二章:謎の青年が漆黒の竜を連れて祝勝会への道の邪魔をしてきた

 運命の日。


 オレは普段生活しているフュージョンシティ魔法学校の寮の一階にある、広間に降りた。早速周囲の寮生たちがオレに群がってくる。彼らは満13から18歳まで、6学年にわたる魔法界の未来を担う者たちだ。まあオレは、その魔法界の未来とやらをひとつ掴んでしまったのだが。


 この学校は全寮制で、六つの寮が設けられている。オレが生活する寮はスカイスター寮だ。


「昨日はおめでとう」

「いよいよ今日、祝勝式だって?」

「ああ、おかげで今日一日、学校の授業にも出なくていいってさ。これもグランドチャンピオンに与えられし副賞って奴か? まあ、皆さんには味わえない体験だから、大船に乗ったつもりで祝福されてきますよ」

 オレは上級生相手にも構わず、自慢気に胸を張った。


「ハーバート、グランドチャンピオンおめでとう」


 群衆をあくせくかき分けてオレの前にやって来たのは、ルナ・ギェナー。はっきり言って劣等生da黒ぶちメガネで、ハッキリ言ってオレのタイプじゃない。エメラインと比べようという気さえ起きない、ベタベタな見た目の女の子だ。黒ぶちの眼鏡大きめのメガネで他と差別化図ろうとしてるんだろうけど、結果は堅物同然の仕上がり。て言うかそれじゃあハッキリ言って見掛け倒しだよ。


「ああ、どうも」

「ちょっと、どうして素っ気ない顔してるの」

「心配なんだよ」

「えっ、この私と離れて寂しいとか?」

「勘違いするな」

 ルナの色めきだった目が、ちょっと不機嫌になる。


「毎度魔法化学の実験で爆発起こしてる癖に。だから劣等生da黒ぶちなんだよ」

「何かの間違いよ」

「お前の脳みその構造が間違ってんだ」

「何と嫌味な」

「オレは現実を説いてるだけだよ。お姫様待たせたくないんで早く行かせて欲しいな」

 オレはドライにルナをいなし、野次馬たちの空けた道を通った。


 校門前では、まんまリンゴのような形をした荷台を率いた馬車がすでにスタンバイしていた。と言うかその特大リンゴは、てっぺんから底まで甘美なほどに鮮やかな色彩を誇っている。チャンピオンを出迎える馬車としては上等だから心の底から笑みがこぼれた。そしてリンゴにつながれた二頭の馬の純白っぷりはまるで体一つで銀世界を表しているような壮大さだ。


「さあ、お乗りください」

 いかにも上品に召した馬車の運転手が右手を荷台の方へ差し向けて僕を案内する。僕はこの馬車であのエメラインに会いに行くのだ。臓器の大きさが分かりそうなぐらいの緊張感を胸に、僕はそこへ乗り込んだ。


「それでは、これよりベガ王室へ参ります」

 荷台が引かれるちょっとした重力と、馬が蹄と地面を当てる牧歌的な音で馬車が動き出したんだと実感した。これはエメラインとの距離が、文字通り縮まり始めたことを意味する。さあ、何て話せばいいんだ。それよりもこのオーバーにも思えるドキドキは何だ。堂々と話したいから静まって欲しいと念じたが、そんな望みとは裏腹に、「緊張」の二文字はドス黒い血みたいな色に染まった石みたいな形で、オレの胴体の中で居座っている。と思えば、いきなり荷台の中が、下から優しく突き上げられるような浮力に支配され始めた。


「すみません、何かこの馬車、浮きましたが?」

「ええ、この馬車は、空を飛べますから」

 というのが運転手の返答だ。正直これはこれで不意を突かれた。

「もしかして、フローティー・ダストですか?」

「ああ、その通りだ」


 と言うのが運転手のアンサーだ。そうだ、フローティー・ダストがあれば、例え翼がなくたって、人も動物も物も浮遊できる、もとい空を飛べるわけだ。仮にあの二頭の馬に翼があったら、右側の馬の左の翼と、左側の馬の右の翼がぶつかりあって話にならないところだしな。

なんて考えて緊張を和らげようとしたが、その二文字は変わりなくオレの胴体の中でふんぞり返ったままだ。


 馬車が空を飛べば、地上を進むよりも早く、エメラインとの距離が縮まる。ああ、どうしようどうしよう。何か体がムズムズしてきた。思えばあの表彰式の時、エメラインの天の恵みそのもののような可憐な顔を見てから胸騒ぎがかすかに始まっていた。時間が進むにつれて、ゆっくりと段階的に激しくオレの心を乱していった。


 さっきルナたちに囲まれていた段階ではまだそこまで大袈裟じゃなかったから見た目上はクールに振る舞えたけど、今、独りぼっちで王室に向かっているのだと思うと、本音が顔や体の表面ににじみ出す感触がする。


 オレのほっぺ、今、ちょっと赤くなってない?


 いやいやいや、それじゃあダメだと緊張の二文字を振り払おうと全身を揺さぶってみたけど、顔の火照りも胸のドキドキも絶妙な安定感でしつこくオレに絡みついたままだ。

 だがここで緊張に耐えられず『引き返してください』って運転手に頼んでみろ。それこそ男の恥、チャンピオンの面目も丸潰れだ。これはオレに課せられた、優勝の先にあるもう一つのミッションだ。天才魔術師、ハーバート・ギャラクシアスは何だってこなす。何だってクリアしてみせる。エメラインだってモノにして見せる。


 最も、マジック・ファイトだって緊張する要素満載じゃないか。大観衆の目、実力ある対戦相手から放たれるオーラ。だがオレはその中で堂々と戦ったからチャンピオンになれた。惚れた女子一人と向き合うことぐらい、何のことはないさ。例えそれが、絶世の美しさを誇る王室令嬢であってもだ。


 そんなことを考えながら、荷台全体にかかる浮揚感を味わっていた時だった。突然、外で何かがぶつかった音がした。魔法の弾でも当たってきたか。

「しまった! 地上に降りるぞ!」

 運転手がただならぬ声を上げたかと思うと、馬車の高度が段々と下がっていくのが、下から柔らかな圧力が突き上げることで感じられた。草地が擦れる音が響き渡る。


「一体、何をするんだ!」

「お前の後ろに乗っている奴を降ろせ」

 怪しげな青年の声が聞こえるなり、オレの中でそれまでとは全く違う意味での緊張が走った。


「何故だ」

「いいから降ろせ!」

 怒号が聞こえたかと思うと、運転手が稲妻か何かで撃たれた恐ろしい音が走った。馬たちの恐れおののく鳴き声が、外で起きている事の重大さを物語っている。オレは慌てて荷台から飛び降りる。すると、運転手は紳士的に整った服装がコゲコゲになり、グロッキー状態になっていた。彼は震える手で前方を指す。オレがそちらを向くと、馬車よりも二回り程、高さも幅も上回った漆黒の竜がいた。


 ドラゴンの黄色く光る眼が見てくれの猟奇性を引き立てている。ソイツの隣には、黒ずくめの、両肩一杯に大きな棘を生やしたローブを身にまとった青年が佇んでいた。奴らの背後には、漆黒の外套をまとい、フードを目深に被り、真っ黒のホウキを立てた取り巻きのような連中がゾロゾロとついている。


オレは馬車の面前に進み出て奴らを睨んだ。


「お前が噂のハーバート・ギャラクシアスか」

 謎の青年は陰のある口調でオレの名を呼んだ。

「何で知ってるんだ!?」

 オレは仰天して聞き返した。

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