マジックファイターが色々奪った奴にブチかます

STキャナル

一章:天才マジック・ファイター、ハーバートが運命の勝負に挑んだ

 美味しそうなラスト・ターゲットに、思わず口角が少しばかり上がる。お前が取り繕った殺気を帯びていようと、オレに食われる運命に変わりはない。

「勝負は五分、三ラウンド、魔法以外による攻撃は一切禁止、それでは参ります、パラ・ベルム!」


 審判が叫んだ瞬間、入場口の上にそびえ立つ塔から重厚なつり鐘の音が鳴り響いた。

 その瞬間、オレと対戦相手は互いに、十二メートル四方の闘技場の中央から距離を取る。着慣れた紺色のローブに身を包んだオレは、両目でしっかりと、鮮やかなアクアブルーのローブをまとった対戦相手を見つめていた。奴の名はヴィクター・ザルツマン。水を変幻自在に操る魔法攻撃で、立ちはだかる強敵どもを敗退の渦へ葬ってきた男だ。だが並居る強豪を叩き潰してきたのはオレも一緒。稀代の天才が放つ星の魔術を堪能するがいい。


 自然と戦いの時を待ち望む大歓声が、ペドラ国立闘技場を包む結界をすり抜けてオレの両耳に流れ込んでくる。無理もない、これは十八歳以下の最強の魔術師を決めるマジック・ファイト・ユースチャンピオンシップの決勝戦だ。

「行くぞ! スター・チョッパー!」


 オレは掛け声とともに、木製のハンドサイズの杖の先から早速手裏剣のように鋭利な星を放った。ザルツマンがさっと避けると、星の手裏剣が結界で弾け飛ぶ。

「アクア・トルネード!」


 奴は早速、杖を真上へ向かってクルクルと回す。早速直径一メートル程の渦潮が姿を現した。奴が杖にスナップを利かせると、渦潮が飛んできやがる。だからオレは転がるように横へ飛ぶ。大破した渦潮のかけらが、冷たい飛沫となってオレの身に被せられたが、かろうじてまとまったダメージは避けた。


 しかしオレが体勢を立て直して再び正面を向いた時だった。

「アクア・スネーク!」

 そんな叫びが聞こえたかと思うと、突如オレの眼前に水でできた蛇が飛び込んできた。奴は勢いのままにオレの体に巻きつき、オレの両腕ごと一気に締め付けてきやがった。


 不条理な重力がオレの腸を、あらゆる五臓を、ひとつ残らずありとあらゆる方向から潰しにかかってくる。コイツ、水じゃないのか? 水の癖に何故ワイヤーのように強靭な肉体をかましてきやがる!?

 いや、このヘビ野郎がどんな野郎であれ、オレはこんな奴に屈するわけにはいかない。栄光が目の前に迫ってんだ。誰にもオレの息の根を止めさせはしねえ。オレは呼吸を奪われる苦しみを必死でこらえながら、声を絞り出した。


「ギャラクシー・ジャケット!」

 完全に下を向いたオレの杖の先端にあるコアが光り輝き、銀河のような煌きをまとった蜂が無数に飛び出し、一気にアクア・スネークの周囲に群がった。スネークが突如として断末魔の悲鳴を上げるや否や、オレの胴体を縛り付ける傲慢な圧力が緩められ、オレはやっとこさ新しい酸素を受け入れることを許された。なおもアクア・スネークは銀河蜂(ぎんがばち)の集中砲火を受けながら、右往左往に逃げ惑い、最後には血迷ったか結界にぶつかってその身はまたも飛沫となって砕け散った。


「ザルツマンに直接攻撃だ!」

 オレの指令で蜂どもが一斉に対戦相手の方へ飛びかかっていく。しかしザルツマンが杖を振り抜くなり、地面から急速に水のバリアが姿を現し、そこにぶち当たった蜂どもが撃ち落されていった。バリアが消えると、銀河蜂に襲われずに済んだ安堵からか、自分の防御力の鷹さに陶酔しているのか、誇らしげな顔でオレを見つめるザルツマンがいた。世間じゃそんな仕草する野郎をナルシストと呼ぶことには気づいているのか。


「ドヤ顔するんじゃねえ! シロガネ!」

 オレはザルツマンを一喝するとともに、再び杖の先から手裏剣状の、正に純銀にさんざめく星を繰り出した。スター・チョッパーよりも一回り大きなシロガネはザルツマンの頭上を大きく超える。

