涙の女王―壱
寝坊した日から5日後―――
開店時間きっかりに暖簾を出し店を開ける。古書が詰まった大きな本棚に一通りはたきをかける。きつすぎず、棚倒れしない様に綺麗に詰まった本は眺めているだけで癒される気がして、その背表紙をそっと撫でる。
――『古書にはさ、ロマンが詰まってるというか……そういう色々な何かを感じるよね!』――
ずいぶんと昔にそう笑顔で言った人を思い出し、心の奥がズクンと揺れた気がした。
「あの、すみません……」
少し自嘲気味に出た小さなため息と同時に店の引き戸が開く。
「いらっしゃいませ」
振り返った先には黒い着物を着た女性。少しやつれている様に見えるが美人で年の頃は50代といったところか。纏め上げられた髪は綺麗な黒、手には畳んだ白い日傘を持ち立っていた。
「店主の方はいらっしゃるかしら?」
「ここの店主は俺です」
「あら?随分とお若いのね、私の聞き違いだったのかしら……
普段から「
そして、最後の言葉に裏の話の客だと確信した俺は緩やかに頭を下げた。
「どうぞ。奥の間へお上がり下さい」
店先の札を外出中に変えてから、店のカウンター奥にしつらえた和室の客間に案内する。
「先ほどはごめんなさいね?多葉さんから店主は同い年なのだと聞いていた気がして」
「いや、まぁ聞き違いという訳でもなく…」
お茶の入ったグラスを置く俺に対して、少し申し訳なさげに言う彼女にウソを言う気にもなれず言葉を選んでいると犯人が入ってくる。
「ごめんごめん!道が混んででさ、まいったよー」
「今まいってるのはこっちだ、ばかたれ。余計な事を言うなといつも、、」
「はいはい、ごめんごめん。仕事の話はこれから?」
天草のごめんほど安い謝罪を聞いた事がなかった俺は、それ以上の会話を諦めて座布団に腰を下ろした。
「では、涙を買いたいとのお話でしたが……詳しく話して頂けますか?」
少し息を吐いた彼女は両手でハンカチを握り意を決めた様に話し出した。
「涙が必要なんです。私の最後の、、大切な最後の仕事なの」
「仕事?」
「まさかとは思っていたけど、やっぱりわかってなかったのか。ごめんね
外国人のような手振りで話す天草を見やり彼女が目尻を細めてふふっと微笑んだ。
「私もまだまだね」
「あ、いや、すみません。原作小説とかならきっとわかります。それで、、」
自室に置いたままで、映りはしないブラウン管テレビを思い出しながら話の続きを促した。
「先日、主人が亡くなったの。私の……私の全てを支えてくれた本当に大切な人」
そう言った彼女の目にはうっすらと涙が溜まり、今にも零れ落ちそうなそれはとてもキレイなモノに見えた。
「ゆっくりで構いません、アナタの人生を聞かせて下さい」
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