第十一話 REBIRTH

『拷問教典』

:一ページ毎に拷問について書いてある本を両手の平から出し入れすることが出来る。


開きたいページを念じればそのページがひとりでに開く。


相手にページを見せた時、そのページに乗っている拷問のダメージを相手は受ける。(ただし1m以上離れた距離から見せても効果はない。)


本を出し入れできるのは必ず両手の平からのみ。:



拷問教典、これが俺の能力か。

この能力、初見には強いが知られると弱い。

短期決戦で決めに行くべきだな……


「ヒャハハハ!

なんださっきまで泣きじゃくりながら俺たちにいいようにされてたくせに急にいきづきやがって。

言っとくがそんな威勢はすぐに剝がれるぜ?

1,2発殴っただけで無様に逃げてくやつなんて腐る程見てきたからなぁ!」


ちょっと前の俺だったら確かにそうなってたかもしれない。

だが今の俺は違う。

何度も何度も過ちを繰り返してようやく生まれ変わったんだ。

莉子はもう帰ってこないけど、陸人と一緒に戦うって事ならまだ間に合う!

俺は絶対に後ろを向いて死なない……そう誓ったんだ。


俺は床に横たわっている莉子を見る。

これ以上莉子を傷つけさせられない。

そう思うと俺はポケットに包丁をしまい階段を登った。

階段を登るとそこには扉があり、扉の先は屋上になっていた。


丁度いい、このまま俺が屋上に出て、扉を閉め扉の傍でマサトが来るのを待つ。

そしてマサトが扉を開けた瞬間に本を見せれば、それで俺の勝ちだ。


俺はすぐに行動に移った。

マサトの足音が近づいてくる、俺は扉の傍で息を潜める。


そしてマサトの足音は、扉の前で止まった。


「どうせそこで待ち伏せてんだろ?!

 お前のやりたいことは分かってるんだ!

 バレてる待ち伏せなんて意味ねぇんだよ!ヒャハハハ!!」


「……。」


俺は何を言われても息をひそめ続ける。

確かに待ち伏せはバレているかもしれないがマサトは俺の能力をまだ知らない。

奴が俺の姿を捉えた瞬間、それがお前の死ぬ時だ!


ゴウン!ゴウン!


すると俺の周りを複数の何かが高速で飛んでいるでいる音がした。

俺は相手が俺の能力を知らないのを良いことに、少し優位にたったつもりでいたのかもしれない


俺だって相手のことを全部知っているわけでもなかったのに……


「うっ!!」

俺は突然肩を通過した痛みに声を出してしまった。


な、なんだ今のは?!

さっきの腹に気を撃ち込まれたような痛みが肩を掠めていった。

マサトはまだ扉の向こう側にいるはずだ。

いや待てよ、さっきの音……


まさかあいつの能力は壁を貫通するのか?!

それで俺が扉の近くにいるとふんで当たるまで気の弾を打ち続けてたってことか!


だとしたらまずい!

今の俺の声で俺の位置はマサトにばれてしまった。

次は正確に気の弾が撃ち込まれる!


それに俺が気付き壁から離れたのとほぼ同時に、俺の胸に気の弾が撃ち込まれた。


「グハッ!!!」


俺は血を吐きながら吹っ飛んだ。

もしもさっき壁から離れるのが遅れていたら俺は至近距離であの能力を心臓に喰らっていたことになる。

あ、危ない。もう少しで死ぬところだった。


俺に弾が当たった事を確かめてからマサトが扉を開けて屋上に出て来た。


「う~ん、もう少しで殺せたんだけどなぁ。

 でもまぁ、もう既に満身創痍って感じだなぁ~。」


マサトは楽しそうにニヤニヤしながら横たわる俺を見ている。

こいつ……人をいたぶるのがそんなに楽しいのか。本当に元は人間なのか?


こんな奴さっさと殺してやりたい……が、このままじゃまずい。

本を見せようにも相手の1m以内に入らなくてはいけない。

だが奴の1m以内まで近づくと気の弾の範囲内だ。

それに俺は少しダメージを喰らいすぎた。

もう機敏に動くこともできない。


どうやって奴を倒せばいいんだ……


「ん~?なんだその本。」


マサトが床に落ちている俺の本に気付いた。


そうだ!その手があったか!

今本は開いている。

奴は俺の能力を知らないんだから本を見ることに抵抗もないはずだ。


このままマサトが勝手に本を見ればそれで俺の勝ちだ!

