魔王毒殺事件

雨乞ちはる

魔王毒殺事件

「ぐわあああ」 

 苦痛で呻くには大袈裟で嘘臭く、断末魔にしては深刻さと迫力に欠ける叫びが響き渡る。

 部屋にいた残りの三人――喉を掻きむしるのを止め、白目をむき、舌を伸ばして事切れた者の配下たち――は突然の出来事に驚き、何か言わねばと思いながらも言葉を紡げずにいた。

 そんな沈黙を嘲笑うかのように、死者の握っていた酒杯がオークの巨樹から造り上げられた円卓をゆっくりと転がり、縁までたどり着くとそのまま落下していく。磨かれた大理石に跳ね返り、クリスタルが甲高く悲鳴を上げて砕け散ると、三人はようやく我に返った。

「し、死んだのかっ?」

 死者の正面に座っていた巨漢の野太い声が、広い部屋に木霊す。

「なによ……これ」

 右隣の恵体の女が、怯えたように自らの肩を抱きながら震える。

「…………」

 長身痩躯の男はひとり口を開かぬまま立ち上がり、数秒前までは主君であった者の側へ寄っていく。そして、こぶし大の水晶を取り出すと、死者の全身と口元、砕けた酒杯、溢れた液体、それからテーブルの上にある酒瓶に向けて翳した。

 現在の光景を写し終えると、『淵源より綴られし青史よ、今ここに無量の痕跡を紐解け! ルグーグ』と呪文を唱える。水晶が一瞬輝きを増した。

 巨漢と恵体の女がいつの間にか両側に立ち、固唾を呑んで成り行きを見守っている。

 男は手に握る宝具を覗き込み、こう質問した。

「魔王が急に悶え死んだのだが、どうしたら良いのか? 至急、我が問いに答えよ!」


   *


 手八丁口八丁で世渡り上手の勇者が、恋心を利用して懐柔した仲間たちによって修羅場の末に文字通り八つ裂きにされ、武具と一緒に七つの大陸にそれぞれ埋められる「ハレム勇者バラバラ殺人事件」。太古の神殿の最奥に住むドラゴンの供物として人身御供に選ばれた乙女が、逆に竜を退治して財宝を持ち逃げしてしまう「帰らずの迷宮密室殺竜事件」。不老長寿が故に、村で初めての死者を誰かに殺されたものだと誤解し、猜疑心から住人たちが互いを告発していく「エルフ村老衰死事件」。

 ……その他にも様々な世界からの招聘に応じ、幾多の事件で依頼者を満足させてきた探偵。名を小五助・ヤシロという。ハンチング帽に兵児帯、機械仕掛けの靴という出で立ちは、只者ではないという印象を万人に与える。一部の人々は、敬意を払って彼を「異世界探偵ヤシロ」と呼ぶが、彼自身は短く「K・Y」と声を掛けられることを好んでいた。

「なるほど、これは奇妙な事件ですね」

 話を聞き終えたヤシロは片目をつぶり、顎を撫でたあと不敵な笑みを浮かべる。彼を知る者なら、これが依頼を引き受ける合図ということは周知の事実であった。

 巷では、異世界探偵ヤシロは興味を惹く事件以外の依頼は受け付けないと噂されている。彼は有名人であり、多忙であるのだから地味でちっぽけな事件などにかまけている暇はないのだ、と。しかしこれは事実ではない。ヤシロが、依頼された事件を断ったことはこれまで一度としてなかった。外聞を裏切り、彼はどんな事件にも真剣に取り組むのだ。つまり彼は毎度片目をつぶり、顎を撫で、笑うのである。そこに何か深遠な意味があるのか、誰にも分からない。ヤシロ自身、何故こんな仕草をするようになったのか、覚えていなかった。分からなくても困らないことなど、世界にはいくらでもあるのである。

 とはいえ、推理小説で犯人が示されぬまま終わってしまっては、それは作者の怠慢であり、読者は怒り狂う。事件と呼ばれるものには、解決が必要なのだ。

 異世界探偵とは、別の世界へと赴き、その地で起きた事件を調査、推理をして答えを出す者たちのことである。

 数多のある世界には、探偵という職業はもとより、警察あるいはそれに類する捜査機関、組織の存在しない世界も少なからずある。そういった世界で、当事者たちだけでは打つ手なしの状態になったとき、異世界探偵が召喚されるのだ。

 彼らがどのような科学力、もしくは魔法で現れるのかは明かされていない。ただ、ヤシロはこの件について尋ねられると、

「少なくとも、僕は引きこもりなわけでも、ゲームの中に取り込まれたわけでも、トラックに轢かれたわけでもありません。これだけは確かです」 

 笑ってこう答えるのだった……。

 

「ふむ――みなさんの話をまとめると、こういうことでしょうか」

 ヤシロは、今しがた聞いた三人の絡みあった証言をほどくように、おさらいを始めだした。

「昨日、皆さんは軍議のため、スミカーバ城の中広間、つまりこの部屋で会合を開いていた。内容は、海を渡った大陸にあるキテノスアへの侵攻に関する戦略などについて。その会議の最中、喉を潤すためにと、酒瓶と酒杯を衛兵に運ばせた。さらに、それを会議に参加していた四人で順に注がせる。衛兵はその後すぐに部屋を退出。戦勝の前祝いにと、軽く乾杯し皆がグラスに口をつける。直後、王トクガワが苦しみだし、ほどなく絶命した、と……ざっくりですが、あらましはこれで間違いないですね」

