第二章 ~僕らの善戦、奴らの伏線~

第十七話 逃げるし恥だし役立たず

 鳥のせせらぎが聞こえる。

 暖かな陽が俺の顔を差して目を覚ました。


 俺の目は少し虚ろだ。体に力も入らない。

 眠いだとかではない。俺は平日の昼間からネット小説を読んでいるような者とは違うからな、フフフ。

 俺は一人で気持ち悪い笑みを浮かべる。


 俺の名は藤本陸人。茶髪にボサボサの髪を携えた今時やさぐれボーイである。

 そんなごく普通の俺だが、今は謎にゲームの主人公をさせてもらっている。しかもそのゲームをクリアしないとこの街よろしく世界すらも吸血鬼に支配されるらしい。

 そんなとてつもない責任を背負わされた男、それが俺だ。


 俺は布団を股に挟みながらゴロンと寝返りをうつ。

 しかし別に俺はそのプレッシャーで鬱になっているわけではない。確かにこれからの事を考えると少しは怖くもなる。だが今の俺には頼りになる仲間がいる。それだけで今の俺は十二分に支えられているのだ。


 俺は時計の針を見る。まだ十一時だ、あと一回は寝れる。

 謎の確信を得た俺は、枕に顔を押し付けながら退院の日のことを思い返した。




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 俺が病院を退院する日、ヒサメと桃子ちゃんが見送りに来てくれた。翔は俺より先に退院していて今回の見送りには来なかったようだ。

 薄情な奴め……。


 しかし今の俺にとってあんな奴は正直どうでもいい。勝手に家にでも籠もっとけ。

 俺は目を険しくし、見送りに来てくれた二人をまじまじと見つめる。


 ヒサメは長い黒髪を結んでポニーテールにしている。ゲームで生まれたキャラだからなのかは知らないが、ヒサメは作られたかのように顔が整っている。キリッとした佇まいからは優秀な秘書みたいなオーラが溢れ出ていて、典型的な美人ってやつだ。

 あと…胸が…凄いです……。


 俺はヒサメを舐め回すように見た後、視線を桃子ちゃんに移す。


 そして本日の目玉である桃子ちゃん。

 可愛らしいクリンとしたおめめに肩に届くか届かないかくらいのショートヘアがよく似合っております。

 さらに極めつけはこの小さなお口! こんなので〇〇〇が咥えられ(ry


 とにかく桃子ちゃんは……可愛かった。

 何か言いたげにモジモジしている仕草もドチャンコかわゆすでござった。


 俺は顎を親指と人差し指で擦りながら二人を見続けた。客観視するとただの不審者である。主観でもただの不審者であった。

 まぁ人間自分がどんな風に見られているかなんて、自分では分からないもんだ。いつも気付いた時には手遅れなんだもの。

 今回も例のごとく不審者まがいの俺にヒサメが


「あの、あんまり気持ち悪い目つきで見ないでもらえます?

 胸元ばかり見ているのがバレバレですよ。」


 と軽蔑の眼差しを向けながら言ってきた。

 この突然のヒサメの言葉に俺は酷く動揺した。まさか女性が視線にここまで敏感だったとは……!

 いや、落ち着け俺。ここは焦らないで上手く誤魔化すんだ。


「ちゃ、ちゃんと全体的にバランスよく見とるわい!」


 失敗しました。


 俺は羞恥に晒され、ヒサメは呆れた顔でやれやれと首を横に振っている。

 なぜ俺はいつも変な空気にしてしまうのだろうか……悪気はないのに。

 

 俺がその空気に泣きそうになったその時、俺は桃子ちゃんがヒサメの胸を見てから自分の胸元を見て愕然としていることに気づいた。


 何ということだ!

 決して桃子ちゃんは貧乳ではない!ヒサメが大きすぎるだけなのだ!

 それを俺が二人の胸を交互に見たせいで見比べていると勘違いさせてしまったのだろうか。

 なんということだ。俺は罪悪感を感じ慌てて話題を変えようと


「な、なぁヒサメ!

 その本、なに読んでんの?」


 と絵に描いたような苦笑いを浮かべながらコミュ力が無い事を露呈させる話題を振ってみせた。


「あぁ、これですか。

 如何せん私は一度気になるとその事に熱中してしまう性格のようでして、今は電車についての本を読んでいます。」


「へ、へ~。

 女子力のかけらも無い本を読んでるんだね!」


「……。」

「……。」


 俺の素晴らしい返答で空気が更にいたたまれなくなってしまった。

 俺は自身のしてきた一連の行動を思い返し、その酷さに愕然とする。今思えば普通はしない事だと分かるのに、なぜその場では普通の事をするという事すら出来ないのだろうか。

 あぁ、俺はただ退院するだけというミッションすら完遂できないのか。こんな空気の中帰りづらいし……もう耐えられん……。


 俺の苦笑いが崩れそうになったその時、


「そ、そういえば……」


 桃子ちゃんが口を開いた。

 なんてこった! 君はこの空気を打破してくれるというのか。あぁ、ありがとう僕の天使よ、君のアガペーは僕の全身を包み込むかのような……


「そ、その、陸人君が吸血鬼と戦ってた時に私が陸人君の事を好きって言ったのは元気づけようとして言ったっていうか、ただの勢いなんだから勘違いしないでね!」


 そう言ったあと桃子ちゃんは顔を赤くし、逃げるように走り去ってしまった。


「え……。」


 俺は口を開けて走り去っていく桃子ちゃんを眺めた。

 なにこれ、え、なにこれ……。


 俺はもちろん好きですと言われた事は覚えていた。というか頭の中でずっと思い返していた。

 しかしならなぜもっと早くに桃子ちゃんに俺も好きだと言わなかったというとそこは童の貞、サクランボ少年の僕ちゃんはあちらからもう一度言ってくれるのを待っていたのだ。―――だって自分から言い出すの怖かったし。


 俺の、馬鹿野郎……。


 そんな俺を見かねたヒサメが俺の肩に手を置き、慰めの声をかけようとしてくれる。


「あ、あの、これ私からのプレゼントです。

 これで元気だしてください。……プフッ!」


 こいつ……笑うのめっちゃ我慢してるじゃねぇか。

 俺はヒサメに憤りを感じつつも、それでも少しは励まそうとしてくれた心遣いに感謝し渡された物に視線を移した。



『Blu-ray版:結婚できない男』


「やかましいわ!!!」


 俺はそう捨て台詞を吐いてその場から逃げるように走り去った。



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 そして、今に至る。

 つまるところ桃子ちゃんが俺を好きじゃなかっという事実で俺は傷心中なのだ。


 起き上がろうにもベッドが俺を離さない。今の俺の恋人はベッドだな。

 そんなチェリージョークを頭の中に浮かべつつ、俺はもう一度眠りについた。

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