そうとなれば何としてでもマサトにこの本を見せなくては!


「こ、これは俺が昔部活で伸び悩んでいた時に莉子がくれた本なんだ!

 莉子が死んだ今この本だけが俺の支えなんだ!

 だからこの本には何もしないでくれ!頼む!!」


俺は必死で演技をした。

見てくれなんて言ったら怪しまれるかもしれない。

だが性格の曲がったこいつのことだ。大事なものって言えば逆に壊そうとして手に取るだろう。

さぁ!かかれ!!


「ははは~、そうかそうか大事なもんなのかぁ。

 だがお前俺にそんなこと言ったら逆に破りたくなるって気づかなかったのか?

 アヒャヒャヒャ!」


そう言いながらマサトはゆっくりと本に向かって歩き始めた。

よし!かかった!!

バカめ、俺がお前の性格をまだ理解していないとでも思ったのか!


「や、やめてくれ!それが無くなったら俺は……!」


「ヒャハハハ、いいじゃねぇかどうせ今から死ぬんだしよぉ。

 思い出と一緒に殺してやるよ!」


本まであと3m

あと少し!最後まで油断せずに演じきれ!


「ほんとに頼む!

それを破るってんなら俺を先に殺してくれよ!なぁ!!」


「だ~か~ら~、さっきも言った通り俺はお前を苦しめてから殺すって決めたんだよ。

 大人しくそこで大事な思い出の本を俺に破られる様を眺めとけ!」


もう少し!あと少し進めばそこは俺の能力の範囲内だ!!

さぁかかれ!かかれ!



だが俺のそんな願いとは裏腹に

あと二歩進めば能力の範囲内というところでマサトは歩を止めてしまった。


なんでだ!

勝手に本を見てくれるなんてむしがよすぎたのか?!



「な、なんだ?!俺を先に殺す気になったのか?!」


マサトは突っ立ったまま動かずになにかを考えているようだ。

本を鋭い視線で睨み付けている。

一体何だって言うんだ。

俺の演技に変な所でもあったのか?


「おかしい……」

「え?」


マサトがついに口を開いた。


「おかしい、お前はさっき俺を待ち伏せして殺そうとしてたんだ。

 だが俺の貫通させた気の弾に当たってお前は吹っ飛んだんだ……」


……何を言ってるんだこいつは?

それのなにがおかしいって言うんだ


「もしも俺が待ち伏せをして相手を殺そうとするなら素手よりも威力のある凶器を持って待ち伏せをする。

 そして待ち伏せが失敗して吹っ飛ばされたなら床には凶器が転がっているはずだ。

 なのに今床にあるのは思い出の本だと?!

 お前は本を読みながら待ち伏せをしてたとでも言うのか?!」


しまった……!

こいつ、思ったよりも頭がキレる!


「普通ならお前は包丁を構えながら待ち伏せをするはずなんだ!

 だがその包丁は今お前のポケットの中にあるじゃねぇか!!

 つまりこの本はその包丁よりも恐ろしい凶器ってことだ!

 ……てことはさっきこの本を俺に壊させようとしたのも、演技ってことか?

 この本は近づくことでなにかが発動するお前の能力ってことなんじゃないのか!!」


まずい!

俺の能力がばれてきている!


もしも警戒されたら、油断されることが無くなったら俺の今の体じゃ奴に本を見せることは不可能だ!

せめて本を気の弾で外に飛ばされる前に……!


俺は本の元へ駆けていった

マサトは俺がなにか企んでいると勘違いしたのか本から離れていった。

俺は左手を本に当てて手の中に本をしまう。

その一連の行動をマサトに見られてしまった。


「はは~ん、なるほどな。多分だが両手から本は出し入れできるんだろ。

 それでその本の中を見せたら何かが発動するって感じか?

 だが効果範囲はさっきあそこまで近づいても大丈夫だったってことは俺の能力よりは広くないようだなぁ。1mってとこか?」


バレている……

もうここまでバレてしまった以上時間をかけても意味はない。

このまま無駄に時間と体力を使うよりも今一気に決めたほうが確実だ!


そう決心した俺はマサトに向かって全力で走った。


「馬鹿が!俺の能力の恰好の的だぞ!」


マサトは俺が能力の効果範囲1m以内に入る前に俺を倒さなければいけないと考えるだろう。

つまり奴の能力の効果範囲の最大である1.5m地点辺りで弾を発射してくるはずだ。


だが奴の能力はどうやら遠くなればなるほど威力も減るらしい。

俺はもっと近い距離から二発も喰らっているんだぞ!