 探偵が確認すると、二本の角を生やす巨漢のルバロン、肌を限界まで露出し尻尾を垂らす恵体のデネブ、三つの目と四本の腕を持つ痩身のガレフの三人は無言で頷いた。彼らはこの城の将軍であり、王を失った今、魔王軍の命数は三人の手に委ねられているといっても過言ではなかった。三人とも、昨日と同じ席に座り、ヤシロだけが立ったままでいる。残った席は魔王トクガワのモノだったが、死者を悼んでのことなのかどうかは分からない。

 ただ、空いた椅子の前の卓には、ヤシロが元の世界から持ってきた異世界通信社のペーパーが広げられている。大見出しには『マナパ文書流出、三千世界に大激震』とあり、その下隅の訃報欄にはトクガワの名も載っていた。

 ヤシロは三人が頷いたことに対して微笑むと、円卓の周りをゆっくりと歩きだした。

「現在、酒を運んだ衛兵は地下にある牢に監禁中で、今回の件については全く身に覚えがなく、潔白を主張。上司であるガレフさんも、彼がなんらかの方法で王を殺害した可能性は低いと考えている」

「奴に、こんな大胆な行動を起こせる度胸などあるとは思えん。何を考えているのか読めないモンスターデーモンが多い若兵と違い、あれはあと五十年もすれば退役の老兵だ。謀反気などとっくに枯れていよう」

 腕を組み、瞑目したままガレフが言う。

 ちなみに、モンスターデーモンとは、魔獣と悪魔のハイブリッドのことではなく、脈絡なく暴れたり喚き散らしす行動や、自己中心的で理不尽な言動の目立つ魔族のことである。人間からだけでなく、同族からも白眼視される厄介者だ。略して「モンデ」ともいう。

「はい、僕も彼に王を殺害できたとは考えていません。ですので、ここへ来てもらう必要はないと判断しました」

「……するとなんだ? ここにいるオレたちの誰かが王を殺したっていうのか、貴様は」

 首を曲げ、ヤシロを凝視するのはルバロンである。

「絶対とは言いません。けれど、この手の事件で殺害前後に現場にいなかった人物が犯人になるのは、アンフェアなんです。僕らの業界では」

「アンフェア? 業界? なにを言ってるんだ?」

「気にしないでください、こちらの話です。それに一応ひとりだけ、王を殺す動機のある方をここへ呼んでいます。もうしばらく時間が掛かるので、先を続けましょう」

「ちっ」

 ルバロンの舌打ち。ヤシロは平然としたままである。

「さて次は……魔術に長け、薬に関する知識も豊富であるデネブさんが調べたところ、砕けたグラスから溢れた酒、皆さんが口にしたグラス及び、瓶に残った酒からは、毒に類するものは検出されなかったそうですね。また、王トクガワの体内からも同じく異常物は見つからず、外傷も皆無である」

「ええ、そうよ」

 ようやく出番が回ってきた、とばかりにデネブは喜色を浮かべた。

「デネブさん、現状ほかに薬師、医師はいません。つまり僕はあなたの検査結果を信じて、犯人を探さなければならないのです。なので失礼を承知で伺います。どこからも、毒がみつからなかったのは本当ですか?」

 ヤシロはデネブの正面で立ち止まると、彼女をじっと見つめる。

「は、はい」

 真摯な目を向けられて、デネブは顔を赤らめながら頷いた。

 この有様に、隣に座るふたりの男たちは驚く。

 デネブといえば、この世界の人間に「夜の魔女」として古くから知られおり、特に恋人のいる若者たちからは畏怖の対象となっている存在だ。夜な夜な、健康的な青少年に淫靡な夢を視せ、誘惑する悪女である。

 その彼女が、まるで生娘のようにうっとりとした表情で惚けてしまっているのだから、仰天してしまうのも無理はなかった。

 ガレフは「恐るべし、異世界探偵」と呟き、デネブのことを憎からず想っていたルバロンは歯軋りを立てた。が、蚊帳の外のことなど、見つめ合うふたりには目に入らなかったのは言うまでもない。 

「ありがとう。この事件、あなたのためにも必ず解決してみせましょう」

「まあ、嬉しいわ」 

 ヤシロの台詞は芝居がかって聞こえるが、本人は至って真面目である。

「毒なき毒殺。しかも魔王が被害者……大いにやりがいのある難問です。皆さん、僕を召喚していただいたことに感謝します。異世界探偵ヤシロ、依頼完遂までこの地を去ることはありません」

