誰かに問いかける物語

@boko

誰かに問いかける物語

「パンチェッタとサラミのピザを一つ。」私のその言葉に目の前に居る彼女はとても大きなため息をついた。

「‥このタイミングでそれを言われるとは思わなかったなぁ。」

「じゃあどのタイミングで言えば良かったのですか?」と私が言うと彼女は再びため息をついて答える。

「良くさ、あるでしょ?どういう場所でこういう事をされたい?って質問。君と付き合って長い年月経つけれどまさかこんな所で言うとは思わなかったなぁ‥。」喜べば良いのか怒れば良いのかよくわからないとでも言いたげな顔をしながら彼女はストローに口をつける。

「じゃあ先輩ならどこだったら良いのですか?」私が彼女に対して久しぶりに敬語を使うと先程の何とも言えない表情は何処に行ったのか、目をキラキラさせながら饒舌に話し始める。

「よくぞ聞いてくれたね。私はね、こうさ、普段行けないような高級レストランでさ‥。」

「高級レストラン。」

「そう、普段じゃあ行けないような所が大事だよ。『普段行けないような所に連れて行ってくれる事で私の為に頑張ってくれているんだ。』って感動するし、何よりそういう時は素敵な君と特別な場所に居たいじゃないか。」そんな事を笑顔で言われると申し訳ない気持ちになってくる。

「まぁ‥。私を誘ってくれたってだけで嬉しいんだけどさ‥。」顔を伏せながらでも顔が真っ赤だとわかる。

「当たり前じゃないですか先輩が一番大事なんですから」私も恥ずかしいがここで男を見せないといけないなと思い彼女の手を両手で包み込む。

「結婚してください。」先程言った言葉を今度は彼女の目を真っ直ぐ見て言い直した。

「こ、こんなタイミングで言うのかい‥?」目を逸しながら彼女は先程より顔を真っ赤にしながら答えた。

「こんなタイミングだから言うんです。先輩が一番大事な存在だって事はずっと昔からわかっていましたがここで言わないと一生言えなくなりますもん。」

「うん、そうだな。そうだ。私も君の事が好きだぞ。」再び沈黙。

『パンチェッタとサラミのピザをお持ちしました。』沈黙を破る店員の声と共に皿に乗っけられたピザがテーブルの真ん中に置かれた。

店員が去っていった後も沈黙が数秒、彼女はなんだか言いにくそうに一言。

「冷めちゃいけないから食べようか?」

そう言った直後近くの席で男が叫びながら立ち上がった。

「どういう事だよ!!」声のした席の方を見てみると顔を真赤にしながら激昂している男と、その正面に髪を金髪に染めた女がストローでコップをつまらなさそうに混ぜていた。

「だから言っているじゃない‥。私は別に貴方の事は好きじゃない。」男の顔を一切見ずに女は答える。

「じゃあ‥。なんで今日俺と居るんだよ?」

「それは、単純にお金がなかったから‥。貴方が高級レストランに連れて行ってくれるって言ってたからで、貴方は私に何かをくれる人なだけで異性としては見られない‥。でも‥。」女はストローを動かすのを止め憤慨している男の方を見ながら言った。

「でも私を幸せにしているだけで貴方は幸せなんでしょう?言っていたじゃない!!」とびきりの笑顔で彼女はそう言うと男の血の気は失せ、表情を変えぬまま女の目にカトラリーケースの中に入っていたフォークをぶっ刺した。

「何言ってんだお前?」女性の悲鳴に対して相変わらず表情も変わらずに男は一言。

周りの人間はその光景を呆然と見ており、誰も動こうともしない。

「お客様。何をしているのですか!!」店員が呆然としている男の腕を抑え動きを封じるが、男は抵抗もしようとせずに言葉を放った。

「どんだけ脳内お花畑なんだよ。幸せ?何ふざけたことぬかしているんだ?こんな日にお前といるのなんてそんなのお前が好きだからに決まっているだろ!!お前がお腹いっぱいだから幸せ?なわけねぇだろうが!!俺はお前と両思いだって‥。お前も俺の事が好きだと思って今日一日居たんじゃないか!!」男は顔をくしゃくしゃにしながら涙を流し始めた。

だが、他の客達は男が店員に拘束されるのを見届けると視線をそれぞれの席に戻して食事を再開した。

「はぁ‥。まただよ。」そう言いながら彼はピザを切り始める。

「まぁ‥、流石に慣れたけどね。人って物は案外壊れやすいからね。私も1人だったらああなっていたかもよ?」

「いや、先輩が1人で居るなんてありえませんもん。自分が先輩を絶対誘いますもん。実際こんな日だから高い料理を二人で食べようと思ったら入れなかったから、ここでこうやってピザを食べているわけですよ。」違う席から聞こえる騒音など無視をして彼はピザを一口頬張る。