これくらい耐えてみせる!!


マサトが俺に向けて弾を二発打ち出した。

俺の腹と顔面に激痛が走る。

まるで全速力で走って壁に顔から激突したみたいだ。

それでも俺は、足を止めない!


「なっ、なに!!」


とうとう相手の1m以内に入った。

俺は左手を突き出し、左手から本を出した。

だがマサトは俺の左手から本が出てくることに勘付いて後ろを向いた。


馬鹿め、お前が後ろを向くことくらい読んでいたよ。


俺はマサトの両手がこちらを向いてないことを確認する。

そして俺の右手を伸ばし後ろを向いたマサトの顔の前に出す。


俺の能力は両手の平から本を出し入れできるんだ。

今左手にある本をしまって一瞬で右手に移すことも出来るんだよ!

俺は左手に持っている本をしまい、右手から本を出した。


「喰らえぇぇぇぇ!!!!!」


ドンッ!


鈍い音が聞こえた。


……どうなったんだ?

今俺の右手はマサトの顔の前に確かにある。

そしてマサトが後ろを向くタイミングに合わせて俺は完璧に右手から本を出したはずだ。

普通の首の筋力ならあそこから俺の本が視界に入らないくらい首を振るのは無理なはずだ。

それこそ超高速で首でも振らないと。


……鈍い、音?

俺はマサトの手の平を見た。

手の平は俺がさっき確認した時と同じで上を向いている。

上を……


まさか!


くそ! 作戦失敗だ!

マサトは本を見ていない!


恐らくだがマサトは気の弾を自分の顎に当てて高速で顔を上に向けたんだ。

気の弾の速度が尋常じゃないことくらい俺が身をもって体験している。


マサトはまだ生きている。


なら奴が次にすることは?

俺はそれに気づき本を右手の中にしまおうとした。

だが今度は間に合わなかった……


俺の右手に激痛が走る、恐らく気の弾を当てられたんだろう。

しかしそれ以上にまずいのは


「本が……!」


右手にあった本が気の弾に当たり、屋上から地面まで吹っ飛ばされて落ちてしまった。


そんな……これじゃあ俺はもう能力を使えない……!


「あ~、さすが俺の能力だな、効いたぜ~。

 まだ頭がちょっとクラクラしやがる。

 それにしても能力を手に入れたばっかにしては上手く使いこなしてるじゃねぇか、まさか本が瞬間移動するとはな。

 だが最後に体を張って勝ったのは俺のほうだ!

 頼みの綱の本はもう無くなったんだからよぉ!!」


マサトは顎に弾を当てたせいで脳が揺れたのか顔に手を当てながらフラフラしている。


俺はその隙に本がどこに飛んで行ったかを確認する。

俺が屋上から下を見ると地面に俺の本が落ちていた。

ここから飛び降りて取りに行こうにもこの高さじゃほぼ確実に死ぬだろう。

だからといって包丁を持ってあいつに襲い掛かったって気の弾には勝てない。


……死ぬのか?


散々生まれ変わっただの言っておいてこんなもんなのか?

俺は、ここで終わるのか?


陸人……



少ししてマサトがこちらを向いた

俺は右半身をフェンスにもたれながら座りこみ、うなだれていた。


「まぁ頑張ったとは思うがここまでだな。

 ほんとは苦しめてから殺そうと思ってたがここまで粘ったんだ、そこを評価して楽に殺してやるよ。」


マサトがこちらに近づいてくる。

俺は座りこんだまま左手に持った血の付いた包丁をマサトに向ける。


「う、うわぁ!

 こっちに来るな!俺はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ!」


そんな俺の様子を見てマサトはため息をつく。


「はぁ、せっかく能力を手に入れてマシになったと思ったのに結局それか。

 だから言っただろうが!人間は簡単に変われないってな!!