 余談ではあるが、異世界への召喚は未知の力によるものであり、元の世界へ戻るのも同様である。したがって、ヤシロの意志でこの地を去ることはできない……。 


「では、改めて皆さんにいくつかの質問をさせていただきます」

 恍惚の表情で高らかに宣言したあと、何事もなかったかのようにヤシロは元の平静な顔に戻り、粛々と自分のすべきことを開始する。

「まず、隣のキテノスア国に攻め込む理由とは、どういったわけなのでしょう?」

「それが、王の死と関係あるのか?」

 ヤシロの質問に、さっそくルバロンが突っかかる。

「関係があるのか、ないのかを判断するために伺ったのです」

「あるとは思えないな」

「あらルバロン、探偵さんを困らせちゃいけないわよ」

 甘い声で窘めるデネブ。彼女はくねくねと身を捩らせ、ヤシロへ艶かしい視線を送っている。しかしあいにく、彼は謎解きに集中しているので、そのことに気が付かなかった。

 似たようなことは事件の度にあるのだが、異世界探偵が彼女たちの手練手管に惑わされることは一度もない。そのため、ヤシロには元の世界にとびきりの美女で、文句のつけようのない性格の恋人が待っているのだろう、と囁かれている。勿論、真偽の程は定かでない。ただ、そのことが却って世の女性たちのハートを熱く燃え上がらせている、というのは確かなようだ。

「ふん」

 ルバロンは、あからさまに不快げな顔になったが、それ以上はなにも言わなかった。代わりに、ガレフが渋々といった感じでヤシロの質問に答える。

「キテノスア国が西の強国、ヌマズシノヒ帝国との交戦に備え軍の一部を動かしているらしいからだ。帝国が、力をつけてきたキテノスアの豊かな土地を版図に加えたいと考え、隷属を求めてきたためらしい」

「ほう、それはそれは……」

「なにが、それはそれは、だ」

 巨漢の強面は、再び反発する。

「こいつはしたり顔をしてるが、少しも事態を理解してないだろさ」

「それはどうでしょう? 恐らく僕の考えに、皆さん満足してもらえると思うのですが」

 ヤシロは涼しげな表情のまま、ルバロンの睨みを受け流すと、言葉を続ける。

「まず、この世界では長い年月、人間と魔族――貴方がたとの争いは無かったのでしょう。いわゆる平和な状態にあった。多くの国が栄え、人々の暮らしは豊かになった。すると、次はどうなるか? さらに裕福になろうとする。人間のサガというやつです。つまり、他所の幸せまで欲しくなり、妬ましくなり、奪い合いになる。戦争になる。今この世界では、キテノスア国とヌマズシノヒ帝国がこの状態になりつつあるわけですよね。そこで貴方がた、魔族たちの出番がやってきます。人間たちの争いに乗じて、世界全土を魔族の手中に収める? いいえ、違います」

「…………」

 三人はヤシロの淡々とした弁に聴き入っている。

「人間同士の争いを止めさせる方法のひとつ。それは人類共通の敵を作ることです。外宇宙からの知的生命体による来襲然り、遺伝子操作で生まれた突然変異体の騒乱然り、進化しすぎた人工知能が起こす造反然り、そして魔王軍による侵略然り」

「探偵殿……あなたは、私たちが人間のためにキテノスアへ攻め込むと言っているのか?」

 堅物のガレフが、緊迫した場を和ませようと無理に口端を歪ませる。しかし、ヤシロは釣られることなく真顔で問い返す。

「違いましたか?」

「いや……探偵殿の仰る通りだ」

 どんな戦場でも物怖じしたことのない、黒衣の長身痩躯がたじろぐ。

「そうでしょう。僕は多くの世界を見てきましたが、人とはどんなに仲の悪い関係にある者たちでも、己の種族の存在を脅かしかねない異種、上位種に対しては奇妙な連帯感を発揮し、共に立ち向かう事ができるのです。要するに皆さんは、人々を団結させるために、人を襲うという、歪んだ行いをずっと昔から繰り返し、これからもやり続けなければならないのでしょう」

 ヤシロは一度言葉を切り、小さく溜息をつく。

「まあ、それを正しい行為だの悪行だのとは言いませんし、議論するつもりもありせまん。本当は、感謝を述べるべきかもしれませんが、それも控えます」

「では、探偵殿は何を……?」

「そうだ、我らの存在理由が貴様の言った通りであることは認めよう。だが、今の話と王が殺されたことに何の関係がある」

 ルバロンが鼻息荒く捲し立てると、ヤシロはその言葉を待っていたかのように、パチンと指を鳴らした。

「つまり……人間同士の争いが始まることによって、魔族である皆さんには必要になるものができた、ということです。この城の兵が魔王軍を名乗るのに不可欠な人物が」

「不可欠な人物?」

「勿論、魔王本人です。以前の王が、どれくらい昔に討伐されたのかは僕には推測できません。が、人々が平和に暮らしていた最近までは、不在の状態が続いていたのではないでしょうか? そして、キテノスアとヌマズシノヒの開戦が濃厚になってきたので、復活してもらうことにした。あるいは……僕同様に異世界から誰かを呼んで、即席の王となってもらった」

