第3話 「わたし」(3)
コンクリートの硬く冷たい感触が、わたしをまどろみから過酷な現実へと引き戻した。
横たえられたまま、身じろぎをしようとしてわたしは、手錠のような物で手首の自由が奪われていることに気づいた。
ここは……どこだ?
八畳ほどのコンクリートの部屋は窓がなく、一見すると、地下室のようだった。意識が途切れる直前、わたしが目にしたのは大きな日本家屋だが、ここはその地下なのだろうか。
わたしは上半身を起こすと、室内の様子を確かめた。
コンクリートの壁はあちこちに水漏れか何かの薄気味悪いしみがあり、天井に申し訳のように据えられた蛍光灯がじりじりと耳障りな音を立てていた。
室内にはベッドなど調度品のたぐいは一切なく、壁際にスチール製の棚と、作業机が寄せられていた。棚板の端からはスパナの柄や、電動鋸らしき物の一部が覗き、誰かがここで作業をしているらしいことをうかがわせた。
視線を部屋の隅に向けると、どういうわけか洋式便器が一つ据えられているのが見えた。その風景が独房を連想させ、わたしはぞっとした。
わたしが横たえられている位置の正面に三段ほどの低い階段と、出入り口らしいアルミ製のドアがあり、じっと見つめているとふいにドアノブがゆっくりと回り始めた。
誰か来た。
緊張と恐怖で軽い尿意を覚えつつ、わたしは身構えた。
やがて、アルミ扉特有の嫌なきしみ音とともに、ドアがこちらに向かって開かれた。
開け放たれたドアから姿を現したのは、わたしを拉致したオールバックの男性だった。
男性はわたしに歩み寄ると、横たわるわたしの傍らに屈みこんだ。
「どうだ、この部屋の居心地は」
「いいわけないわ」
わたしはありったけの憎悪を込め、男性の目を見返した。
「思ったより元気そうだな。……まあ、来たばかりだから当然か」
男性は感情のこもらない口調で言うと、口元を意地悪く捻じ曲げた。わたしは屈辱で頭が煮えたぎるのを感じた。
「こんなことをして、すぐつかまるわよ」
わたしが牽制すると、男性はせせら笑った。
「それはどうかな……まあ、元気のあるうちにせいぜい悪態をつくといい。どうせここから逃げることはできないのだから」
わたしは歯ぎしりした。やはり、閉じ込めておくつもりで連れてきたのか。
「食事は後で運ばせる。せいぜい残さず食べるんだね」
男性は立ち上がると、くるりと身をひるがえしてドアの向こうに消えた。
再び沈黙に支配された部屋で、わたしはあらためて絶望をかみしめた。
家でお昼を食べてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。昼か夜かもわからないこんな部屋でこれから過ごさねばならないのかと思うと、気が狂いそうだった。
――あんな願掛けなどするのではなかった。
わたしは今さらながらに悔いた。実際に口にした願いは、英語の成績が上がるようにというものだったが、胸の奥ではもう一つの願いを呟いていたのだ。
――愛莉が不幸になりますように。
わたしはほこらの奥にいるであろう何かに向けて、そう願ったのだった。
〈第四話に続く〉
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