『なみだ』
山本てつを
第1話 なみだ
窓からは月光が差し込んでいます。
部屋には一脚の椅子。
その椅子にお嬢様が座っておられます。
私がお使えするこのお屋敷のお嬢様でございます。
月光に溶け込む白い肌。光に照らされる金色の髪。
お嬢様を見て、
「美しい」
とおっしゃらなかった方はいません。
そしてお嬢様の頬を伝う一条の涙。
お嬢様は毎日、涙に沈んでおられます。
お嬢様は旦那様のご自慢の娘です。
幼少の頃よりその美しさは際立ち、物心つく頃には隣国のさらにその向こうの国からも一目謁見しようと諸侯の方々がいらっしゃいました。
そして、皆様その美しさにため息を漏らしていました。
そのお姿を見て、お嬢様はまた涙を流しておられました。
部屋の中。お嬢様は大鏡の前の椅子に座っておられます。
私はお嬢様の横に立ち、寝乱れたままの金髪を手に取り、
「髪を梳かせていただきます」そう申し上げ、髪に櫛を通します。
大鏡に映るのは一脚の椅子と私だけ。
お嬢様は……。吸血鬼(ヴァンパイヤ)……。
そのお姿は、鏡に映りません
幾百・幾千の方々からその美しさを讃えられようとも、お嬢様はご自身のお姿を見た事は一度もありません。
産まれたときから一度も、その美しいお姿を見たことはありません。
「美しい」
そう言われるたびに、お嬢様は涙を流します。
どれだけ美しいと褒め称えられようと、自分でその姿を確認できないのであれば、何の意味があるのでしょう?
櫛を通し、美しさは完璧になっていきました。
そして、お嬢様はまた涙を流されるのでした。
『なみだ』 山本てつを @KOUKOUKOU
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