とらわれ

五速 梁

第1話 「わたし」(1)

 

わたしを乗せた車は、制限速度を遵守して穏やかな走行を続けていた。

 長く緩やかな山裾のカーブを曲がり終え、平坦な道に出ると間口の狭い店が軒を連ねるひなびた一角に出た。


 ああ、人里だ、助かる――


 わたしは流れる景色に目を遣りながら、そう思った。


  ――なんとかうまく、コンビニの駐車場にでも入ってくれないだろうか。


 わたしはシート越しに運転席の様子をうかがった。ルームミラーの端に、オールバックの髪と狭い額、眼鏡の一部が映っていた。運転者が何を考え、どんな表情でハンドルを握っているのか、ここからはわからない。


――思いきって、大声をあげてみようか。


市街地に入った安心感からか、わたしは大胆なことを思った。

 ……でも、迂闊な真似をして運転者の逆鱗に触れでもしたら、取り返しのつかない事態になるかもしれない。


 運転を続ける背中には、無言の威圧感があった。外見上は普通のビジネスマンに見えるその人物に、つい数十分前、わたしは突然拉致され、車に乗せられたのだった。


 ――山中に引き返され、そのまま殺害されないとも限らない。


 わたしは気づかれぬよう、考えを巡らせた。なんとかドアを開けて車外に出るチャンスがはないものか。ロープで戒められた手首に力を込めると、もぞもぞと身じろぎするような気配に勘づいたのか、運転者の眉がわずかに動いた。


 だめだ。危険すぎる。わたしはいったん、身体の力を抜いた。変に動いて気配を悟られるより、好機が訪れるのをおとなしく待つ方が、まだ助かる可能性が多そうだった。


 それにしても、とわたしは思った。

 山の向こうとこちら側とで、こうも風景が違うものか。


 わたしの育ったM町は山を隔てて西側だが、学校や大型ショッピングモールがあるせいか、人通りが多く常に賑わっている。それに比して東側にあるこの街はどうだろう。町全体が山の影に沈みこむように暗く、この時刻特有の卵を流したような柔らかな色がない。


 街に入ってから交差点をいくつか過ぎたが、住宅の数が目立ち始めてもいっこうに人の気配が見られない。老人の多い地域なのだろうか、とわたしは訝った。

 このままでは通りすがりの人に助けを求めようにも、どうにもならない。


 ――誰でもいいから、私の状況に気づいて。


わたしは窓の外に向かって祈るような視線を向けた。警官とは言わない。学校帰りの生徒でも、主婦でもいい。なんとかしてこの車に関心を向けてはくれないものか。


 わたしの必死の願いもむなしく、人気の絶えた町中を車は一定の速度で走り続けた。


               〈第二話に続く〉

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