すように鶏をかじった。
「いずれにしても、その反乱党、よく覚えておく。君のお姉さん、アシュリー・エプシロンがリーダーをやっているってこともね」
「はい、是非期待していてください」
ミーガンはそう告げると、上機嫌に鶏の生姜焼きにかじりついた。オレもひとまず、食事を済ませようと、鶏の生姜焼きを噛みちぎる。
「これ、生姜の風味がまろやかで、美味しいですよね」
「確かに。噛みごたえも程良いし」
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