「!」

 三人は同時に短く喫驚する。

「やはりそうでしたか」

「ヤシロさま、どうして分かったんですの」

 デネブがうっとりとした顔で尋ねる。喋り口調まで変わっていることには誰も突っ込まない。

「いえ、探偵としてはお恥ずかしいのですか、勘のようなものです。敢えて理由をあげるなら、皆さんが初めからさほど動揺していないように見えたからでしょうか。魔族といえど、皆さんに感情があることは一目瞭然。もし長年仕えてきた主君、しかも復活させたばかりで直ぐ様また死んでしまえば、もっと怒りなどが表れると思ったのです。加えて、僕に依頼をしてきたことも、死んだのがこの世界の人物でなかったからなのでは、と考えました」

「むう……」

 これまでヤシロに反抗的な態度を示していたルバロンが、感嘆するように唸った。だが、探偵にとっては鼻を高くするほどのことではなく、他所へ関心は向かっていた。

「それよりも、何故皆さんは新たに王を呼んだのです? 本来の魔王を蘇らせるのに何か弊害があったのでしょうか? いや、元々この世界の魔王とは召喚される仕組みなのですか?」

「探偵殿、我らが真に仰ぐ御方はただ一人だけ。トクガワさまも確かに主君ではあったが、それとはまた別なのだ」

「つまり……本来の王の指示によって、別の王を呼び寄せた、と?」

「うむ。それが、ウィンザルフさまの一番最後に斃れたときのご命令だったのだ」

「ウィンザルフ……それが皆さんの本当の王の名なのですね」

「そうですわ、ヤシロさま。あの方は私たちにこう申し付けたのです『もういやだ、我輩を起こすのは千年後にしてくれ』と……御労しやウィンザルフ陛下」

 よよと泣き出し、顔を覆うデネブ。放胆なヤシロも女性の涙には弱い。この世界にやってきて初めて困り顔になる。しかし、それで自分の役割を疎かにする彼ではなかった。

「――つまり、役目を放棄したのですか?」

「探偵殿! それは違います」

「人間どもの諍いを諌めるために、本意に反して蛮行で手を汚し憎しみを一身に受ける。討たれたあとの平和な間は、ひとり闇に閉じ込められ過ごす。そして再び戦乱が起こった時のみ、隔絶から解き放たれる。この終わりなき円環の地獄に貴様は耐えられるか」

 ガレフが非難の声を上げたあと、ルバロンが苦渋の面持ちでヤシロに詰問する。

「ブラック……いや、失礼。僕には到底無理でしょう」

「それでも、我らが偉大なる王は千年後には戻ってくることを約束してくれたのだ。多少の我儘など許されようぞ」

「魔王とは、生半可な覚悟ではやってられないのですね。そういえば、中二病を拗らせた若者が異世界魔王になってはみたものの、あまりの辛さに一日で逃げ出したなんて話も最近よく聞きます。そのせいで、採用面接を行う世界もあるとか」

