第九話 翔は ①
「どうしたの?元気ないね。」
「え?あぁ、うん何でもないよ。」
俺は陸人と別れた後、彼女の莉子と共にレストランに来ていた。
出来るだけあの事件のことを考えないようにしていたのに、俺がプレイヤーになるだって?
そんなの考えただけで寒気がしてくる。
それに俺は……
俺は目の前の彼女を見て視線を下に落とす。
俺は、莉子ともっと一緒にいたいんだ……
だから俺は今死ぬ事なんて出来ない。
陸人の気持ちも分かるけど、今はこのまま莉子といれたらそれでいいんだ。
「でも翔が一週間も家に籠もって連絡も取れなくなったときは焦ったよー。
自殺しちゃったんじゃないかと思って。
だけどさっきいきなり会いたいなんてラインが来たからビックリしちゃった。
嬉しかったけどね~、えへへ。」
「急に呼び出しちゃってごめんな、忙しかったかもしれないのに。」
「ううん!それはいいんだけどね、もうこれからは一週間も音沙汰なしなんてやめてよね~。
ほんとに心配したんだから!」
そう言うと彼女は頬を膨らました。
「はは、ほんとにごめんってば。」
俺は今日まで携帯を一度も見ていなかった。
そんな心理状態じゃなかったんだ。
だけどこのゲームの強制イベントとやらのせいで俺は陸人からのラインを見るために久しぶりに携帯を見た。
するとそこは莉子からの通知で埋め尽くされていた。
俺のことを気遣ってか時間を空けて連絡されていた。
俺を刺激しないように優しい言葉遣いで毎日毎日、遅くまで……
俺はそれを見た時にこの人とずっと一緒にいたいと心から思った。
陸人のことはほんとに気の毒だと思うし出来ることなら復讐だって手伝ってやりたい。
だけど今の俺には何よりも優先すべきことが出来てしまったんだ。
「それよりさぁ今からどこ行くかとか決めてあるの?
急に呼ばれたからお金もそんなに持ってきてないよ。」
「あ~、そうだね。カラオケでも行く?」
「おっ、出ました。翔歌得意だもんね~。
なんかのアプリで投稿してるし……」
莉子がニヤニヤしながら言ってきた。
「おまっ……!それどこで知った?!」
「ふふふ~、彼女が彼氏の事で知らない事なんてないんだよ~。」
無邪気に笑う莉子を見て俺も笑ってしまう。この一週間が嘘みたいに思えるほど幸せだ。
俺の心が段々暖かくなってくるのが分かる。
やっぱり俺はこの人とずっと一緒に……
キィィィ!!パリィン!!!!
え……?
一瞬で俺の目に映っていた光景が変わってしまった。
さっきまで俺の目の前には莉子がいたはずなのに……今通り過ぎていったのは、あれは、車?
時間が経つにつれて俺の頭が今起きていることを理解し始めた。
今この車は俺達がいるレストランに向かって突っ込んできたんだ。
……それじゃあ今莉子は?!
俺が辺りを見回すと店の中にいた人はこちらを向いて何かに怯えた表情をして店の外に逃げて行った。
しまいには事故を起こした車の運転手も走って逃げ去って行った。
俺は運転手を捕まえようとしたがそれより今は優先する事がある。
莉子は?!莉子はどこなんだ!
さっきから辺りを見回しても莉子の姿が見当たらない。
他の人のように莉子も店の外に逃げていったのか?
俺はそう考え自分も外に出ようとした。
その時、俺の視界の端にうつった車の下から手が出ていることに気づいた。
いや……そんなわけないよな。
なんで俺達ばっかりそんな不幸に遭わないといけないんだ。
違う、違うはずだ……
俺は自分にそう言い聞かせながら車の下から出ている手を引っ張った。
ほんとは手を見た時に気づいていた。
だけど俺はそれに気づかないようにしていた。
だってそんなの、認めたくなかったから……
だが現実は甘くはなかった。
手を引っ張ると出てきたのは血だらけになっている莉子の顔だった。
「そ、んな……!」
俺は急いで莉子を車の下から引っ張り出す。
莉子は体中から血を流し、腕は普通とは逆の方向に曲がっていた。
「莉子!!!」
俺は莉子を抱きかかえた。
なんで……!なんでこんなことに!
「莉子!大丈夫なのか?!返事をしてくれ!」
俺は莉子の胸に耳を当てた。
心臓の音が聞こえる、気を失っているだけでまだ死んではいないようだ。
だがこの出血量、いまさら救急車を呼んだ所で間に合わないだろう。
「莉子ぉ!頼むから返事をしてくれ!」
莉子は相変わらず気を失って動こうとしない。
このままじゃ莉子は……!
その時俺の脳裏に死という文字が浮かび上がった
あき、ら、める……
諦めるしか、ないのか?
なんで俺達の周りにだけこんな不幸ばかり……
まさか、これも強制イベントってやつなのか?
俺が莉子と一緒にいたいがために戦うことを拒否したから……?
「うわーなにこれ、事故ってやつ?
キャハハ、私初めて見たけど酷いもんねー。」
俺の思考は後ろから聞こえてきた声に遮られた。
俺が声のした方を見るとそこには翼の生えた幼い女の吸血鬼が立っている。
そうか、さっき店の中の人が逃げていたのはこの吸血鬼が見えたからだったのか。
もしかしてあの車も吸血鬼から逃げようとしてパニックになって事故を起こしたのか?
俺はその吸血鬼を静かに見つめた。
俺は吸血鬼を見ても驚いたりしない。
逆にこの吸血鬼が神様のように見えたんだ。
なんで神様のように見えたかなんて、そんなの決まってるじゃないか。
だって俺はあの時、公園で陸人に言おうとしたよな。
「きゅ、吸血鬼さん!俺の彼女が事故に巻き込まれて死んでしまいそうなんです!
吸血鬼は頑丈なんですよね?!
だから俺の彼女を吸血鬼にして助けてくれませんか!!」
俺だったら大切な人には吸血鬼になってでも生きていて欲しい……って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます