三章:こうしてオレは魔法スキルを奪われた
「お前こそがマジック・ファイトのユースチャンピオンだろ?」
謎の青年が当たり前のような顔をして問うてきた。オレは身も心も丸裸にされたような気持ちになった。
「あの試合、見てたのか?」
「ああ、プロの魔術師が集う大会には、磨き抜かれたスキルを誇る奴らが何人も集まるからな」
「お前もプロの魔術師か?」
「まあ、プロっちゃプロだけど」
「本当のプロはここの運転手みたいな素人を襲ったりなんかしない。それは魔術師精神に反する。何て汚い奴らだ。彼に謝れ! その後オレにも謝れ! こっちは昨日の大会で優勝したからエメラインに……て言うかベガ王室を表敬訪問しに行くところなんだぞ! 邪魔してんじゃねえよ!」
「そうカリカリすんなよ。ちょっとコイツがお前と遊びたいんだってさ」
「ああ?」
オレは不満を吐きながら謎の黒い竜を見つめ直した。すると竜が突然として雄叫びを上げる。この森の中どころか、抜けた先の町にまで轟かんばかりの激しさで、オレは思わずたじろいだ。
次の瞬間、黒い玉がオレの急所に飛び込んできた。モロに受けたオレは悶絶し、思わず全身の力が抜けてその場に両膝を突いた。
「やれ」
邪悪な声で謎の青年が命じると、竜が大地を揺らしながら数歩前に出る。
そして、口を開くなり煙幕のような薄黒いブレスをオレに吐きかけてきた。
急激な息苦しさがオレを支配する。オレの全身から一瞬にして酸素を奪ってしまうような、目に見えない拷問が、オレに死さえも連想させるほどの苦悶を与えた。
「オーケー、オーケー、戻っていいよ」
青年が馴れ馴れしく竜に命じると、竜はオレを睨んだまま再び大地を揺るがすほどの踏みしめ方で、元の位置に戻って行った。代わって青年が竜の前に立つ。
「さあ、オレと一戦交えてくれや」
青年の大胆不敵な誘いにオレは奇妙さを覚えた。あの竜の黒い息は何だったのかが気になって仕方ないのに、それを考えさせる間もなくケンカを売って来るとは、生意気も甚だしい野郎だ。
「このオレをナメやがって!」
オレは早速、懐から出した杖を振るった。
「……アアアアア……」
魔法名が出て来ない。思い出せない。オレは杖を突き出したまま、その場で固まっているだけだった。何故だ。我ながら天才級のスキルで、マジック・ファイトのフィールドを支配してから、まだ二十四時間も経ってないはずなのに。
「どうしたのかな? 魔法、忘れちゃった?」
「うるせえ! お前は黙ってこれでも食らってろ!」
オレは再び杖を振りかざした。
「……ウウウウウウ……」
やっぱり魔法名が出て来ない。ヤバい、ヤバすぎる。昨日の栄光が、音を立てて崩れていく。
「無理だよな、だってお前の魔法スキル、微塵も残らず吸い取ってやったんだから」
青年からの衝撃的なお告げだった。オレは奈落の底に落とされるような思いで、唇を震わせた。
「魔法スキルを……奪っただと!?」
「そうさ、このドレイン・ドラゴンはさっきお前に何をしたか。その息吹で、お前から魔法に関する記憶を一切吸い取ってやったんだよ!」
オレは目をひん剥いて青年を睨むしかなかった。
「お前はもうプロじゃねえ。今のお前は、文字通りのド素人なんだよ! ライトニング・ナックル・イリュージョン!」
青年の杖の先から飛び出したのは、常人サイズを遥かに上回る、青い稲妻に包まれた巨大な漆黒の拳だった。
ソイツが真っすぐに、オレの体の中心を撃ち抜いた時、電流がオレの全身を引き裂くような激痛を伴って包み込んだ。悪魔が生んだ怪獣に体をかじられているようで、オレは叫び声すら上げられなかった。
それ以降の記憶は、完全に断ち切られた。
気が付けば、オレは横になって、どこかくすんでいる天井を見上げていた。どうやら救護院に運ばれて、ベッドで横になっているようだ。
「大丈夫ですか?」
繊細な少女の声が聞こえる。オレはその声の正体を見て、驚愕した。
「エメライン!?」
オレは憧れの麗しき乙女の存在に、衝動的に飛び起きた。
「ああ、いけません。まだ安静にしていないと……」
「アイタタタタタ……」
オレは謎の竜や青年の襲撃のダメージを思い出し、疼く体に悶え、再びゆっくりと横になった。
「で、オレ、結局どうしたの?」
「あなた、ひっくり返った馬車と、それを運転していたおじさんと一緒に倒れていたんですって」
「ああ、そうか……」
「あそこはドライアッドの森と言いまして、そこに棲むヴェルデという種族の妖精が騒ぎを聞いていて、天に向かいSOSを出したのですよ。それであなたたちは無事に発見されたのです」
「そうか……で、君は!」
オレはエメラインがここにいる事実が信じられないことを思い出し、再び急に飛び起きたもんだから、また疼く体に悶えなければならなかった。
「ダメですよ、安静にしていないと」
「ごめんなさい」
オレは平謝りしてゆっくりと横になる。
「何で、ここにいるんだ? 王室で、オレを待ってたんじゃ……」
「そうなんですが、実は……」
天の恵みのような優雅な顔立ちが、悲しげに崩れ始めた。それを見たオレは、彼女がただオレを見舞いに来ただけじゃないことを感じ取った。
「ドレイン・ドラゴンと、ブラッド・ジェットに、王室を襲われてしまい、そこから隣町であるここ、エイルシティに逃げ込んできました」
「ドレイン・ドラゴンと、ブラッド・ジェット?」
