第十二話 狂気に染まる二人

「お前は……!」


俺は拳を強く握りしめ向かい合う吸血鬼を睨み付ける。

この一週間、こいつを殺すことだけを俺は考えていた。それが叶うのはまだまだ先になるだろうがそれも承知の上だと考えていた…。

だがまさかこんなに早くお目にかかれるとはな。


「おやおやどうした少年、私を見て怖くなってしまったのかな? さっきから全く動けていないじゃないか。」


吸血鬼が口角を上げて憎たらしく俺に語りかける。

出来るだけ冷静でいようとしてはいるが我慢の限界が来てしまいそうだ。


「前は俺に屋上から落とされて尻尾巻いて逃げたくせによくそんな態度を取れるな。今度はちゃんととどめを刺してやるよ!」


俺は目を見開き吸血鬼に向けて言葉を放った。


あぁ、遂にこの時が来た。さっき教えられたゲームだとかそんなことを考えている余裕は今の俺にはない。

俺が考えていることは唯一つ、どうやってこいつを殺してやろうか、それだけだ。


今こいつは翼をしまっているようで憎たらしいが見た目は人間のそれと遜色がない。

つまりここで逃がしてしまうとこいつがまた馬鹿みたいに翼を広げたりしない限り吸血鬼がどこにいるかという情報が手に入らないということだ。


こいつを殺すなら今、この瞬間しかない!


だが俺は自分を必死で抑える。

今相手は何らかの能力を持っている、焦ってしまっては俺が返り討ちにされるだけだろう。

幸い俺の能力は10m先まで操ることの出来る遠距離型だ。まだ奴との距離は20mはある。今はゆっくり近づいて範囲内に入ってから攻撃するのが最善だ。


俺がそう考え相手の出方を伺っていると


「さっきからその場を一歩も動かないで、慎重になり過ぎていやしないか?

 どれ、それなら私から動いてやろう!」


そう言うと吸血鬼は突然左腕を力強く振った。


ビュオォォォ!!!


奴が手を振った直後に高速の何かが俺の頬を掠めていく。

そしてそれから一秒もしない間に30m程後方にある看板が真っ二つになった。


……え?

俺の頬を何かが伝う。

これは、俺の血だ。一体いつの間に俺は攻撃をされたんだ?

一瞬の出来事で何も理解ができなかった。奴はあんなに遠くにいるのに……


「おぉ、外してしまったか。だが次はそうはいかんぞ、喰らえ!」


間髪入れずに奴は右腕を振るう。

その直後にやって来る轟音に俺は死の危険を感じ自分の前に影で壁を作った。


ズパッ!


何かが切れる音がした。俺は自分の体が切れていないか確かめる。

今度はどこも切れてはいない、俺の影は奴の攻撃を防ぐ事に成功したようだ。


ではあの何かが切れた音はなんだったのか。そんなことは言わなくとも分かるだろう。

俺が顔を上げると右足を振りかぶっている吸血鬼の姿が見えた。

さっき目の前に影で壁を作ったのに今は視界良好になっている。ここから分かることは一つしかない。


そう、大きなダメージを喰らうと一定時間操作不能になってしまう俺の影は奴の一撃で真っ二つにされたようだ。

つまり俺はあいつの攻撃を一回ガードしたら暫くは能力を使えない……


俺の思考がまとまらないうちに吸血鬼は振りかぶった足で思い切り空を蹴った。

瞬間、また轟音が鳴り響く。


マズイ! そう思った俺は急いで身を伏せた。直後に頭の上を高速の何かが通過していく。


俺の頬を血と汗が伝う。

奴の能力は大体予測できた。手足を振るうことで風の刃を飛ばせる、そんな所だろう。だが問題なのはその威力と距離だ。

奴の能力は少なくとも50m先までは届く、しかも一撃で俺の影を看破した。


……俺は能力を手に入れて少し天狗になっていたようだ。

こんなの完全に俺の能力より強いじゃないか! なにが吸血鬼の殲滅だ! 最初の敵の初撃3発でいきなり死にかけたぞ!