「フッ、どこに投げてんだ、それでもファイナリストかよ?」


 ナメたような言われ方だが、それが今、お前が見せた詰めの甘さだ。大きな弧を描いたシロガネは、見事にとんぼ返りし、奴の背中へ向かっていく。ところがザルツマンは、シロガネに対して振り向かぬまま、身をかがめて見せた。めり込むはずの背中を通り抜け、シロガネはオレの胸元をえぐるように直撃した。オレは衝撃をモロに受けるがまま、後ろに倒れ込んだ。


「それはお前が準々決勝と準決勝で使った必殺技への布石。三度も同じ手が上手くいくと思っているお前が甘いんだよ!」

 見透かすようなザルツマンの罵倒に歯を食いしばりながらも、オレは懸命に立ち上がらんとする。


「アクア・バルーン」

 ザルツマンは愉快犯のような調子で、杖の先から、人一人包み込むほどの大きさまで水風船を膨らませ、こちらに飛ばしてきた。風船のイメージに逆らい、ソイツは急速にオレに迫る。


「ギャラクシー・スピアー!」

 オレは咄嗟に杖の先端から棘を突き出した。槍と化した魔法の杖で水風船を叩き割り、まるで巨大な落石が運河に飛び込んだかのように大量の水滴が激しく飛び散り、オレの身に浴びせられる。奥からザルツマンがオレとの間合いを詰めてきた。


「アクア・トルネード!」

 ザルツマンが再び、杖の先から渦潮を起こし、至近距離でオレに放った瞬間だった。

「ワン・エイティ!」

 オレは咄嗟に煌く結界を張り、襲いかかる渦潮を百八十度反対の方へ跳ね返してみせた。ザルツマンと渦潮がものの見事に同士討ちした。びしょ濡れで吹っ飛んだザルツマンが悶々としながら立ち上がろうとする。


「光明の結晶よ。我に力を与え、たどり着くべき場所へと導け」


 オレが突き上げた杖のコアが、ゆっくりとその光を強めていく。やがてソイツは、アイツが放つちゃちな水風船さえも食うレベルまで膨大化した。


「ギャラクシー・メテオ・ダイナマイト!」


 オレの叫びをトリガーとして、特大の光の隕石がザルツマンに向けて一直線に放たれた。その瞬間、十二メートル四方の闘技場が、耳をつんざくような爆音の連続とともに、一瞬にして猛々しい煙に包まれた。


 煙が晴れると、ザルツマンは文字通り大の字でグッタリしていた。審判が奴に駆け寄ると、即座に鐘に向かい指を差し向けた。場内が大歓声に包まれるとともに、あの重厚な鐘の音が試合終了を告げたのである。


「勝者、並びにマジック・ファイト・ユースチャンピオンシップ優勝者は、ハーバート・ギャラクシアス!」


 激しいブーストのかかった歓声に包まれながら、オレは審判に掲げられた右腕を堂々と観衆に見せつけてやった。そう、このオレ、閻魔様をもひざまずかせる程のスキルを誇る魔術師に、勝利の女神様も両手を広げて祝福した。

 オレこそがマジック・ファイトの天才、この栄光も必然、誰もオレを止められやしないのだ。だからこの時のオレは、広々とした闘技場のド真ん中で、いつまでも人生最高の喜びを全身で浴び続けた。


 表彰式でオレは、金色に輝く荘厳な塔を模した優勝トロフィーを差し出された。僕はそれを受け取りながらも、本当の注目はその向こう側にあった。プレゼンターを務めたのが、何でもここペドラ国を治めるベガ王室の令嬢、名はエメライン。 

 さらさらとした黒髪からプリンセスにふさわしい優雅さが伝わってくる。目元は上品な円を描き、大きな茶色い目から穏やかな視線が送られている。小さくまとまった鼻、桜のような趣さえ感じさせる唇、触らずとも見るだけでオレを安心させてくれる肌艶。果たしてその見事な美貌は王室の令嬢だからか。例えそうでなくても、これ程可憐な少女を、人生で見たことがない。


 何だこの子、超絶可愛い。付き合いたい。


「あの……」

「ええ。明日、是非王室に来てください。そこであなたを大いに祝福いたしますわ」

 オレの言いたいことを一瞬で汲み取ったのか、それともあらかじめ頭の中で仕込まれた台詞をなぞっただけなのか、何れにしても、エメラインからのお告げは、オレの周りの景色を、修羅の闘技場から一瞬にして天国そのものへと変えてしまわんばかりだった。余りに都合良く事が進み過ぎて怖いと思ったけど、それでもオレは、一思いに喜びを曝け出したくなって、トロフィーを天に突き上げた。


「よっしゃああああああああああっ!」

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