第四話 絶望の鼠返し
教師の制止を振り切って廊下に出た俺は屋上へと向かった。
死にたくないと思っていたがそれ以上に桃子ちゃんに死んでほしくなかった。
俺は窓を渡って屋上へと出た。そこで昼寝をしている彼女を見て一安心する。
「桃子ちゃん!桃子ちゃん!早く起きて!」
「うーん、あれ?陸人じゃんどうしたの?」
彼女は眠たそうに僕に聞いてきた。
「もしかして私と一緒に弁当たべてくれるの?やったー!いつも1人で寂しかったんだ!」
「えぇ!いやそれは嬉しいけど今はそれどころじゃないんだ!吸血鬼がすぐそこまで来てて…」
スタッ
後ろで嫌な音がした、何かが着地したような。
「え……もしかしてこいつって……」
桃子ちゃんは状況を理解できたようだ。
「あ……あぁ……」
俺は言葉を発する事が出来なかった。
真っ赤な目、口からわずかに出た牙、そして背中から生えた羽。
誰でも一目見れば分かる、こいつが吸血鬼だと。
吸血鬼はゆっくり俺の方に近づいてきた。
「君たちのような若い子は血は吸わずに同胞にするべきだな、若くて美味しそうな血だが仕方ない…」
俺は、動くことができなかった。足腰が震えて立っているのがやっとだった。本能が生きることを諦めたんだろう。
「あ、あぁ……」
「大人しくしてくれて助かるよ、すぐ済むからね。」
紳士風の30後半辺りであろう見た目の吸血鬼は俺の肩に手を乗せ口を首に近づけてきた。
あぁ、俺はここで死ぬんだろう。親に何も恩返しできなかった、まだまだしたい事もあった。一筋の涙が頬を伝う、生きたいのに体は動かない。
桃子ちゃんは今のうちに逃げてくれるかな…俺の事、忘れないで欲しいな。生きたいのに、やり残したことがあるのに体は動かないなんて、皮肉なもんだな……
俺は目を閉じて、生を諦めた……
ドカッ!!!
鈍い音がして俺は目を開いた。
すると目の前にいたはずの吸血鬼がいなくなり、その代わりにバッドを持った翔が立っていた
「ハァハァ、勝手に、死のうとしてんじゃねーよ!」
俺は何故目の前に翔がいるのかを理解するまで少し時間がかかった。そして俺を助けに来てくれたと理解出来た瞬間に涙が溢れた。
翔のその言葉を聞いて俺は自分を奮い立たせる。さっきまで動かなかった体が動く、勝手に諦めていたさっきまでの自分が情けなくなる。
さっきまで体育館で手をガタガタに震わせてビビッてたような奴が俺のために来てくれたのか。
それなのに俺が未だにビビってるわけにはいかないよな。
拳を力強く握りしめ戦う事を決意をする。翔が友だちでホントによかったと思う。
「ごめん、さっきまで俺は勝手に生きることを諦めてた」
「……」
「だけどお前のおかげで思い出せたよ、俺にはまだまだやり残したことがあるって」
それになにより
「それにまだ昼休みの喧嘩はおわってねぇぞ!」
それでいいと笑った翔は立ち上がってきた吸血鬼を睨んだ。
「貴様ら私のことをナメやがって……ぶち殺すぞクソガキめが……!」
そいつは頭をバッドで殴られたのにも関わらず悠然と立ち上がり翔に掴みかかった。
「ぐっ!」
やはり吸血鬼の力が強いのか翔は押し倒されてしまう。
そうだ、俺が生きようとしたところでピンチなことに変わりはない。それに俺のせいで翔まで危険にさらされている。考えろ、今俺に出来ること……
今俺の手元にはポケットに入っていたシャーペンと絆創膏しかない。刺せば多少はひるむだろうがそれでピンチを切り抜けられるとは思えない。
窓から渡れる屋上……肩に手を置いて首から吸血する……
今俺の持っている情報をかき集めろ!持っている情報だけが俺の武器だ!
考えろ……考えろ……!
そして、一つの決心をした。
「おらぁぁぁぁぁ!!」
「ぐあっ!」
俺は吸血鬼に『血のついた』シャーペンを突き刺した。
そしてこう言う。
「翔、お前は本当はこんな目に会わなくてよかったんだ。
なぁ吸血鬼、俺のことは好きにしていいから翔は助けてやってくれないか」
そして俺はフェンスにもたれ掛かり、目を閉じた。
「な、何言ってんだお前!せっかく一緒に生きるって言ったのに!」
「ふ、自分の命より友の命ですか……
いいでしょう翔君、きみは助けてあげますよ」
そういって吸血鬼は俺の肩に再び手を置いてきた。
(やっぱりな……抵抗しなかったら普段通りの吸血をするのか……)
「やめろぉぉぉぉ!!」
「ふん!」
止めに来た翔を吸血鬼が軽々と吹き飛ばす。
そして最初と同じ、俺の首の部分に吸血鬼が顔を近づけた。
その瞬間
「な!!」
俺は自分の首の傷口を抉り、飛び出した血を吸血鬼の顔にかけた。
「しまった、目が……!」
俺は落ちていたバットを拾い、目についた血を拭っている吸血鬼を思いきり殴った。
そして叫ぶ。
「落ちろぉぉぉ!!!」
普通ならさっきみたいに吸血鬼は立ち上がってくるだろう。
だがここは違う、俺がフェンスまで吸血鬼を誘導し殴ったんだ。女子が窓から屋上へ渡れるほど低いフェンスにな。
吸血鬼はフェンスに足だけ引っかけ、そのままグラウンドへ落ちていった。
「ぐあぁぁぁ!!!」
目が見えず自分の状況が分からないからか、それともバランスがとれないのか飛びもしない。
吸血鬼は受け身も出来ずに頭から地面へと落ちていった。
「はぁはぁ、やった……!」
俺は大きくガッツポーズをした。
「陸人!お前いつの間に首に怪我なんてしてたんだ?」
「あぁ、さっきこいつにお前が押し倒されてた時にシャーペンで俺の首を刺したんだよ。
そんでその傷口は絆創膏で塞いで気づかれないようにしてたんだ」
そう、そして『血のついたシャーペン』で吸血鬼を刺した。
「ん?じゃあ絆創膏はいつはがしたんだ?」
「それは俺が嚙まれそうになってる途中にお前が助けに来た時だよ。
お前が助けに来るって信じてたからこそできた作戦だ」
「は、はは、さすが陸人、やるときはやる奴だって信じてたぜ!」
「ああ、俺も早くこの武勇伝を皆に自慢したいよ
ていうか早く逃げよう、吸血鬼がいつ復活するかも分からないし」
そんな事を言いながら俺達は生き延びた事に喜びを噛み締めていた。
桃子ちゃんは気絶してしまったようだが無事だ。俺の心は喜びでいっぱいだった。吸血鬼相手に生き延びた、明日からまたいつも通りの日常を過ごせる。桃子ちゃんと付き合えるかな、翔と遊びに行きたいな、母さんの誕生日も祝わなきゃ。
さっきまで俺を襲っていた絶望は完全に俺の心から消え去っていた。
次の言葉を聞くまでは。
「陸人ー!大丈夫なのー?!いたら返事してー!」
グラウンドから声がした。
恐らくニュースを聞いて駆けつけてきたであろう、俺の母親の声が。
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