第9話
同級生が、就職、進学、留学と進路を決めていく中で、新太郎はいつまでも余り者だった。
怜奈が大学四年生の夏を迎えた頃、就職が思うように行かず、毎日なにか思い詰めているような顔をしている新太郎に、旅行を提案した。遠くではない。ニホンのホッカイドウという場所への旅行だった。立ち入り禁止区域になっているトウホクを超えて、避暑地のホッカイドウへ気分転換をしに行こう、という計画だった。
最初、それを提案したとき、一秒でも時間が惜しい新太郎は、あまり良い顔をしなかった。だがしつこく、そして甘えるようにせがむと、現実逃避したい彼の本音を引き出すことに成功して、その月の終わりには二人はホッカイドウにいた。父親の一平にはゼミの旅行だと嘘を吐いた。一平は、特に疑うこともなく快く彼女を旅行へ見送った。あまりにも見事に騙されるので、怜奈が思った以上の罪悪感を感じる。
だがそれもホッカイドウの空港に着いてしまえば、小さく萎んで消えてしまうのだから現金なものである。
連れだって空港に降り、トウキョウとは気温も湿度も全く違うホッカイドウに二人は驚く。
レンタカーを借りてそれに荷物を詰め込むと、新太郎の運転でホテルまで向った。見晴らしの良い広大な牧場の近くにあるホテルだった。
「田舎の匂いがする」
車内にクーラーが要らないほと快適だった。怜奈は窓を開いて、入り込む風に髪を靡かせる。
「確かに田舎っていっつも同じ匂いがするよな」と、新太郎。
怜奈はその香りで、小学生の頃の遠足を思い出す。どこへ行ったのかもう思い出せないが、バスで一時間半程度のところにある大きなアスレチック公園へ行った思い出だった。当時仲の良かった、美咲という子がいた。いつも一緒に行動を共にしているほどの仲だった。だが怜奈の中学受験を機に疎遠になり、美咲自身もその後、火星だが月だかへと引っ越してしまった。
今でも元気でやっているのだろうか、気になるところである。だがもう連絡を取る術すらわからないほど、過去に存在した美咲という子の存在は遠くになってしまっていた。きっともう二度と会うこともないだろう。
そうやってどこまでも広がる緑の大地に乗せるように、自分の思い出を広げていると、いつの間にかホテルに到着する。
二人はトランクから荷物を下ろして、チェックインを済ませる。あまり高い部屋は取れなかったが、だからといって安い部屋を取ったわけでもなかった。
部屋に入ると、荷物を下ろして、怜奈はバルコニーに出る。来るとき、車内で確認したはずだったが、それでもやはり部屋からの景色も確認しておかなければ、損というものだ。
これから三泊ほどホッカイドウで過ごす予定だった。
最後の夜に子供のことを伝えようと決心をしていた。
「どう?」
遅れて新太郎がサンダルを突っかけてベランダへ出てくる。「おお。すごい景色」
緑の草が茂る牧場地が広がっていた。遥か先に放牧されている牛の群れが見える。そして空は青く、時折、薄く小さな雲が流れて来た。
「最高。ありがとう」
怜奈は手すりに身体を預けるように振り返り、新太郎の姿を見る。
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