第十話 翔は ②
「きゅ、吸血鬼さん!俺の彼女が事故に巻き込まれて死んでしまいそうなんです!
吸血鬼は頑丈なんですよね?!
だから俺の彼女を吸血鬼にして助けてくれませんか!!」
俺は両手を地面について吸血鬼に懇願した。
今の俺に莉子のいない未来なんて考えられない。
莉子を助けるためなら俺はなんだってしてみせる!
「キャハハ!自分の恋人を吸血鬼にしてくれなんて君変わってるね~。
う~ん、そうだなぁ、まぁでも君面白いからいうこと聞いてあげよっかな~。
彼女をこっちに持ってきて。」
「は、はい!ありがとうございます!」
俺は莉子を抱えて顔を見つめる。
もしも俺とお前の立場が逆だったらお前はどうしたのだろう。
お前も陸人みたいに自分の手で終わらせるべきだって思うのだろうか。
やっぱり……それが正しいのかな……
「ちょっとーいつまで待たせる気ー?
あ~もう言うこと聞かないでおこっかな~。」
「あっ!す、すみません!」
その言葉を聞いて俺の体は心の迷いとは逆にすぐに動いた。
俺は吸血鬼に莉子を差し出す。
「も~、私って飽き性なんだから待たせないでよね~。」
不満を言いながら吸血鬼は莉子の首元に顔を近づけていき
「それじゃ、失礼しま~す。」
そう言うと莉子の首に噛み付いた。
俺の中からさっきまでの迷いは消えていた。
確かに自分の大切な人が吸血鬼になってしまったのなら、誰かにいつか殺されてしまう前に自分の手で終わらせる事も一種の選択肢なんだろう。
だが俺にその選択肢を選ぶことは出来なかった。
俺は自分のした選択を後悔なんてしない。
莉子が吸血鬼になったって、
吸血鬼になった莉子に俺が殺されたって
もう一度莉子の笑顔を見れたらそれでいいんだ……
そんな事を考えながら俺は莉子と吸血鬼を見る。
莉子が吸血鬼に噛まれているなんて普通なら発狂しそうな絵面だが今だけは我慢しなくてはいけない
そうだ、ここさえ乗り切ればもう一度莉子の笑顔が見られるんだから……
……?
俺は莉子の異変に気付いた。
こんな表現変だとは思うが、なんか段々としおれてきていないか?
それに吸血鬼にするのってこんな長いこと噛んでるものだっただろうか。
陸人の母さんが吸血鬼にされた時って噛まれてる時間はもっと短かったよな。
俺の頭の中で嫌な考えが浮かび上がってくる。
まさか、これ、莉子の血を吸い続けられてるんじゃないよな?
「あの、吸血鬼さん。
さっきから噛んでる時間長くないですか?
それに莉子も段々と血が無くなってるように見えるんですが……」
俺がそう言うと吸血鬼は莉子を噛むのをやめてこう答えた。
「もう~うるさいな~。
私は『食事中』にガヤガヤ騒がれるのが一番嫌いなの!
分かったら静かにしてて!
あともうちょっとで吸い終わるから~。」
は……?
食事中?なにを言ってるんだこいつ。
だって約束したじゃないか、助けてくれるって!
それが今吸血をしてるだって?
俺は頭を地面につけてふさぎ込んだ。
嘘だ!そんなの俺は信じない!莉子は助かるんだ!
もう一度俺に微笑みかけてくれるはずなんだ!
莉子が助からないなんて俺は信じない!
俺は自分に言い聞かせる。
そうだ莉子が助かったらこの後カラオケに行くんだったな。
もう少しで夏休みだし陸人や桃子と一緒に海に行くのも楽しいだろうな。
夏祭りに行って花火も一緒に見てみたいな。
その時は二人だけで行ってみよう。
こんなに明るい未来が俺達には待っているんだ。
そうだろ?
色々辛いことはあるかもしれないけど、最後には俺達は幸せになれる……
「か、ける……。」
え……?
俺はふさぎ込んでいた頭を上げ莉子を見た。
莉子はもうボロボロになって見るだけで心がはち切れそうになる。
俺は……莉子がこんなに苦しんでいるのに一人で現実逃避をして楽になろうとしていたのか……?
俺がこの女に莉子を差し出したせいで受けなくてもいい苦しみを受けているのに……
莉子はまだ、俺のことを……
「かける……逃げ、て……。」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺はその言葉を聞いた瞬間に吸血鬼に向かって思い切り殴り掛かった。
「もー、なんなのようるさいなぁ。
私、人間の言うことを聞くのも嫌いだけど私の言うこと聞かない人間はもっと嫌いなの!」
そう言うと吸血鬼は俺を軽々と蹴飛ばした。
厨房まで吹っ飛ばされた俺は痛みのあまり立ち上がることが出来なかった。
今までの自分が情けなくなる。
散々俺のせいで莉子を傷つけて、その末に自分だけ現実逃避をして。
俺はもう自分のことを許せないかもしれない。
「はぁ~なんかもう興醒めだな~。
まだ全部吸ってなかったけどもういいや、かーえろっと。」
俺は厨房にあった包丁を握った。
そして吸血鬼の前まで急いで向かう。
今更吸血鬼を殺したところで莉子は帰ってこない。
それでも今ここで何もしなかったら、俺の中で俺が完全に死んでしまう気がした。
俺はボロボロと涙をこぼしながら叫ぶ。
「おい!帰るなら俺と戦ってからにしろ!