「私のお父様のウィリアム国王も、お母さまのレニー王妃も、あのドレイン・ドラゴンの黒い息に巻かれた瞬間、一切の魔法が出せなくなりました」
「オレと一緒だ……」
落胆するエメラインを見ながら、オレは慄いた。
「やっぱりオレ、『天才マジック・ファイター』から『ただのマジック・ファイター』になっちまったってことか」
「いいえ、マジック・ファイターでも、魔術師でもなくなるのです。あのドレイン・ドラゴンの黒い息に巻かれたら、一切の魔法スキルが奪われるのですよ。大技どころか、基本的な魔法さえも使えない状態になるのです。何故なら魔法に関する直接の記憶が一切消えてしまいますので」
それを聞いた瞬間、オレは信じられなさ過ぎて頭を抱えるしかなかった。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なわけないだろ。魔法スキルの一切を奪われたんだからな。国王と王妃、すなわち君のご両親もそんな風になるなんて……もう世の中ムチャクチャだよ!」
「私も、人が命と等しいくらいに大切している魔法スキルを奪う人間を、絶対に許したくありません」
エメラインは、涙をこらえながら語ると、ハンカチで目元を添えるように拭った。
「いけません。私はベガ王室の令嬢です。こんな時こそ、私だけでも気丈にしておりませんと」
地上に舞い降りた織姫のような少女の健気さに、一瞬オレはこの世の緊急事態を忘れかけた。だが、オレは首を振って雑念を追い払うと、再び真剣な話に戻る。
「ドレイン・ドラゴンとブラッド・ジェットは、どうやって王室を襲ったんだ?」
「彼らの手口はこのような形でございます。まずはブラッドがドレイン・ドラゴンに乗り、多数の取り巻きを連れて庭に現れ、宮殿を破壊すると脅しをかけました。衛兵たちが一斉に彼らに立ち向かいますが、皆、返り討ちにされ、魔法スキルを吸い取られてしまいました。騒ぎを聞きつけたお父様とお母様がブラッドの方へ向かいますが、ご両親もドラゴンに魔法スキルを吸い取られ、ブラッドの攻撃魔法でトドメを刺されてしまいました。それを宮殿の玄関口から見ていた私は、怖くなって、裏口から逃げ出したのです」
戦慄の走る詳細に、オレは言葉を失った。
「オレが襲われた相手も、ドラゴンを連れていた。多数の取り巻きもいた。なあ、そのブラッドって、両肩一杯に大きな棘を生やしたローブを着ていなかったか?」
「その方こそ、ブラッド・ジェットでございます」
オレはワケが分からなかった。ブラッドの奴は、オレだけじゃなくて、何故王室まで襲ったんだ? そして何故、オレに限らず、国王や王妃の魔力まで奪うのか。
「クソ、アイツめ! オレが魔法スキルを吸われていなかったらやり返せるのに!」
「その身では、ブラッドに一矢を報いることは不可能ではないでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ、そしたらオレは……」
「言いづらいのですが、ド素人」
「ああ、もう勘弁してくれ!」
オレはワケも分からず、布団に顔を伏せて絶叫した。
「ここは個室ですが、そんなに大声を挙げたら隣の部屋に漏れ聞こえますよ」
「だって、魔法スキルの一切を奪われるって、それほど屈辱的なことないじゃん! 天才マジック・ファイターもう名乗れないじゃん! 天才どころか魔術師さえも名乗ることができないってことだろ? もう人生絶望するしかないよ。オレには魔法しかないんだよ!」
「まあ……」
エメラインの同情のため息が、かえってオレの胸を締め付けた。
「実は私、ブラッドから告白を受けたことがあるのです」
「何だって!?」
オレはさらに耳を疑った。
「王室はこの国を治める立場で、私もお姫様としてそれに携わる以上、世間というものを知らなければと思い、街へ繰り出すことがあったのです。無論、執事同伴ではございましたが。街を歩いていると、一人の刺激的な見た目をした青年が私に声をかけてきました」
「それが、ブラッド・ジェットなのか?」
「ええ、彼は見た目とは裏腹な好青年で、紳士的な態度だったので、私は彼との交際を始め、王室へ招きました。ところがお父様の目には、トゥルース・スキャンという、相手に関する、自分たちの知らない真実に関する能力がございまして」
「どうしたんだ?」
「お父様曰く、ジェットは黒い竜を連れた、悪魔の血を引く邪悪な男であることが分かったのです。そこでお父様は、呆然とする私たちを尻目にジェットをモメンタルワープで飛ばしてしまいました。モメンタルワープは二十四時間に一度使用可能な魔法で、相手を強制的に本人の住処に帰してしまうのです」
「てことは、ジェットのやったことって、無理矢理別れさせられた仕返しなのか?」
「端的に言えば、そうでしょう」
「じゃあアイツ、何でオレまで襲ったんだ? オレが王室に来るってことも知ってたのか?」
「そこまでは定かではございませんが……」
「いずれにしても卑劣な野郎だ。アイツを止められる方法はないのか」
「分かりません……」
エメラインの消え入りそうな声と悲壮感に満ちた表情に、オレはやり切れなさを感じた。目の前にいる惚れたお姫様を慰めることもできず、オレは申し訳なくなって、自分の腹を拳で叩いた。
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