圧倒的能力差による不条理に少しキレそうになったが俺は無理やり自分を冷静にさせる。

とにかく今は影を操れるようになるまで身を隠すべきだ。

俺は残った影の壁に伏せて身を隠した。


どうやら俺の影は操作不能になるとダメージを食らった時の形のままその場に留まるらしい。

だから今は切られた部分より上の影は壁の形のまま地面に切れ落ち、それより下の部分は壁の形を保ったまま地面に立っている。


もしここで追撃が来れば間違いなく俺は死ぬだろう。

しかし能力も使えない今の俺に出来ることは何もない。俺は微動だにせずに伏せて影が再度動かせるようになるのを待ち続けた。

本来は十何秒だったのだろうが俺には何十分にも感じられる時間だった。




……物音が一つもしない?


暫く経つと切り離されていた影が勝手にくっつき動かす事が出来るようになっていた。


俺は吸血鬼の位置を確認する。

するとさっき俺を攻撃した位置から奴は一歩も動いていなかった。

ただの直感ではあるが何かが引っかかる。


さて、俺はここからどう動くべきか。

無闇に動いてもまた追い詰められている自分が目に見える。

考えなら一つある、確証は無いがいちいち確かめている暇も無い。そこを突くしか俺に勝ちの目は見えてこないようだ。


俺の中にある希望の目はなぜあいつは三発で攻撃をやめたのかという事だ。

もしもあの時四発目五発目が来ていたら間違いなく俺は死んでいただろう。

それをしなかったということは奴の能力には何らかの制限があると考えられる。


しかし俺が希望を見出したのはそこだけではない。

奴は両手足を振る事で風の刃を生み出している。最初は左腕、次は右腕、最後に右足だ。

単純に制限とやらを考えれば、風の刃を一度起こすと風の刃を起こした部位は一定時間その能力を使えなくなると予測できる。


だがそれならおかしくないか?


俺はあの時能力も封じ込められ、影に隠れ、地面に身を伏せることしか出来なかった。

もしも回り込んで能力を使われれば死んでいたんだ。


そう、普通なら左足を使って四発目がくるはずなんだ!


なのに奴はなぜか三発で攻撃をやめた。


ただ奴が余裕をかましていたと考えればそこまでだがあいつは一度俺に不意打ちを食らわされているんだ、そんな事するだろうか。

恐らく奴の能力の制限が関係しているのだろうと俺は考えている。


「今ので死ぬと思っていたがまだ生きていたのか、しぶとさだけは一級品だな。」


相変わらず奴は憎たらしく俺に語り掛ける。

俺は苛つく感情を抑え相手の能力を必死に考察する。奴はあんなに強い能力を持ちながら俺の起き上がり際や今でさえ攻撃してこようとはしない。

それは攻撃した後の姿を俺に見られたくないからと考えることもできる。


……よし、ひとつ仕掛けてみるか。


ここから先は安易な攻撃を一つでもすれば次の瞬間には死んでいるだろう、常に応用をしていかないと。

俺は影を靴の形に変化させ、それを履いた。


「お前だって威勢よく能力を使った割にはそこから一歩も動いてないじゃないか。ビビってるのはそっちじゃないのか?