「お恥ずかしながら、我が魔王軍もなのです。実のところトクガワさまを王に迎えるまでに、三人の候補者を不適格とみなして元の世界へ返還しています」

「自称平凡系、やれやれ系、難ちょ……天然系。どれも私のタイプでもありませんでしたし」

 いつのまにか泣き止んでいたデネブが、しれっとした顔で話に加わってきた。しかし、ヤシロが朴念仁である可能性については目を背けているようだ。

「トクガワは、皆さんのお眼鏡にかなった人物だったわけですね」

 彼女の内心を知ってか知らずか、ヤシロは得心したように頷き、三人も縦に大きく首を振って返した。

「そんな彼も死んでしまった……訊くのを忘れていましたが、トクガワはこちらの世界へ来てから、どれくらい経つのです?」

「……半日ですの、ヤシロさま」

「え」

 異世界探偵は絶句した。これは極めて珍しいことである。以前に似た反応をしてしまったのは、彼がまだ駆け出しの頃のことだった。

 ――探偵とは真実を追求することこそが役目だと信じていたヤシロには衝撃的な事件であったが、それはまだ別の話である。

「つまり昨日だ。面接を終え、同時に即位をし、そのまま会議を始めたのだ。トクガワさまと探偵殿がこの世界に呼ばれたのには、まる一日の差しかない」

「そうでしたか。もしかしたら、これはとても重要なポイントかもしれませんね」

 言葉を失ったのは一瞬で、直ぐ様頭を切り替える。ヤシロは顎に手を当て、思案顔でしばし黙り込んでしまった。

 代わりに、ルバロンがいかつい顔を前に出す。

「どうだ分かったか、探偵。オレたちがトクガワさまを殺す動機も、これっぽっちの時間じゃあ生まれようはずもないのだ。さっさと、別の容疑者をここへ連れてきたらどうだ」

 鬼の首でも取ったような表情を見せる仲間に、ガレフは若干引き気味ではあるが同意の様子だ。デネブも期待を込めた眼差しで、ヤシロを見つめている。

 ――と、その時、ドアをノックする音がした。

 探偵は顎に当てていた手を離し、そのまま帽子を頭から取って扇ぐような仕草をする。

 そして、可笑しそうにこう言った。

「待っていたようなタイミングですね。誰よりも魔王を殺す動機を持った人物が、ようやく到着したらしい」


 円卓の席に座るガレフが腰を上げようとするのを制止し、異世界探偵が自らドアを開けると、そこには少年と少女が立っていた。

「ちょうどいい所に来たね、ステラくん」

「申し付けの通りにお連れしましたよ、センセイ」

 濡烏の髪と白皙の肌を持つ少女が、仏頂面でヤシロに返事する。

 次いで彼女の背後にいた少年が、オドオドとしながら軽くお辞儀をした。

「ご無沙汰しています。ヤシロさん」

「元気でしたか、慶次くん。君もこの世界に来ていたとは奇遇ですね。突然の招待で驚いたでしょう。彼女が失礼をしませんでしたか?」

「い、いえ。何も」

 華奢な身体に簡素な革鎧を纏った紅顔の少年は、ちらりと少女に目を向けたあと、吃りながら頭を二度三度振った。それから、居心地が悪そうにキョロキョロと周りを見回す。

「まあ、落ち着いてください。この場で、君に危害を加えるようなことはありませんよ」

「ほ、本当ですか?」

 今にも泣き出しそうな少年は、ヤシロにすがるように尋ねる。

「ええ勿論。御三方、お約束していただけますね」

 魔族の三人は突然現れた人間の少年少女を眺めながら、何が起きているのか分からず、目を丸くしていた。

「探偵殿、これは一体……彼らは何者です?」

「ああ、僕としたことが。紹介がまだでしたね」

 ヤシロは帽子をかぶり直し、一度咳払いをする。

「こちらの無愛想な娘は、僕の助手を務めているステラ・刀祢くんです。まあ、実際は少し離れた親類で、僕の祖母の弟さんが彼女の祖父……簡単に言うと、はとこの関係になります」

「どうも」

 ヤシロの紹介に、ステラは笑みのひとつも浮かべず短く挨拶した。

 探偵に助手というのは、お約束的なものである。ヤシロもそれに違わず、どの事件にも彼女を従えて異世界へやって来るのだった。探偵ヤシロの助手といえば、若くて美人だがとにかく取っ付き難い、という評価で意見は一致している。

「そして、この少年が先ほど言ったように、最も魔王を殺す動機を持つ人物の慶次・モズくん――勇者ですよ」

 まるで自分のことのように嬉しそうな顔で、ヤシロは宣言した。

 当然、魔王軍の三人の将軍は色めき立つ。

「この坊やがですか? ヤシロさま」

「泣きべそかいてるガキが勇者だと? 貴様の冗談に付き合ってる暇はないんだぞ、探偵」

 デネブが舐め回すように、ルバロンが見下すように、少年へ視線を定めている。

 彼らに目を向けられた慶次は、俯き身を縮こませてしまう。

 そんな中、ガレフだけはヤシロに疑いの眼差しを向けた。

「探偵殿、我らですらまだ把握していなかった勇者の情報を、如何ようにして手に入れたのでしょう? しかも知り合いらしい。どういうことか説明していただき……いや、よそう。きっと貴君には造作も無いことなのだろう」

「いえいえ、これは僕の手腕ではなく、ステラくんの功績ですよ。それに慶次くんはれっきとした勇者です。僕が知るだけでも、四つの世界の魔王を倒している猛者ですよ」

「ほう……」

 ヤシロの言葉にガレフは目を細める。

「ヤ、ヤシロさん、魔族の方を煽るのはよしてくださいよ。さっきの約束、もうお忘れになったんですか? この場では争いは無しだって」

 声を震わせてそう言ったあと、慶次はヤシロの背中に逃げ込んだ。

 元々深刻であった場の雰囲気が、いっそう白ける。

 ルバロンは腹ただしさを露わに舌打ちし、デネブは夜の魔女の本性を現しかけたが萎えてしまい、ガレフは三つある目頭をつまみだす。 

 ステラはというと、今のやり取りなど初めから関心なさげで、つかつかと空いていた席、亡き王の椅子に足を進め、どかりと座ってしまっていた。

 そんな気まずい空気を察してか、それとも気付かずにか、ヤシロがにこやかに言う。

「安心し給え、慶次くん。君が倒すべき相手などここにはいないのだから、争いなど起こりはしないのだよ」

「ど、どういう意味ですか、ヤシロさん。ここは魔王が住む城なんでしょう?」

「おや……慶次くん、君は何も聞いていないのかい?」

「なんのことです」

 引っ付いていた身体を離し、慶次は訝しげに尋ねる。ヤシロは彼に返事をする前に、腰を落ち着かせ、つまらなそうにしているステラに目を向けた。

 彼女は、はとこの視線を素早く、しかし鬱陶しげに察知すると、

「センセイの申し付けは、勇者をここへ連れてくることだけでした。理由を伝えろとは言われなかったので」

 冷淡に、事務的に弁解した。

 ヤシロは助手の態度に怒った様子もなく、納得したように頷く。彼女の横柄さなど彼は誰よりも知っていたし、元々が呑気な性格ゆえにこの程度のことで気分を害することはないのだった。寧ろ、周りの者たちが生意気だの、常識がないだのと非難の声を上げることのほうが多かったりする。

