第2話 「わたし」(2)


 事の起こりは、願掛けだった。


 隣町との境にある山の中腹に、クラスメートが「ほこら」と呼んでいる小さな社があった。数時間前、わたしはそこを自転車で訪れたのだった。


 社と言っても知名度があるわけではなく、そもそも家でも近所でも、話題にすら上ったことがない場所だ。それがいつからか恋愛や学業の運を上げると噂になり、ちょっとした鬱憤をため込んでいたわたしは、お供え代わりのコンビニスイーツをリュックに放り込むと、半ば冷やかしのつもりで出かけたのだった。


 見知らぬ男性の車に連れ込まれたのは、願掛けを終えた直後だった。直前に何かやり取りがあった気がするが、よく思い出せない。覚えているのは突然、車が目の前に現れたことと、両手を縛られて車に乗せられたことだけだった。


 気が付くとわたしは、運転席の後ろに転がされていた。男性はわたしの質問に一切、答えようとはしなかった。目的地すら知らされない状況に、ふと拉致、監禁という言葉が脳裏をよぎった。今、助けを求めなければ後悔する、そう思っても声がなかなか出なかった。


 お願い、工事の人でも宅配の人でもいいから気づいて――


 わたしの願いもむなしく、車はついに町はずれの倉庫と資材置き場ばかりが目立つ寂れた一角に入りこんでいた。


 こんな場所で、トラックのコンテナにでも閉じ込められたら、絶対に見つからない。わたしは恐怖と絶望で目の前が暗くなるのを覚えた。


 やがて道の片側にうっそうとした屋敷林が見え、車は高い塀を巡らせた邸宅の敷地へと大きくカーブを描きながら入っていった。旧家を思わせる古い家屋が目の前に姿を現し、 男は日本庭園風の庭の一角に車を停めた。


 これからどうなるのだろう。あの家の中には、男性の仲間がいるのだろうか。


「これから降りてもらうが、暴れられると困るので、少し眠ってもらうよ」


 男性はそう言うと、私に近づいてきた。男性の手にはいつの間にか、注射器らしきものが握られていた。


 注射器の針がわたしの顔の前に迫り、わたしは恐怖で身を固くした。やがて首筋にちくりと痛みを感じたかと思うと、次第に意識が遠のいていった。


               〈第三話に続く〉

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