 口だけの人生を呪いながら死にやがれ!」


マサトが俺に向かって近づいてくる。

俺は左手に持っていた包丁を離した。


マサトの視線が床に落ちた包丁に向けられる。


「なんだ、もう諦めるのか。

 まぁ潔い死に様ってのは俺も嫌いじゃないぜ。」


「潔い、か……

 確かに体はボロボロで頼みの綱の能力の本も地面に落とされた。

 こんなのどう考えても諦めるべきだよな……」


マサトは床の包丁を見たまま動かない、何かを考えている。


「でもそんな時に思い浮かんだのが俺の親友の陸人ってやつなんだ。

 普段は頼りないんだけど諦めが悪くてさ、ここぞって時にやる奴なんだ。

 前も体を張って吸血鬼を倒してくれたんだよ。

 今はちょっと変になってるけど、直にいつもの陸人に戻ってくれるって、俺は信じてるんだ。」


マサトが包丁を見つめながら呟く。


「……おい、この包丁についてる血はなんだ。」


「あの時は陸人が自分の首をシャーペンなんかで刺してさ、こいつバカかって思ったよ。

だけど俺もバカだったみたいだ」


俺は表情を引き締める。



「俺も陸人も似たような方法しか思いつかないんだからよ!!」

「お前は一体何を切ったんだ!!」


マサトが視線を上げ俺を見る。

俺はマサトに向けていた左手を開く。


「これが俺の最後の策だ!!!」


俺は左手から地面にあるはずの本を出した。

マサトの視界はしっかりと本を捉えている。


「お前、まさか自分の右手を切ったのか?!!」


俺はさっき地面に落ちた本を見た時、確かに諦めそうになった。

だがその時思い浮かんだのが一週間前に屋上で吸血鬼を倒した陸人の姿だ。


圧倒的に不利な時こそ相手に油断が生まれる。

だから諦めない、死んでしまうその時まで諦めてはいけない!


俺はマサトがまだふらついていた時、こちらを見ていない隙に包丁で自分の右手を切り落とした。

声を上げてはいけない、気づかれないように最善を尽くした。


切った所をベルトで締め、出来るだけ出血をしないようにした。

床に隠し切れない程の血が流れていたら相手に気付かれるかもしれないから。

右半身をフェンスにもたれさせていたのは右手首がない事と出血を見えないようにするためだ。


そのあと俺は右手を地面の本の上に落とした。

能力を手に入れると身体能力や動体視力でも上がるのか右手は狙い通りに本の上に落ちた。

俺の能力は右手の平と左手の平を自由に本が行き来すると解釈していいだろう。

手の平が本に触れてさえいればいいんだ。

腕についてないといけないんてルールは無い。


そして待った、マサトが油断して能力の範囲内に入ってくるのを。

いきなり手を出して広げようとすると怪しまれるかもしれないから血の付いた包丁を床に落としマサトの視線を俺の足元へ向けさせた。

こいつは何かに気付くとその場に立ち止まり考えることは知っていた。

だから包丁についた血を見せてあえて悩ませてやったんだ。


そして次にマサトが上を向いた時、その時がようやく辿り着く俺の勝利だ。



「一瞬でも諦めたら負けてたよ、それくらいにお前は強かった。

 長い長い希望の見えない戦いだったが、今から俺が終わらせてやる!!」


マサトは俺の本を視界に入れてしまっている、もう防ぐ術はない。


「喰らえ!!!!鋼鉄の処女アイアンメイデン!!!!!!!」


「ち、ちくしょおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


前に重心を掛けていたマサトの姿勢が突然直立になる。


「な、なんだ!体が動かねぇ!!」


ゴゴゴゴゴ……


扉の閉まる音が聞こえてくる。

その音と共にマサトの体に段々と穴が空いていく。


「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


マサトの体に空いた穴から大量の血が流れ出している。

必死に動こうとするが体が固定されているようで逃げられないらしい。

これが、俺の能力……


扉の音が鳴りやんだと同時にマサトが床に倒れこんだ。

マサトは全身に穴を空け死んでいた。


俺は体中からどっと力が抜けていくのを感じた。


胸の鼓動が抑えられない。

俺が吸血鬼を倒したんだ!


俺は大きくガッツポーズをし、大声で叫んだ。


「俺の勝ちだ!!!!!!!!」


そのまま俺は横に倒れこんだ。

勝利の余韻に浸る体力も残ってないのか。

これから陸人と一緒にこんな戦いが続くと思うと気が遠くなってくるな。


でも、今の俺には陸人の横が一番心地いい……


薄れゆく意識の中で俺は莉子に別れを告げた。

莉子……今までごめん、そんでありがとな……

俺はもう大丈夫だから、安心して天国に行ってくれ……


そんな事を考えながら、俺は目を閉じた。




             翔vsマサト  勝者:翔

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