「確かにそうだった。では僕から説明しよう――慶次くん、魔王は昨日、急死したんだよ」

「ええっ!」

 悲鳴に近い叫びを響かせ、驚く慶次。 

「ビックリするのも無理はない。が、本当のことなんだよ。僕がいるのはその原因を突き止めるためというわけだ」

「だ、誰がそんな酷いことを……」

 彼は顔を真っ青にさせ、床にへたり込んでしまった。

 そんな勇者の肩をヤシロは優しく叩き、隣に膝をつく。それから、耳元でそっと息を吹きかけるように囁いた。

「慶次くん、そんなことを本気で言っているのだとしたら、君こそ彼らを煽っていることになるよ」

「それは大丈夫だと思います」

 顔色は戻っていないが、自信ありげに慶次は答える。

「やけに強気だね」

「ええ、なぜならボクの言葉は彼らには通じてないはずだからです」

 慶次の言う通り、魔族の三人は難しげな顔はしているが、怒っているようではなかった。

「……なるほど、そうだったのか。だから君はやけに怯えていたわけだね」

「はい。これまでの会話も、ヤシロさんの言葉からある程度推測することはできましたけど、彼らの言葉はさっぱりでした」

 異世界へ召喚された者が、訪れた先の人間たちとすんなり言葉を交わせるとは限らない。大抵は未知の力が介在し、互いの意思の疎通が可能な者がその世界へ召喚されるのだが、毎回そうなるわけでもないのだ。

 またヤシロとステラは、慶次と面識はあったが元の世界は違う。このような場合でも、言葉が通じることは稀によくある。

 つまり、ヤシロとステラはこの部屋の誰とでも会話が可能だが、三人の魔族と慶次はヤシロたちを通じてでないと不可能ということになるのだ。

これも未知の力によるものであり、別にヤシロたちが特殊なわけではない。また一目瞭然に矛盾していることは分かるのだが、彼らにとってはさほど気になることではなかった。このような齟齬は異世界召喚にはつきものであり、それに逐一頭を悩ませたり苦情を呈していては、ちっとも先へ進めないのである。

 また、時間や気圧、重力なども調整されることが多い。一日の長さが元の世界と異なるために体内時計が狂って不眠症に罹ることや、召喚された途端に身体が破裂したり押し潰されることは滅多になかった。 

 例外として、文字は読めないことが普通である。とはいえ、未知の力でも識字の調整は不可能なのか、と考える者は少ない。逆に、これくらいはしないと異世界へやってきた雰囲気が出ない、と納得する者が大半で愚痴を垂れることはあまりなかった。

 勿論、この他にも弊害に成り得る事項は確認されている。が、大きな問題に発展した例は数えるほどだ。

 今回の慶次のような、言葉が通じないことも珍しい部類に入る。

「じゃあ、こっちへやって来てから随分苦労していたんじゃないのかな」

「ええ、最初はどうなるのかと思いましたよ……でも召喚された街に、運良く異世界言語学者の方がいたんで助かりました。その人に通訳を頼んでいるんです」 

「ん? 今なんと言ったんだい」

 聞こえていたはずなのに、ついヤシロは問い返していた。

「異世界言語学者ですよ。ヤシロさん、知りませんか?」

「初耳だね。とはいえ、その語感から察するに、僕らのような別世界から召喚された者たちの言葉を研究する人のことなんじゃないかな」

「と思うでしょう」

 慶次はここへきて初めて人懐っこい顔を緩ませた。

「違ったかい?」

「ええ、彼らはボクたちと同じく、召喚された側の人間なんですよ。呼ばれた先の世界の言葉の成り立ちなどについて研究しているらしいです」

「ふうん、そんな人もいるんだねえ」

 ヤシロは興味深そうに頷く。そんな彼を見て慶次は声のトーンを下げ話を続ける。

「でも、近頃いろいろな人……職種の人間が召喚されすぎだと思いませんか?」

「ああ、それはステラくんも言っていたね」

 ヤシロがちらりと視線を円卓へと移すと、ムッツリとした顔でいる彼女が、対面に座るルバロンとにらめっこ状態でいた。 

「やっぱりですか」

「なんだい? 不満でもあるのかな」

「不満というか……ちょっと心配なんです。ここの前に召喚された世界のことなんですが、何のためにいるのかよく分からない人たちが多かったもので」

「例えば、どんな?」

「異世界軍人、異世界医師、異世界料理人、異世界音楽家、異世界発明家……」

「確かに彼らとは、しばしば会うね」

 指を折りながら喋る慶次に、ヤシロは相槌を打つ。

「いえ、まだまだいるんです。異世界農耕者、異世界学芸員、異世界取材者、異世界建築士、異世界保育士……」

「ほう、そんな人たちもいるのかい」

 雲行きが怪しくなってきたことを感じながらも、ヤシロは先を促す。

「異世界教祖的バーバー、異世界ルース妖精、異世界成功報酬型広告付き電脳動画配信者、異世界断捨離人、異世界大衆文化愛好家同好会プリンセス……」

「もう結構だよ、慶次くん」

 半ば頼み込むように、慶次の口を閉じさせるヤシロ。

 このままいけば異世界探偵の名も挙がってくるのでは、と考え内心冷や冷やしていたのが事実である。当然、顔にも声にも出さないが。

「分かってくれましたか、ヤシロさん」

「うん……君のいうことが本当なら、実に多種多様な人間が異世界へやって来ているんだね」

「呑気に関心してる場合じゃないですよ。それにボクは嘘は言ってません!」

「悪かった悪かった。でも、少しばかり変わった者たちが異世界へやってきるのが増えたとして、何を心配するのかな」

 普段は気弱で心優しい少年だが、一旦怒りだすと手のつけようのないことを知っているヤシロは慶次を宥め賺す。幾つかの世界で戦ってきた歴戦の勇者であることは事実なのである。

