第55話 Nさん奇跡です

「桜雪クン、ボク灯油入れて来るよ」

 N県は雪国、N主査は浅草の育ち。

 灯油を入れるのが楽しいようだった。

 この部屋で、もっとも肩書が上のN主査…他の社員が気まずそうだ。

「あっ、いや…彼に行かせますよ…」

「大丈夫だよ、ボク覚えたんだよ、カギ借りてくね」

 灯油タンクは屋外に設置されている。

 吹雪の中、外にでて鍵の掛かったタンクから灯油を補充するのだ。


「俺も行きます」

 部下が席を立った。


 しばらくして…帰ってこない2人…。

 様子を見に行くと。

「桜雪さん…鍵が…」

「無くしたの?」

「いやぁ~無くしてないよ…在る場所は解ってるんだよボク」

「じゃあなに?」

「ボクがさ~指でクルクル回してたらさ~スポッと落ちたんだよ」

「どこへ?」

「灯油タンクの中へ」

「はい?」

 ファンヒーターの灯油タンクに、ほぼ直径同一の鍵を落とすって…奇跡だよ…。

 狙っても入らねェ。


「しょうがないから…灯油を何かに入れてさ、磁石かなんかで拾うしかないでしょ」

「それが…」

「えっ?」

「ボクもそう思ってさ、灯油を屋外タンクに戻したんだよ、そしたらさ、また一緒に流れたみたいでさ~このタンクに無いんだよソレが」

 ほぼ同一直径の鍵が入っただけでも奇跡なのに…ソレをさらに深く大きい大型タンクに流すって…キリスト並の奇跡を見た気分だよ…。


「どうする?見えないんだよね、ライトで照らしてもさ~鍵掛けないとさ~誰でも自由に灯油入れられちゃうよ、マズイよね~防火管理上もさ~、こういう場合マニュアルどうなってるの桜雪クン?」


「僕のマニュアルでは蹴り飛ばすことになってるんですが」


 その後1時間以上、工業用の電磁石を使用して、手さぐりで屋外タンクの中を引っ掻き回す羽目になるのだ…吹雪の中を…。


 取り出した頃には、部屋は真冬の寒さ、ファンヒーター止まったままだしね。

「お疲れ様、桜雪クン、コレ飲んで、好きでしょコーラ」

「こういうときは、あったかいヤツ!!」

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