5章 少女の真実

 ここに至り、初めて見る彼女の素顔。

 やはり、自分の想像したとおりの幼い顔立ち。

 しかし、そこに纏う雰囲気はおよそ、自分の想像する十代の少女とは随分とかけ離れたものであった。


 それはきっと、なんの感情も見て取れないその表情と、光のともらない瞳のせいであろう。

 そう。幼き子供たちなら、誰しもが持つであろうあのキラキラとした目を、目の前の少女は持っていなかったのだ。

 

 瞬間。

「ごめんなさいね、感情を表すのは苦手なの」


 抑揚のない声で言う少女の言葉に、俺は驚く。

 俺の考えが……分かるのか?

 いや……そもそも、俺のことが見えている?


「ええ。見えているし聞こえているわよ」

 再び返ってくる声。

 今しがた彼女自身が言ったとおり、無感情にサラリと言い放たれた言葉。


 …………ちょっと待て、ということは何か?俺の考えていることは全て彼女は聞こえていたと……そういうことか?

「まぁ全てではないけど……おおむね聞こえていたわ」


 全てではない?

「そうね、推測すると……あなたは自分以外に話す人がいなかったから、気付かなかったのよ」


 ……何にだ?

「自分の考えていることが口に出ているのが」


 それは……つまりはあれか?

 いわゆる、考えていることが気づかない内に声に出てしまい、独り言として発せられていたと?

「ええ」


 それを全てお前に聞かれていたと?

「ええ」


 観察対象とか言ってお前の行動を逐一記録していた俺の語りを?

「ええ……ほぼ全部聞こえていたわ」


 …………ふむ。………………なるほど。

 ………………………………………………死にたい。

「今のも口に出ているわよ?」


 いちいち言わんでいい。

 と、とにかくまずは深呼吸だ。深呼吸をして落ち着かなければ……。

「別に見られていたのは気にしてないから、気に病む必要はない」


 ……そりゃどうも。

「むしろ面白かったわ」

 ……さいですか。


「ええ、面白かったからつい記録をとってしまったわ」

 ……そうですか。

 

 ………………ん?…………ちょっと待て、今なんて言った?


「つい記録をとってしまったわ」

 ……おい、その記録ってまさか……お前が毎日つけてた……。


「ええ、あなたが日記と勘違いしていたものよ」

 そういって目の前の少女は一冊の本を見せてくる。

 …………なるほど…………俺の考えていることが聞かれていただけではなく、あまつさえ記録を取られていたと。


 ………………いっそ殺せ。

「私には無理よ?」

 ……だろうな。


 そもそも、どうやって幽霊を殺すと言うんだ。もうすでに一度死んでいるのに。

「いいえ、あなたは死んでいないわ」

 


 …………は?

「あなたは死んでいない、と言ったわ」

 いや、別に聞こえてはいたが……。

 ちょっと待て、俺が死んでいない?じゃあ俺は一体何なんだ?


「いわゆる生き霊ってものかしら?」

 ……生き霊?

「あなたの本当の体はこの世界のどこかで生きていて、今は魂だけがここにある状態なの」


 なるほど。……だが、なぜそんなことがわかる?

「私があなたを呼んだから」

 呼んだ?……お前が俺の魂をここに引き寄せたということか?


「ええ」

 一体何のために?

「……一人は……寂しかったから」


 …………そうか。

「……ええ」

 なんで……一人しかいないんだ? 


「……私が、滅ぼしたから」

 …………滅ぼした?

 ここに居た……人間たちをか?


「いいえ……ここ以外……世界中のほとんどの人間は、私が滅ぼしたわ」

 …………。


「今この世界には、私とあなた、それと運良く生き残った人間がほんの数人……それしかいないわ」

 ……何を……言っているんだ?


「真実よ」

 …………それが真実だとして、なぜそんなことを?


「ここにいた人間が……私を使ったから」

 使った?


「そう……でも使い方を誤って、自分も巻き込まれたの」

 …………。


「生かすこともできた……けど私は、そうはしなかった」

 …………ここにいたやつらは、なんでお前を使おうとしたんだ?


「……それは、もうすぐわかるはずよ」

 …………何を言って……?


 それは唐突に起こった。

 自分の見えている世界が、徐々に広がっていく。

 それと同時に感じるのは、少しずつ薄れていく自分という存在と、よみがえってくる記憶。


 ああ……そうだ……俺は…………ここを知っている。

 小さな15cmの円は徐々に広がり、しかし、すぐに止まる。

 いや、止まったのではない……全てが見えるようになったのだ。


 目に映るのは、床も、壁も、天井も、その全てが冷たい鋼鉄で出来た、四畳半ほどの小さな部屋。

 壁にある扉は重く頑丈な作りで、外から鍵がかけられているはずだ。

 天井の四隅には監視カメラが設置されており、少女の行動を四六時中観察している。


 そう。ここは……。

「ここは、檻」

 少女を閉じ込め、研究するための。


「軍事兵器開発の一環として、私はここで研究されていた」

 ……その中には、人道から外れたものもあった。


「だから私は、彼らが私の使い方を違えたときも、彼らを生かすことはしなかった」

 ……だが、それでは君は……。


「そう……命は奪えても、物を壊すことができない私は、二度とここを出ることができない」

 …………。


「でも……それでいいの」

 …………。

「それが、この世界を滅ぼした……私への罰」


 …………それならなぜ?

 なぜ俺は生かした?……俺もかつてはここで……。


「…………」

 少女はその問いに答えず、俺から視線を外す。

 すると部屋の隅まで行き、いつも寝るときに抱いていた一匹のくまのぬいぐるみを抱え上げる。


「……あなただけは……違ったから」

 …………。


「あなたがいてくれて、本当に楽しかった」

 …………。


「でも…………もうそれも終わり」

 

 

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