第三部 二十八
クライヴは車のギアをトップに入れた。
「ノース・ピアだ！」
ユニオン通りを右に曲がり、クライヴたちはギルド通りに入った。道なりに進めば、カーティスがいる埠頭へたどり着ける。
クライヴはブレーキを踏んだ。前方を武装車輛が横切ったのだ。ギアをファーストに入れて発進するが、無数の銃撃が車体を襲った。乗っているバンは防弾仕様だが、どれほど耐えられるかはわからない。
リージェント・キーを道なりに進み、コマース・ストリートと合流するY字路に差し掛かろうとした瞬間、
「あそこで降ろせ」
ハワードが言った。
「迎え撃つつもりか」
「このままじゃたどり着く前に蜂の巣だ」
ハワードはG36のコッキングレバーを勢いよく引いた。それを合図に、荷台に座っていた者たちも一様に銃を確認しだした。
「ここからなら一キロもない。お前がふたりを救え」
バックミラーに映る彼らは、深く頷いた。
「ありがとう」
「行くぞ！」
倉庫の影にバンを停車すると、ノーマンが啖呵を切った。ほかの者も彼に続く。
ハワードが助手席を降りた瞬間、クライヴはアクセルを踏み込んだ。背後から銃声が鳴ったが、サイドミラーは見なかった。
ウォータールー・キーを進み、クライヴは車を降りた。北から銃声が訊こえた。G36を構え、警戒したままヨークプレイスへと進入する。人気はなかった。
早くなる鼓動に駆られ、クライヴは走った。カーティスが諦めるとは到底思えないが、アレクシアはわからない。自分のために死に物狂いで戦う姿を見て、カーティスの安全と引き換えに協力隊に投降するかもしれない。アレクシアだって、カーティスを死なせたくないはずだ。
ヨーク通りに入り、切れた息を整えた。ずしりと両腕にのしかかる小銃を構え直し、懐から取り出したタブレットでカーティスの位置を確認する。青い小さなアイコンはさきほどから動いていなかった。
アレクシアが死ねば、カーティスも死ぬ。クライヴは思った。
直接的な意味ではない。寄る辺や支えを失い、狂った人々を、クライヴはよく知っていた。
◆◆
暗い浜辺は、カーティスたちの姿をうまく隠していた。雲のおかげで月明かりも薄い。無言で走り続けたふたりは、アバディーンの埠頭に立っていた。追手の気配はないが、いつ見つけるともわからない。カーティスから流れる血痕は、痛々しい足跡を点々となぞっていた。
防波堤は波を弾き返すこともなく、北海に向けてただ静かに突き出ていた。ここまで続いた命のやり取りは、ときおり雲間から顔を出す月が光らせる海面を、ひと際美しく感じさせた。
カーティスはしばし東を見ていた。祖父のブライアンが戦った、アルジェリア、リビア、エジプトを。そしてフランスを。
「こんなことになるなら、あなたに会うべきじゃなかった。ずっとあなたに迷惑をかけてばっかりで」
「そんなことない。楽しかった」
「……そう言ってくれるの」
アレクシアは笑みを浮かべながら髪をかき上げた。
「私ね、あなたを殺したくない。でも」
カーティスは深く息を吸うと、アレクシアの方へ向き直る。
彼女と同じ思いであった。野原を歩き、料理を食べ、映画を鑑賞した日々。帰還兵の虚ろな心を満たしたのは、アレクシアだった。彼女が死ねば、自分も死ぬ。たとえ生き永らえても、意味はない。
下唇を噛みながら、アレクシアはカーティスを見つめていた。
「――SCO0の標的はみな、全力で俺に挑み、死んだ」
カーティスはそう言いながら、最後のマガジンをコルトガバメントに装填する。ホルスターにしまうと、左足に付け替えた。
「決闘だ」
アレクシアが状況が飲み込めないのか、ただ彼を見つめていた。
彼女が拳銃で数多くの敵を殺してきたことは、ブリーフィングでよく知っている。
「なにを言って――」
「捕まって壮絶な目に合うのは君も同じだ。奴らの手に渡るくらいなら、俺が君を殺す」
「その後はどうするの」
「連中を皆殺しにする。俺が死ぬか、奴らが死ぬのがさきか」
「そんなことさせない」
アレクシアが右手をジーンズのポケットに添えた。そこに、カーティスが渡したリボルバーがあるのだろう。カーティスもまた、ホルスターに左手をかけた。
ロシアンルーレットをやったことがある。一回だけ。たった一回引き金を引いただけだが、死ななかったと分かった瞬間、床に崩れ落ちた。汗が吹き出し、血が全身を駆け巡った。安堵の思いなど欠片もなく、馬鹿げたことをした軽蔑と、死に怖気づいた情けなさが残った。
振り切ったと思った過去が、こうして目の前にいる。因果に、おかしさを感じずにはいられなかった。
「分かってくれないか」
「あなたは？」
「無理だ」
「私も」
カーティスは深呼吸すると、ポケットに手を突っ込み、取り出した二ポンド硬貨を指で上に弾いた。
「
◆◆
その銃声には訊き覚えがあった。続いて響く、散発的な銃撃。
クライヴは小銃を構え直し、パイロットスクエアにある料理店の壁に張り付いた。敵が四人、埠頭に向かって攻撃している。彼らがこちらに背を向けている状況を逃す手はなかった。
後方にいる者の背中を迷わず撃つ。崩れ落ちる仲間の姿を認める前に、すかさず右にいたふたり目に向けて引き金を引いた。腰部を撃ち抜かれ、力なく地面に倒れ伏す。
壁に隠れると、残った敵からの反撃を受けた。コンクリートの建物を銃弾が削っていく。
スマートフォンを取り出したクライヴは、カーティスと通話を試みる。すぐに呼び出し音が鳴った。八回鳴っても彼は出なかった。スマートフォンを乱暴にポケットに押し込んだ。
さきほどの銃声は一回しか鳴らなかった。小銃にマガジンを装填しながらクライヴは考える。果たしてあれは反撃だったのだろうか。確認できただけでも四人はいた。一発で四人を仕留められるはずはない。
「まさか」
彼は呟いた。顔から血の気が引いていく。
銃撃が止んだのを見計らい、クライヴは反撃に転じた。遮蔽物のない公園に陣取っていたからか、残ったふたりは下がり始めた。暴れる銃身を制御するほどの体力はクライヴに残っていなかったが、撃つだけで十分だった。
埠頭からさらなる銃声が響いた。逃げていたふたりの隊員は一様に頭から血を飛び散らせると、その場に倒れた。
小銃を捨て、クライヴは走った。月明かりに照らされた地面の上にいるふたりの姿を、ようやく認めた。仰向けに倒れるアレクシアと、彼女に覆い被さっている、血まみれのカーティス。
「おい！」
両肩をつかみ、カーティスを仰向けにした。全身におびただしい傷がある。かろうじて息はしているが、いくら呼び掛けても返事はなかった。カーティス同様に血に染まったアレクシアも、意識がない。
『カーティスとアレクシアを発見した！ ノース・ピアにいる、出血がひどい。救急車を回してくれ！ 急げ！』
助けを呼んだカーティスにできることは、救急隊員もどきの応急処置だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます