第十六話 決意の朝に

鳥のせせらぎが聞こえる。

暖かな陽が俺の顔を差して俺は目を覚ました。


目の前には真っ白な天井が広がっている。

俺は寝そべったまま天井を見つめる。


ここは、病室か。

車が突っ込んできたんだし、通行人の誰かが救急車でも呼んでくれたのかな。

レストランで吸血鬼と会った時は死ぬかと思ったが、まんまと俺は生き残ったようだ。


それでも、失った物は大きい。

莉子……。


俺は今更彼女の事を思い出して胸を痛める。


それに吸血鬼との戦いで俺は右手も失ったんだっけ。

俺は自分の両手を顔の前に持ってくる。

左手はちゃんと手首から先があるっていうのに右手は手首から先がある。

全くなんてこっ……え?


俺はもう一度自分の右手を見直す。

あの時俺は確かに右手を切り落としたよな? それなのに今俺の右腕に手が…


「「 ある!!!!!!!! 」」


俺が身を起こし大声で驚いたのと同時に隣のベッドからも同じ声が聞こえてきた。

俺が横を向くとそこにいたのは陸人だった。


「「なんで、お前がここに?」」


またも俺と陸人は同じことを言った。どうやらどちらもさっき目覚めたばかりで状況がよく分かっていないようだ。


……ここまで綺麗に二度もハモってしまったせいか次に言う事もハモらなければいけないのではないかという緊張が二人の間を走る。


二人は目を合わせ相手の出方を伺っている。頬を汗が流れる。

お互い簡単に口を開くことが出きない状況になってしまった。


俺は陸人と共に過ごしてきた11年間を思い出す。俺達が今言うとしたら、何と言うのだろう。


ここは病院だ、陸人もいるという事は吸血鬼と戦ったんだろう。

ならば労いの言葉でも掛けるべきか?

それとも病院に関することを言うべきだろうか。

病院…医者…ナース……



……ナース?!


俺の頭に稲妻が走る。

そうだ、今言うならこれしか無いはずだ!

俺が頷くと陸人もコクリと頷いた。

俺が一言目の『な』の口の形をすると陸人はニヤリと笑った。

流石俺の幼馴染だ。


それじゃあ行くぞ、せーの。



「「ナースってやっぱ興奮するよな!!!」」


俺と陸人は歓喜し、ハイタッチをした後腹を抱えて笑う。


「ぎゃははは!!やっぱナースはいいよな!!!」

「翔は小3の頃からナースに目覚めてるもんな!

 またナース物のエロ本貸してくれよ!!」


俺と陸人が美しい思い出を語らいながら前を向くと、そこには俺達をずっと看病してくれていたのか桃子が座って俺達を見ていた。ゴミを見るような目で。


前言撤回、最低な思い出でした……


いや、俺に関してはまだいいか。

それよりも問題は陸人だ。陸人って確か桃子に片思いしてたんじゃ…


俺が陸人の方を見るとそこには見たこともない顔で汗をダラダラ流す陸人がいた。

桃子は悲しそうな顔で下を向いてしまう。


……最悪な空気を病室が流れる。

俺の向かいのベッドのおじさんはトイレに行きたそうにしているが、この空気の手前行きづらそうにしている。すまん…おっさん…。


すると桃子は突然笑顔になり前を向いた。


「おはよう! 二人とも!

 目が覚めたみたいで良かったよ!!」


あ、無かった事にしてくれたんだ。

俺もおっさんも助かります。


「おぉ、俺達もずっと看病してもらってたみたいで悪いな。

 なぁ? 陸人。」

「おおお、おぉ、ほおんとに看びでょうしてもららってたみたぁでゅふ。」


どんだけ動揺してんだこいつは。

桃子はそんな陸人を見て笑いながら俺達に状況を教えてくれた。俺の知らないゲームの事や陸人の身にあったことまで詳しく説明してくれた。


まさか俺の知らない所でそんな事が起こっていたとは……


桃子が丁寧に説明してくれたおかげで俺はなんとか現状を理解する事が出来た。

しかしそれでも一つ分からない事がある。


「なぁ、桃子。俺達の腕の事なんだが…どうして治っているんだ?」

「あー、それはね私の能力で治したのです!」


桃子が胸を張ってえっへんと言い切った。

「あぁ、お前も能力を手に入れたのか。治してくれてありがとな。

 そんでそれはどういう能力なんだ?」


「私の能力はねー、触れた物をどんな物でも細胞レベルで分離、結合出来る能力だよ!

 今から翔君に触れたら二つに分けて天国送りに出来るんだよー。」


桃子がニヤニヤしながら俺に手を近づけてくる。


え、つよ……。

なんか俺の1m以内で本を見せる能力が悲しくなってきた。


「なぁ陸人、桃子の能力応用も効くしめっちゃ強くないか?」

「おおお、おぉ。ここっこんなの世間が許してくりゃーせんよ。」


動揺し過ぎてどっかのオタクのインタビューみたいになってるじゃねぇか。

まぁ陸人はもういいや。そんな事より……


俺はこれから大量の吸血鬼と戦わなくてはいけないという事を想像し、少し気が落ちる。


今から俺達は吸血鬼を殲滅するまで戦い続けなくてはならない。

だけど、吸血鬼一匹倒すのにこんなに苦労したってのに、誰一人欠けずクリアなんて出来るのだろうか。


いや……俺は皆を守るって決めたんだった。出来るかじゃない、やるんだ。これ以上俺の大切な人達を失ったりするものか。


すると陸人が急に右腕を俺達の前へ伸ばした。

俺と桃子はその行為の意味を理解し陸人の手の上に手を重ねる。

俺達の目を見ながら陸人が喋り始めた。


「これから俺達は何度もピンチにあうだろうし、死にそうにもなると思う。

 だけど…いや、やっぱカッコいい言葉なんて思いつかねーや。ただ一つだけ、これだけは言わせてくれ。」


陸人は息を大きく吸い、力と心を込めて叫んだ。


「絶対に皆でゲームをクリアするぞ!!!」

「「おぉ!!!!!」」


そして俺達は高らかに手を上へ上げた。

三人で顔を合わせ笑い合う。

俺はこれから始まるであろう激動の日々を想像しつつも、今の空間に心を落ち着ける。


俺は今三人でいられる光景を脳に焼き付けた。

この大切で、掛け替えのない日々を俺は必ず守ってみせる。


必ず…この三人でまた元の日常に戻ろう。



陽だまりの差す病室で、三人の若者達が約束を交わす。

必ず、生きてこの日々に帰ってくると……。




―――「序章 ~約束の三人~」 完

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