「最近、ボクに対する扱いがぞんざいになっている気がするんです」

「……というと?」

「そのままでの意味ですよ。以前は勇者と身分を証すと、誰もが有難がってくれたんです。旅の先々で饗しを受け、名残惜しそうに見送ってくれたものです。けど今じゃ、ボク程度だとありきたりだと言って、鼻であしらわれたり露骨に敬遠されたりすることもあります。今じゃ身分を明かさずに冒険しているくらいです」

「そんなことはないだろう。勇者といったら憧れの対象じゃないか。英雄だよ、嫌われるわけがない」

「ヤシロさんは甘い。英雄にもランク別けがあるんです。悲しいことに、こんなところにも格差はできてしまう。異世界召喚氷河期……元の世界での経歴がモノをいう時代なんです」

「もしかして、あれのことを言っているのかい……?」

 そろそろ、こちらの長話にしびれを切らしそうな魔族の三人に目配せをしつつ、ヤシロは息を呑んで見せる。異世界召喚氷河期という単語が正しい使われ方をしているのか、そもそもこんな造語があるのか甚だ疑問ではあったが、ここで訊くべきではないと辛抱した。

「はい、偉人召喚ですよ」

 偉人召喚とは、その名の通り歴史上の有名な人物を召喚することである。また、創作物の中で人気のある登場人物を具現化させることもできる高度な召喚だった。 

 ヤシロや慶次のように生ある人間が異世界へ呼ばれるのとは手順が違い、異世界へやってくる前になんらかの契約が成されるらしいが、詳しいことは知られていない。 

「彼らと比べたらいけないよ、慶次くん。君は君らしい勇者を務めればいいじゃないか」

 ヤシロは落ち込んでいる少年を励ますが、それが軽い台詞だという自覚はあった。

「でも、あの人達って最初から特有の力やアイテムがあるじゃないですか。翻ってボクらは初めは力もアイテムも貧相で少しずつパワーアップしていかなければならない。時々、羨ましくなってしまうんです」

「確かに最近は、圧倒的な力の差で敵を打ち負かすのが好まれる風潮だからね。まあ、これは彼ら偉人だけではないが」

「そうなんですよ。召喚されるまでの経緯は大して変わらないのに、序盤から恵まれた才能を発現させたり、強力な仲間が加わったりして、何の苦労もなく順風満帆。そのくせ、日常を面白おかしく過ごして、全く諸悪の根源を断とうしないんですから質が悪いと思いませんか?」

「君から見れば、そう思ってしまうのも仕方がないかもしれないね」

 ヤシロの返事は、ややお座なりになっている。決して否定する気はないが、さりとて肯定する気にもなれないからだ。

「まあ、流行りというものもあるからね。それに偉人にだって限りはある。その時また、君のようなスタイルの勇者が脚光を浴びる日もくると信じようじゃないか」

「……ですね、信じます。それはそうとヤシロさん、魔王が死んでしまっていたら、ボクはいつまでこの世界にいることになるんでしょうか。魔王を斃さなくても、ちゃんと元の世界へ戻ることは出来るんですかね」

「それは一介の探偵の知るところではないよ、慶次くん」

 こうして、勇者は肩を落としながら部屋から去っていった。


 慶次との不毛にも思える密談を終えたヤシロは、まだルバロンとの視線のぶつけ合いをしているステラの側へ寄る。

「慶次くんのアリバイについてはどうなっているかな。これはちゃんと頼んでおいたはずだったよね」

「勿論、確認してあります」

 彼女の説明によれば、慶次の昨日の行動は、例の異世界言語学者のところでこちらの世界の言葉を習っていただけだった。彼は言っていなかったが、どうやら宿を借りることもままならなかったので、学者の部屋に居候状態にあるらしい。外に出たのは食料の買い出しの時だけで、これは会話の実践のためであったようだ。学者の話では、マスターするにはもう少し時間がかかるだろう、とのことだった。

 ちなみに、慶次が召喚されたのはヌマズシノヒ帝国よりも更に西にある辺境地で、瞬間転移の魔法を使えない彼には直接的に魔王トクガワを殺す方法は絶無といえる。

「……というわけで、最も魔王殺害の動機がある勇者は、今回の事件に関わっていないことになりますね」

 探偵の話を聞きながら、ふたりの魔族の男たちは別のことを考えていた。

 事件のあらましを伝えてから魔王軍の苦悩を知られるまでの短時間で、どこにいるのかも知られていなかった勇者を見つけあて、ここへ連れてきた助手ステラとは何者なのか、と。 

