第三話 全ては始まる
瞬間、教室中が戦慄した。
いるけど私には関係ないだろうと思っていた吸血鬼が今目の前に向かっていると聞いて皆の頭が思考を放棄したのだ。
「落ち着け! 今から皆で体育館に向かってくれ、体育館の方が侵入されにくいし校内に一人もいなかったら吸血鬼は帰るかもしれない!」
その言葉で俺は我に帰った。そうだ、今は戸惑っている場合じゃない。1%でも生き残る確率を上げなくては!
こういう時パニックなどが起こるのがお約束だが俺達の学校では起こらなかった。
皆意外と落ち着いていて迅速に避難は進んでいったのだ。
そして俺のクラスを含め全てのクラスが体育館に入った。まだ校内に残った生徒がいないか先生が確認に行っていて出席はとれていない。
「なぁ翔、吸血鬼帰ってくれるかな?」
「なんだ陸人ビビってんのか?ニンニク魔術師のお前なら吸血鬼の方から逃げてくだろ。」
気丈に振る舞ってはいるが翔の手は震えている。
俺のために明るく振る舞ってくれているのだろう。
「あぁ、お前とまだまだ話したい事もあるしこんなとこで終われないな。」
俺も引きつりながら笑ってみせた。
そう、誰でも死ぬのは怖い。吸血鬼になるなんて以ての外だ。俺は必ず生き残ってやる。
すると校内に残った生徒がいないか探していた先生が戻ってきた。
「校内に人はもう残っていません!」
「よし、この学校に吸血鬼が向かっている事はニュースになっている。今から保護者の人に帰れないと先生達が連絡していくので~」
吸血鬼に対する対策は今の所完璧。ホントに生き残れるんじゃないかと思っていたその時
「なぁ陸人、俺らのクラス一人足りなくね?」
翔が俺に心配そうに言ってくる。
「え?そんなわけ無いだろ、急いでいたとはいえ先生が校内探して回ったんだし、昼休みに鍵のかかってて声も聞こえないような所にいる奴なんていない……」
そこまで言って俺は口を閉じた。
いや、いる。昼休みにわざわざ窓を渡って弁当食べたり日に当たりながら昼寝してる生徒が……
俺の愛しの人、伊藤桃子だ。
それに気づいた瞬間俺は翔を無視して先生の所まで走った。
「先生!桃子ちゃんが!俺と同じクラスの伊藤桃子がいません!」
「なに?!」
先生は一瞬焦って
「仕方ない、桃子くんは……諦めよう」
俺の肩に手を置きそう言った。
は? 何言ってるんだこいつは、仮にも教師だろう!
「何言っているんですか! 生徒がまだ屋上に残っているんですよ!」
「うるさい! 先ほど吸血鬼がすぐそこまで来ていると連絡が入った、もう間に合わん!一人を助けるために皆を犠牲にはできん!」
あぁ、もう何言ってもダメだこいつは。正論を言ったような顔で自分の命が大事なたぬきが何かを言っている。他にもあれこれ言い訳を言っているようだが頭に入ってこない。
さっき吸血鬼がすぐそこまで来ていると言っていたな。これ以上は時間を無駄に出来ない、先生達が行ってくれないなら……!
俺は先生達の制止を振り切って体育館から抜け出した。
直後体育館の扉から鍵のかかる音がして俺の頭は急速に冷めていった。
生徒の命より自分の命がかわいいか……
いいだろう。俺が桃子ちゃんを連れて帰ってきたときどんな言い訳するかが楽しみだ。
走り出した俺の選択はもう後戻り出来ない。
あの時の俺はこれが正しいと思っていた、信じていた。
そのせいで俺以外の誰かが犠牲になるなんて思ってもいなかったから……。
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