3章 少女の日々
気が付けば、目の前には先程までと変わらない光景。
一人の少女の後ろ姿と、その周囲の小さな世界。
その少女はというと、両腕を上げて身体を大きく伸ばしている。
その様子と、つい先程までの行動から推測するに、どうやら彼女は今まで寝ていたようだ。
そして更にそのことから分かることが一つ。
それは目の前の少女が寝ると、強制的に俺の意識もなくなるということ。
なるほど……まぁ少女の寝ているところを盗み見るのも正直忍びないし、都合がいいと思うべきか。
む?まてよ……目の前の少女が寝ていたということは、さっき……というよりは昨夜少女が書いていたのは…………日記か?
寝る前に書くものと言えばそれぐらいのもだしな。
ふむ、それなら目に入らなかったのはこれまた幸運、危うく少女のプライバシーに立ち入るところだった……。
……まぁ、とり憑いたり行動を観察したり時点で大分ダメな気もするが……。
と、とりあえずは気を取り直して、観察に戻るとしよう。うん。
観察二日目。
さて、俺が自分のやっていることから目をそらしているうちに、少女に何か動きがあるようだ。
少女は寝るときに抱いていたくまのぬいぐるみを小脇に抱えると、ゆっくりと小さな歩幅で歩きだす。
程なくして立ち止まると、その場に座り込み、昨日と同じように暗闇に手を伸ばしていく。
また何か別の物を取り出すのか……今度は一体何を?
暗闇の中から少女が取り出したのは、様々な形の木製のブロックの入った箱。
あれは……積み木か。
すると少女は、抱えていたくまのぬいぐるみを自分の隣に座らせ、箱から積み木を一つずつ取り出していく。
そして取り出したそれらを、器用な手つきで積み上げていく。
ほんのしばらくして組み上げられたのは、見事な西洋風のお城だ。
立派に建てられたお城を見て、少女は満足げに頷く。
ふむ、組んでいるときの手つきからみるに、少女は繊細な性格をしているのかもしれない。
そう分析した矢先、少女は隣に座らせたくまのぬいぐるみを抱え、その両手をつかむ。
すると次の瞬間、目の前にそびえる積み木の城に向かい、ぬいぐるみの手を使った見事な右ストレートをお見舞いする。
もちろん、なんの接着剤も使われていない積み木の城は一瞬に瓦解してしまう。
その惨状を見た少女は、またしても満足げに頷く。
訂正、繊細というよりは豪快な性格をしているようだ。
……それも大分。
観察三日目。
あの後、積み木で何かを作っては崩すという行為を繰り返した少女は、一日目と同じように日記をつけ就寝した。
そして一夜明けた今、少女の目の前にあるのは数冊の分厚い本。どうやら今日は読書をするようだ。
昨日の積み木と比べると随分と落ち着いたように思える。いや、本当に。
だが見たところ、置いてあるのはどれも絵本などではなく普通の小説のようだが……読めるのか?
すると、少女は目の前にある何冊かの本の中から、一冊を手に取り読み始める。
ページをめくる速度や、文字を追う首の動きから察するに、どうやらちゃんと読めてはいるようだ。
しかし、ぬいぐるみと積み木で遊んでいた昨日と比べると、随分と大人びて見えるな。
実は思ったよりも幼くないのか……はたまた歳の割に聡明なのか?
そんな考察をしていると、少女が急に読んでいた本を閉じる。
……?
疑問に思う俺をよそに、少女は別の本を手に取りまた読み始める。
かと思えば、また数ページ読んで本を閉じ、また別の本を手に。
そんなことを繰り返し、結局その日の内に読み終えた本は一冊もなかった。
……飽きやすい性格なんだな。
観察10日目。
さて、どうやら今日の少女は、あのお気に入りのくまのぬいぐるみで遊ぶようだ。
先程から、対面に座らせたぬいぐるみを無言でしきりに動かしている。
動きから見るに、ぬいぐるみを何かのヒーローに見立てているようだ。
とても微笑ましい光景なのだが、無言なのが少し寂しいな……。
ふむ……ではひとつ俺が、くまのぬいぐるみのアテレコをすることにしよう。
まてい!その娘を離せ、この悪党ども!!
いくぞ!変身!
ヒーローくま吉、参上ッ!!
覚悟しろっ、悪党ども!!
いくぞ!くま吉パンチ!
くま吉キック!
必殺!ベアーザスペシャル!!
参ったか!正義は必ず勝つ!!
…………………………俺は何をやっているのだろう。
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