4章 寂しげな背中
さて、観察を続けて早20日が経過した。
ここまでの観察を経て分かったことが二つある。
一つは、常にくまのぬいぐるみと行動を共にすること。
余程気に入っているのか、俺が気がついた当初を除き、彼女があのくまを手放したところを見たことがない。
二つ目は、毎晩眠る前に日記をつけていること。
内容は一度として見れたことがないため、どのようなことを書いているかまではわからない。
目の前の少女の行動の中で、一貫性を持ったものはこの二つのみ。
それ以外の行動においては、特別な規則性があるものは見られない。
……いや、正確に言えば、すべての行動において共通している部分がひとつだけ存在する。
その共通項は、このようないたいけな少女にはあるはずもない……あってはならないもの。
思い返してみれば、初めからどこかおかしくは思っていた。
そう、初めて彼女の容姿を観察したあのとき、幼き少女に抱くには似つかわしくない、ある感覚を俺は感じていたのだ。
その感覚を感じた理由……それは初めには記さなかった、少女の容姿の細部にある。
少女の腰まで伸びた髪の毛、一見すれば女らしさを醸し出すそれは、よく見れば手入れが行き届かずボサボサで、伸ばしたというよりは勝手に伸びたという印象。
観察を始めた頃から着ているワンピースには、端々にほつれや汚れがあり、長らく同じ服を着ていることがわかる。
また同じように線の細い手足の所々には、汚れが目立ち、その中には痣なども見て取れる。
そう、少女の容姿は、異様なまでに整っていなかったのだ。
そんな少女の後ろ姿を初めて見たとき、その背中に感じた少女には似つかわしくない感覚。
それは……寂寥の感覚だ。
最初、俺はその感覚を気のせいだと決めつけた。
汚れた体や服も、これぐらいの年の少女なら外で遊びまわればすぐにつくと。
だが、観察を続けることで、その感覚が気のせいでないということが分かった。
なぜなら目の前の少女は……ずっと一人ぼっちだったからだ。
今までの観察において、彼女以外の人間は――友人は愚か、両親でさえ――姿を見せることはなく、少女はずっと孤独だった。
……そしてこの孤独こそ、目の前の少女の行動の唯一の、あってはならない共通点なのだ。
だがなぜだ?なぜ、誰も居ない?
このような幼い少女がなぜ、たった一人で?
いつもと変わらず、孤独にくまのぬいぐるみと戯れる少女をみて、俺が疑問に思ったとき。
その変化は、唐突に起こった。
「簡単なことよ」
そこまで大きくはない、だが、確実に響く、人の声。
それを発したであろう、目の前の少女が、ゆっくりと振り返る。
「だって……私以外、誰もいないから」
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