俺はお前を絶対に許さない!!」
「え~、そんな事言ったってあたしはもう帰る気分なの~。
おーいマサトー、めんどくさいからこいつ殺っちゃって~。」
吸血鬼がそう言うと俺の前に二十台前半辺りの不良がやってきた。
こいつ、翼がないな……
つまりこのマサトってやつは吸血鬼化した人間か。
「おっけーアザミちゃん。こいつを殺したらいいのね?」
「ええそうよ、よろしくね。
私はもうお腹いっぱいになっちゃったから帰って寝よっかな。」
そう言うとアザミという吸血鬼が飛び立った。
「おい!逃げるのか!」
俺がアザミを追おうとするとマサトが俺の前に立ちはだかる
「邪魔だ!どけ!!」
俺はマサトに向けて包丁を突き出す。
マサトは俺の腹あたりに手を向けていて無防備な状態だ。
殺せる!!
俺がそう確信しもう少しで包丁がマサトに刺さるというころで
俺の腹に激しい痛みが走った。
……!
な、なんで。俺の腹にあいつは触れていないのに
俺は膝から崩れ落ち口から大量の血を吐いた。
「はっはー! なんで触れてもないのにって顔してるな。
どうせ今から殺されるし教えてやるよ! 俺はな、吸血鬼になって新たな力を手に入れたのさ!
俺は両手の平から気を打ち出すことが出来るんだ!
確か1.5m位先まで飛ばせるんだっけな。今は離れてたから痛かっただけかもしれないが直接手の平に触れながら喰らったら木っ端微塵だぜ?アヒャヒャヒャ!」
そう言いながらマサトは俺を思い切り蹴飛ばした。
俺はまた吹っ飛ばされ、立ち上がる事も出来ずにただただ涙を流した。
新しく手に入れた能力?!
なんだよそれ!ただでさえ吸血鬼は人間より力が強いっていうのに、そんなのどうやって勝てっていうんだ!
こんなんじゃ絶対に勝てないじゃないか!
「それにしてもさっきまでのお前を見てたけどお前はほんとに酷い奴だな。
彼女を失うのが怖くて自分のエゴだけで勝手に彼女を吸血鬼にしようとして、
騙されたと気づいたら今度は黙って下を向いちまう。
俺はお前みたいなチキンが大っ嫌いなんだよ!苦しめて苦しめてから殺してやるから覚悟しとけ!」
俺は何も言い返すことが出来ずに地面に横たわっていた。
あいつの言う通りだ、返す言葉もない。
俺は自分の心の弱さを周りのせいにして逃げ続けて、逃げ続けて……
そんな事を繰り返して今、とうとう取り返しの付かない所まで来てしまった。
失敗を取り戻す力も俺には無くて……!
……陸人も、ずっとこんな気持ちだったのかな。
あの事件から一週間、家の中で一人自分の非力さを呪って、それでも諦めずに毎日を過ごしてたのかな。
俺はそんな時に何もせず吸血鬼にずっと怯えながら家に籠り続けていたのか……
莉子……ごめんな。
俺のせいでお前には大分迷惑をかけた。
せめて最後は安らかに逝かせてやるべきだったのに……俺の心の弱さのせいでお前を傷つけてしまった……。
陸人、今になってやっとお前の気持ちがわかったよ。
さっきは一緒に戦えないなんて言ってほんとに悪かった……。
あんなに俺のことを必要としてくれたのに、俺は……!
憎い……自分の弱さが憎い……!
俺の人生あの時こうしていればなんて後悔ばっかりだ。
ここまで追い詰められてやっと自分の愚かさに気付いた。
神様、いるのならどうか俺にチャンスをください。
今度こそ俺は……逃げないで生ききってみせるから……!
俺はこぶしを握り締め心に誓った。
「今度は俺が皆を守ってみせる!!!」
その時俺の頭に一つの無機質な声が響いた。
『能力のインストールが完了しました。』
……?
なんだ、この声は。
能力?
もしかしてさっきマサトが言ってた新たな力ってやつが俺の元にも来たのか……?
そういえば俺はこのゲームで主人公の仲間の一人なんだったな。
それなら俺にも能力が来てもおかしくないってことなのか?
俺は深呼吸をし、静かに目を閉じた。
これが俺が過去の過ちを取り返す最後のチャンスだ。
今度こそ俺は……!
体中に力が漲ってくる。
体の震えもいつの間にか止まっていた。
俺は決心をし、立ち上がってマサトを睨み付ける。
もう逃げたりなんてしない。
この与えられたチャンスを無駄になんてしない!
「マサト!お前を倒して俺は生まれ変わった事を証明してみせる!
命を懸けて勝負だ!!!」
『能力名:拷問教典』
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