「美味しいですよ。先輩も食べてください。」

「じゃあ‥。」彼女は両手を合わせて礼儀正しく「いただきます」と言ってからピザを一ピースとり頬張る。

「うん。美味い。それにしてもよくそんな恥ずかしい言葉をスラスラ言えるねぇ。」

「それほど好きなんですよ。」相変わらず彼は年下なのにさ、私が照れるほど恥ずかしい言葉をスラスラと言ってくる。

顔に出ているかわからないけれど、ニヤけてしまうほど嬉しい。

年下だから言えるのかな?そんなわけない。

私は落ち着き一言。

「今日で世界が終わらなきゃ人生で一番最高に日だったのに‥。君と一緒に末永く幸せになりたかったよ‥。」その言葉に彼は返事をせず無言でピザを頬張った。


世界は今日で終わる。

時戻ること3週間前、ロボットが人間の仕事を負担しているこの世界の空からUFOが現れたのだ。

数々のUFOが地球の頭上を飛び回りそれぞれがそれぞれ地球の生物全ての脳に語りかけた。

『この星の生物はこの星の時間間算30240分。21日後に破壊することが決まった。我々に抵抗しても良いが死期が早くなるだけだぞ。さぁ、お前達はどのような選択を行う?』

当然の如く各国はUFOを撃退するために奮闘。だが、あまりにも一方的な被害を受ける。

UFO撃退数0。

人類は数週間で滅びる事を実感した瞬間である。

ここから常識のストッパーを取り外す人間が大量に現れた。

自殺 強姦 殺害 窃盗、抑制から開放された者達のせいで治安崩壊。

だが、そうした人間も日が進む度に宇宙人に殺される恐怖で自殺。

自殺 自殺の連続で時間が経つごとに人々の数は現象していった。


ため息をつく彼女。その後ろでは、機械店員が先程の男を抑えたまま笑顔で男を見つめている。

「貴方は罪を犯しました。社会のルールに従って、て、てて、て、社会?のルール?は何処にある?」店員は口をあんぐりと開いたままぶつ切りに音声を発する。

犯罪管理課が無くなったからであろう。

犯罪が発生した際、犯罪管理課に発生した事件・事故の詳細を連絡するのだが、機械店員が事件内容を送信した後いつもの様に返ってくる返事が無い為、この後に何を行えば良いのかがわからなくなっているのである。

「いてぇ、くそ機械!!痛いんだよ!!」取り押さえられている男は動かない機械に痛みを訴えているが、店員は、一向に動かない。

ついでに目にフォークを刺された女はピクピクと体を痙攣して倒れている。

「送信が出来ません。受信もされません。エラーです。エラーです。エラーです。」機械は同じ言葉を何度も繰り返し世界が崩壊するまでその場から動かなかった。

あまりにも見慣れた光景。

誰もが男の事も女の事も助けず店を出ていった。


「だれもこれが人間の最後なんて思わなかっただろうなぁ。」お店を出た私達は無言でアパートに向かって歩いていたが、ポツリと呟いた。

「自分もそんな事は思っていませんでしたよ。でも今日終わるんです。こんな日に好きな人と過ごす人もいれば、現実逃避の為に働いている人も居る。最後だからって何か一日が変わると思っていましたけれど、大した変化はなかったですね。」

「そうだね。私に告白したって事はたいした事だと思っていないって事かな?君?」少し得意げな顔をしてからかう先輩に彼は答えた。

「いつか言おうと思っていたことが今日になっただけですもん。」そう言うと彼は彼女を見ながら再び先程の言葉を言った。

「結婚してください。」片手を彼女の方に向ける。彼女は彼の手をギュッと握り満面の笑みで答える。

「はい。」

最後の日だと言うのに二人共幸せそうな顔をして手を繋ぎ安物アパートに向かって歩く。


電話のような音が脳内に鳴り響き、3週間前と同じように声が聞こえた。

『3時間。君達の人生が終わるまでの時間だ。生きている者、死んでいる者も様々だろう。さて、残り時間が近いことだし、なぜ我々が突如このような事をした理由を教えてやろう。お前達がこの地球を汚しているなんて大層な理由でもない。こんな星が滅んだ所で誰も困らないからな。』

『理由は簡単だ。実験だよ。貴様等が自分の最後を知った場合どのような行動に出るかという実験を行っていたのだよ。貴様等から見れば「なんて身勝手な事だ!!」と怒るだろうな。だが、貴様等も数々の実験を行っているだろう?被験者側から見たら、その行いだって身勝手な事なのだ。だから貴様等が行っていたことと私が行う事に違いはない。ただ、実験者から被験者に変わっただけの事なのだから。』

『では残りの時間を楽しく、悲しく過ごしてくれ。貴様等の感情と行動が我々にとっての最大の喜びであるからな。』

言葉はそこで終わった。


安物アパートで空をじっと見ている二人のどちらかが言った。

「最後にキスをしない?」

その言葉に返事はなく二人の唇が重なり世界が崩壊した。


もし、世界の終わりが近づいてきたらどうしますか?

半信半疑にもなれない現実が襲いかかってきたら貴方はどうしますか?

人の為に何かを行いますか?家族の為に何かを行いますか?恋人の為に何か行いますか?

犯罪を起こしますか?罪を償いますか?罪を止めますか?

仕事に行きますか?休みますか?何かを行いますか?

そこにモラルはありません。そこに常識はありません。ただ、最後が近づいてくるだけなのです。

誰も罪を咎めません。誰も助けてはくれません。恨まれる者は殺されるかもしれません。何も行動しない者はそのまま世界が終わるだけです。

ただ、最後がいつ来るのかわかった時に何をするのかを私は知りたいのです。

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