 だが次の瞬間、そんな疑問が吹き飛ぶような発言をヤシロはした。

「つまり、解決です」

「はあっ?」

 ステラを除く、三人――ヤシロの心酔していたデネブですら素っ頓狂な悲鳴を上げた。

「な、な、何を言っている。この似非探偵。これまでの話のどこから、解決できたというんだ。勇者が除外されったってことは、やっぱりオレたちの誰かが王を殺したっていうんじゃないだろうな」 

「……ヤシロさま、どうか説明を」

「探偵殿、戯言の場合は覚悟してもらいますぞ」

 ルバロンはともかく、ガレフにも凄まれたヤシロだが、表情は穏やかなままである。

「大丈夫です。ただ、当初皆さんを疑っていたことには謝罪します」

「ということは、私たちの中に犯人はいないのですね」

「その通りです」

「ならば一体誰がやったというのです、探偵殿」

「犯人はいません。魔王は毒死しましたが、毒殺ではなかったのです」

「バカか貴様は。デネブの調べで、毒は見つからなかったと言ったではないか」

「確かに言いました。が、順序立てて説明していきたいと思いますので、毒に関してはしばらく待ってください。まず、僕が注目したのはこれです」

 ヤシロが指差したのは、ステラの前に置かれたペーパーだった。

「訃報欄になにかありまして? ヤシロさま」

「いいえ、見てもらいたいのはマナパ文書のほうです。これは様々な世界の埋蔵金について記された機密文書で、膨大な情報が含まれていると言われています」

「うむ……人間の穢さの表れと、我ら魔族の間でも知れ渡っている。しかし探偵殿、文書と王の死に関係あるというのか?」

「ええ。トクガワという名を聞いた時、僕は以前に召喚された世界のことを思い出したのです。その世界には、二百年以上も国を統治した一族がいて、彼らはトクガワと名乗っていたのです。僕はその一代目こそが、魔王トクガワだと推測します。これからステラくんに文書を調べてもらえば、すぐに答えは出るでしょう」

「センセイ、既に終わっています」

 いつの間にか小型端末を弄りだしていたステラは、相変わらずの無愛想な顔でヤシロに言った。魔族の男たちは不思議と驚かなかった。  

「で、結果は?」

 尋ねたのはデネブだ。彼女はいささか面白くない顔をしている。

「センセイの推測通りです」

「つまりオレたちは、埋蔵金を隠し持つ人間に魔王となってもらったわけか」

「ルバロンさん、卑下なさることはありません。相手はそれほどの人物だったのですから。そして皆さんはそれを知らなかった。けれど、これによって御三方がトクガワを殺したのではないと、僕は考えたのです」

「えっと……?」 

 デネブが今度は首を傾げる。

「つまりです。トクガワが殺されたとなれば、その動機は埋蔵金にあるのがもっともらしい」

「トクガワと埋蔵金に繋がりがあるなど知らぬ我らには、トクガワを殺す理由はない、と?」

「そうです。それに僕が皆さんに隣国への侵攻理由を聞いた時、真っ当な魔族であることを証明してくれました。万が一、道を外れた魔王軍であれば、これから更なる調査が必要になっていたことでしょう」

「…………」

 魔族の三人は照れたように俯いた。とても奇妙な光景である。

「次に再度の説明になりますが、勇者である慶次くんについてです。彼は魔王を殺す動機があると同時に、偉人にも恨みがあったようです。しかし彼はこの世界の言葉がまだ理解できず、文字も読めない。これではマナパ文書を調べることはできないので、偉人であるトクガワを殺すということもありえなくなります。言語学者から聞くということもないとはいえませんが、やはりアリバイもあることから、犯人でないと断定して良いでしょう」

 異論はない、と魔族の三人は頷く。

「容疑者がいなくなりました。ここで毒についての話となります。異世界召喚が珍しいものでなくなり、忘れがちなこと。それは環境の変化に僕らは完璧に順応できているのか、ということです。トクガワは召喚されて半日ほどで死んでしまった。この間、彼は恐らく飲食はしていなかったでしょう。会議の最中に喉が渇いたために、運ばれてきた酒を飲み、そして直後に苦しみだしそのまま息を引き取った。この世界では無害な酒が、異世界からやってきた者にとっては毒であることも、皆無ではないと思いませんか?」

 おおっ、と歓声が上がる。

「ちなみに、偉人トクガワの元の世界での死因は食中毒だと言われているそうですよ」

「探偵殿、お見事です」

「さすが、ヤシロさま……素敵」

「やるじゃねえか、見直したぜ」

 三人の魔族は席から立ち上がって、ヤシロと固く手を握り、抱擁している。

 かくして、異世界探偵はまたも依頼を完遂し、名声は高まることだろう。

 ただひとり座ったままのステラが、熱気に帯びた空間で涼しげに訂正した。

「センセイ、最新の研究ではトクガワの死因は胃癌とのことです」





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魔王毒殺事件 雨乞ちはる @chiha

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