第三部 三十

 銃声は一度だけ鳴った。

 カーティスの拳銃から放たれた硬性ゴム弾は、彼女の鎖骨に大きな衝撃を与え、意識を奪った。血を失ってふらつく頭を必死に励ましながら、カーティスは倒れた彼女を守るため覆い被さり、リボルバーで敵を撃った。反撃で死を覚悟したが、相手は逃げ出した。クライヴ親友が自分の命を救ってくれたことを知ったのは、ウッドエンド病院で彼が目を覚ましてからのことだ。

 一週間前。二〇一号室には、もうひとり患者がいた。彼女はここに運び込まれた翌日に目を覚まし、カーティスを見守っていた。ぼやけた視界が広がり始めたとき、左手に、細く、きれいな手が絡んできたかと思うと、暖かい感触が伝わってきた。


「おはよう」


「……おはよう」


 カーティスはかすれ声で返した。彼女の元気な姿を見て、


「ほら、見たことか」


 すると彼女は微笑んだ。


「うん」


「いつここを出るんだ」


「明日」


「お別れか」


 体を動かそうとしたカーティスだが、全身を覆う包帯と、右肩に着けられたギプスに気付くと、じっと動かなくなった。


「どれくらいだ」


「メキシコに帰らないとわからない」


「待ってるよ。電話番号はそのままに。またこの国を周ろう」


「もう一回、同じところをね」


 ※


 見舞いに訪れたクライヴに押され、カーティスを乗せた車椅子は病院内の廊下を進んでいく。月曜日の午後の院内は、見舞いに来た人、行き来する医師や看護師で騒がしかった。


「爺ちゃんの墓参り、行ってくれて助かった」


「あれくらいはな。ご両親から連絡はあったか」


「親父からメールが来た。来週の月曜、会いに来るらしい」


「同席したほうがいいか」


「いらねえよ。子どもじゃあるまいし」


 カーティスは笑いながら言った。

 ロビーを抜けて外に出ると、陽射しが作る木陰を通り、裏にある小さな庭にやってきた。

 ふたりの視線のさきにはハワードたちがいた。戦闘で壊れたアレンの義手は、元通りになっていた。


「あんたの生命力はゴキブリ並みだな」


 ハワードが言った。

 カーティスはクライヴに支えられながらゆっくり立ち上がると、三人のもとへ近づいた。クライヴも続く。五人は北西に広がる野原を見ていた。照り付ける太陽と、肌を撫でる風が心地よかった。


「三ヵ月は入院しろと言われたが、一ヵ月もあれば十分だ」


「冗談には訊こえませんね」


 とアレン。


「クライヴから訊いたぞ。お前たち、これからどうするんだ」


「私は提案に乗るつもりだ」


 ノーマンが言った。ハワードもアレンも同様であった。カーティスは物憂げな表情をして俯くと、やがて口を開いた。


「……退院したら、アビントン夫妻に会おうと思う」


 エルマーが、自分の所属していた部隊の隊長によって殺されたと知ったら、両親はなんと言うだろう。もしかすると、言葉だけでは済まないかもしれない。だが、痛みが伴う覚悟はできている。


「俺たちも行くぜ。責任がある」


 ハワードの言葉に、アレンとノーマンも頷いた。

 バルタサールたちが罪を償うように、カーティスもまた、そうでなくてはならない。わだかまりを消し、心からの笑顔を彼女に見せるために。


「そういえば、これからの俺の身の振り方だが、もう決めてある」


「どうするんだ」


 クライヴが言った。


「兼業だ」


「SCO0と、か?」


「ああ」


「なにを」


「じつは、特技がひとつ増えたんだ」


 カーティスは力強い笑みを見せた。左手首に巻き付けられたCWCの腕時計は、まばゆく輝いていた。



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悪党に鉄槌を 殺人犯に花束を 菊郎 @kitqoo

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