 今度は俺から行ってやるよ。」


俺は能力を使い奴に向かって高速で移動を始める。

俺の能力は俺の影の根本から、簡単に言えば俺の足元から半径10m以内まで影を伸ばせるというものだ。そして今俺は影の靴を履いて移動している。


これの意味が分かるかな。影を伸ばせば俺も移動する、それはつまり俺の能力の範囲も俺が移動した分だけ伸びるという事だ。

ここまで言えば十分だろう。俺は今高速で、縦横無尽に、そしてどこまでも駆け回ることが可能なのだ。


「なっ……!」


高速で移動する俺を見て吸血鬼は戸惑っているようだ。奴の能力は一発毎に何らかのペナルティがある。それなら照準もままならない相手を下手に攻撃することはできないだろう。


攻撃するとしたらそれは……

俺はスピードに乗ったまま吸血鬼に拳を振りかぶった。


こうやって俺が近づいて的が大きくなった時だろう。

案の定吸血鬼は左手を振って攻撃してきた。しかし俺はそれを読んでいたしなにより奴の攻撃はモーションが大きい。

影の靴により高速で移動できる俺はそれを軽々とかわした。


奴の能力、意外と使いづらいところが多いのかもしれないな。


攻撃を避けた後遠くに離れた俺は奴を観察する。

さぁ、俺に能力の制限とやらを見せてみろ。


吸血鬼はこちらをじっと睨み付けている。

俺も視線を逸らさずに吸血鬼を観察し続ける。


一見何も変わらないように見えるが俺は一つの事に気付いた。

振った方の腕が筋肉を削ぎ落とされたかのように垂れ下がっている。それに僅かに痙攣しているのも見えた。


……ハ、ハハ!そうか、奴の能力の制限が分かったぞ!


恐らくだが奴は一度能力を使うと振った部位の筋肉が痙攣を起こして動かせなくなるのだろう。

さっき俺を攻撃した時奴がその場にとどまっていたのは足の筋肉が痙攣して動けなかったからだ。三発しか攻撃してこなかったのは左足を振ろうにも軸足となる右足の筋肉が痙攣を起こしていて能力を発動できなかったんだ。


俺はそれを踏まえたうえで今からの作戦を練る。

一時はチート能力だと思ったがそうでもなかったようだな。なんたって奴は攻撃をすると四肢が動けなくなるペナルティを持っているんだ。

だからこそ奴は慎重になる、そこに隙が生まれる。


……その隙があるならこれは能力戦じゃなく心理戦だ。心理戦に持ち込めば大事になるのは能力の強弱ではない、いかに相手の考えを読めるか、これに尽きる。


俺は片手にスマホを持ちもう一度奴に急接近する。

すると馬鹿の一つ覚えのように奴はまた腕を振る。だが俺はそれを避けようとせずに接近を続け懐に入り込んだ。

確かに奴の能力は恐ろしい、しかしただの発射口である腕は当たっても痛い程度のはずだ。


俺は吸血鬼の腕を受け止めて振る方向を上にずらした。

やはり吸血鬼は筋力が強いのか少し腕を痛めたが、それでも奴の風の刃は俺の狙い通り道路沿いにあるビルの屋上あたりを切り裂いた。


ガシャァァン!ガラガラガラガラ!!!


少し前にも言ったが俺の街は開発が今でも進んでいて屋上で工事をしているビルも少なくない。

今奴が切り裂いたビルもその内の一つだ。屋上に置いてあったであろう大量の鉄骨やパイプ、さらには消火器など様々な物が俺達の近くに落下してくる。


「貴様……無闇に被害を広げて一体何がしたいんだ?」


吸血鬼が俺に向かって善人ぶったことを問いかける。


おいおいお前が言うことかよ。俺はあの日から自分の目的のためなら他の事なんてどうだってよくなったんだ。

ちょっとくらい人が死んだって構わないだろ?


急いでその場から離れようとする吸血鬼を俺が『両手』で腕を掴んで引き留める。こいつにはここにいてもらわなくては俺が困るのだ。


そして辺りが砂埃や消火器の煙やらで見えなくなった時、俺は一人で不敵に笑う。

俺は目の前にいる吸血鬼に語り掛けた。


「お前の能力には手を焼いたが、それもここまでだ。

 今までは能力差が顕著に表れたがここから先は相手の思考を読んだ方が勝つ。

 まぁ、また負ける覚悟だけしとけよ」


それだけ言い残し、俺は煙の中に姿を消した。

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